第2話 歴史の裏

「すまなかった」


5日間意識不明で寝込んでいたのは本人の認識以上に体に負荷が掛かったらしく、目覚めても直ぐに起き上がれないぐらい弱っていた私はもう数日ほどベッドで寝ている様にと医者に言われた。


考えてみたら、点滴などが無い状態で意識不明だったのだ。

回復薬ポーションを無理矢理飲ませてなんとか命を繋いだそうだが、口移し(多分)で飲ませる液体程度のみで5日間絶食してこの程度で済んだのは感謝すべきなのだろう。


脱水症状もそれほど無いのだが・・・一体誰にどれだけ口移しで回復薬ポーションを飲まされたのか、ちょっと気になるところだ。


知らない方が良い事もあると思って聞いていないが。

・・・意識がなくても口元に回復薬ポーションや水を持ってこられたら自力で飲んでいたと信じたい。


そんな私を目覚めた日の晩に訪れてきて謝罪したのは、父だった。


「いえ、父上はお酒を飲んでいらっしゃいましたし、私が無神経な質問をしたのが悪かったのです」

まあ、それでも子供を殴るのは良く無いがな!


とは言え、今世では親による子供の扱いなんて完全に家庭内の問題で終わってしまう。虐待しようが、ネグレクトしようが、実際にナイフを刺して殺しでもしない限り咎められない世界なのだ。

父親の不興を買ったままにしておくのは不味いだろう。


「王家の血を引いているにも関わらず子爵家なんて言う下位な貴族に生まれ、俺の婿入りで借金が無くなったとは言っても領地には直系男児が3人もやる事がある程の産業規模は無い。

将来苦労するのが目に見えている三男だからこそ、子供の間は無邪気に遊んで育てるように王家関係のことは教えるなと家庭教師に指示したのは俺だ。

それが酒に酔っていたからと言えども痛い事を聞かれてかっとして暴力を振るい、7歳の子供に生き延びるために媚びさせるなどと許されるものでは無い。

謝ったところでやってしまった行為は消えないが、せめて謝罪だけでもさせてくれ」

ベッド元の椅子に座って項垂れながら父親が言った。


おや。

『私』になって自分の状況を見直して、どうも『僕』は王位継承権を有する割に教育が足りないと思っていたのだが・・・子供の時期だけでも気楽に過ごさせてやりたいと想う父親の情けだったのか。


「・・・父上は政争に負けて子爵家に婿入りした今の人生を悔やんでいますか?」

折角詫びに来たのだから、今のうちに普通だったら聞けない事を突っ込んで聞いてみる。

明日から普通の親子を装うにしても、密やかな夜中のこの瞬間だけでも父親にとって自分や母、兄たちが失敗の結果であると思われているのか知りたかった。


「いや。

お前たちに面倒な人生を歩ませてしまう事になったのは可哀想だと思うが、俺個人にとってはちょうどいい程度の領地を妻と一緒に発展させて運営していくのは意外と楽しい。

王になって面倒な貴族の権力争いを管理する立場になったフェルナンよりも、人生を気楽に謳歌出来ているのでは無いかと思っているぞ?」

あっさり父が答えた。


ええ〜〜?!

酒を飲んでいたとはいえ、子供をうっかり本気でぶん殴る程鬱々としていたのに、それが肝心の殴った子供の将来を憂いての事だったのか??

それで本人を殺しかけてんじゃあ本末転倒じゃん!!


「父上は国王になりたくて第二王子だったフェルナン陛下と競っていたのでは無いのですか??」

本気で王位を狙おうとしたからこそ危険視されて、側室腹とは言え第一王子だったのに貧乏子爵家なんぞに借金の棒引きと引き換えに婿入りしたってオブラートに包んで家庭教師から聞いたんだけど?!


「俺とフェルナンとの争いは、ブリクトン侯爵家とフェルナンの婚約者のケスバート公爵家との政争の代理争いだったんだ。

まあ、当時の俺に立ち上がるよう説得してきた婚約者の父親であるデズラーサ伯爵が、ブリクトン侯爵家から後妻を娶っていたと全てが終わるまで俺は気付かなかったんだが。

元々、国王なんてそこそこ理性的であれば誰でも良いんだ。

人並外れた武勇も頭脳も、それを有した臣下を見出せば良いだけでしかない。

だから俺はフェルナンが救いよう無く愚かだった場合のスペアとして育てられ、婚約者も中立派のデズラーサ伯爵の娘だった」

椅子に座り直してそれに背中を預けながら父が話し始めた。


どうやら15年前の政争の裏を教えてくれるつもりらしい。

俺が言う事じゃないけど、7歳の子供にそんな政治の裏を教えて良いんかね?


まあ、12歳になって王立学院に行くまでは子爵領から出る予定は無いから、私が教わった事をうっかり他に漏らしても実害は無いんだろうけど。


「デズラーサ伯爵は事なかれ主義でね。

娘のアイネッタもケスバート公爵令嬢を次期王太子妃として立てていた。

それが王立学院を卒業する1年前ぐらいになって、アイネッタがケスバート公爵令嬢の問題行動に関して色々と相談してくるようになり・・・やがてデズラーサ伯爵も俺のところに来てケスバート公爵家が人身売買や麻薬取引のような違法取引に手を出している上に、パルファン帝国とも手を結んでいると言ってきてね。

彼が集めたと言う証拠書類を私の父上である前国王に見せて、フェルナンの婚約者を変えた方が良いのではと相談したのだが・・・父上は聞く耳を持たなかった。

まあ、筆頭公爵家との婚約を理由もなく破棄は出来ないし、デズラーサ伯爵が提供した資料は怪しいと疑うには十分だったが断罪には足りないものだったからな」


うう〜ん、筆頭公爵家で次期国王の婚約者を出している家がそんな違法取引をするかね?

いくら短期的には金になるとは言え、次期王妃の実家になれるのだ。

足を引っ張りたい貴族は幾らでも居るだろうから、違法取引なんてやる方が愚かだろう。


「だから俺はフェルナンより自分が優れていると皆に見せつけて王位を取る他ケスバート公爵家の専横を止める手段はないなんて思い込んで、王位争いに参加してしまったのさ。

後になって『国のために協力します』と言ってきたブリクトン侯爵が実はデズラーサ伯爵の後妻の実家だと知り、他国との繋がりはブリクトン侯爵家もケスバート公爵家と負けずとも劣らないぐらいある事を教わったのだがな。

結局、ケスバート公爵がブリクトン侯爵を下した。

ブリクトン侯爵家は他国との不適切な関係が『発覚』して領地の三分の一を失って伯爵へ降爵され、デズラーサ伯爵はちょっとした税務関係の不備を咎められて弟に爵位を譲る事になり、俺はアイネッタとの婚約を解消されてキーラファーンキャルバーグ子爵令嬢と結婚する事になった」

特に顔を歪めることもなく、淡々と父が語った。


王位を賭けた政争にしては、誰も死ななかったんだからかなり平和な争いだったんだな。

だったら、意外と国の中枢部に私は睨まれてない?

「子爵領でやる事が無いとしたら、私は文官になって王宮で働くのが無難でしょうか?」


「・・・王家の血を引く人間を、部下として自分の命令に従わせるのを見て悦に浸るゲスが上司にならない事を祈るんだな。

有能すぎて野心的な公爵家とかに婿入りを打診されでもしない限り危険は無いだろうが、あまりやり甲斐のある人生にはならんと思うぞ」

微妙な顔をして父が教えてくれた。


うわぁ。

王家の血を踏み躙る・・・とまではいかなくても言う事を聞かせてこき使う事で自尊心を満たす下衆が王宮には多いらしい。


「騎士団は?」

特に身体能力が高いという訳では無いが、運動神経は悪くは無いみたいだし王族らしく魔力が強いので、しっかり鍛えれば身体強化でガッツリ戦えると思うのだが。


「そっちはもう少し危ういな。

下手に手柄を立てたら危険視される可能性が高い。

王立学院でどこかの高位貴族か辺境伯の息子とでも仲良くなって、そいつの実家の騎士団に入れてもらえるのでもない限り勧めない」

まあ、騎士は軍事力だ。

軍事的な能力と王家の血があればクーデターがし易くなるか。


「ではどうしろと?」


溜め息を吐いて父が肩を竦めた。

「さあな。

簡単に答えが見つからなかったから思わず酒に逃げていたんだ。

キーラファーンは商売が好きなら店を始めたりしても良いわよ?と言っていたし、俺が子供の頃に一時期夢見たように探索者になるのもありだが・・・老後の事も考えて、じっくり計画していくのだな。

幸い、子爵家の借金は無くなったし最近は領地の経営もそれなりに順調だ。

領都に商会を立ち上げてあちこちを旅するなり、探索者になってダンジョンや古代遺跡を探索するなり、魔道具師になって魔道具を売って暮らすなり、ある意味色々な道が可能だ。

じっくり考えて自分を磨いていくが良い」


マジか。

王位継承権を持つ店長さん??

もしくは探索者。

なんかどっちもあり得ない気もするが・・・取り敢えず、自分が何が得意で何に興味があるか、色々と学んで技術を磨いていくか。






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