第17話 驚愕
ペニーさんを見ていると、つくづく個性的な人だなと思う。まずは見た目。服装はいつもパンキッシュだし、髪型もそれに伴っている。芸能事務所のマネージャーで、まずこんな格好の人は見た事がない。それこそ海外では、パンク好きの派手な服装の女はよく見かけるが、日本人女性でありながら、これを貫くのはなかなか肝っ玉が据わってる。なんでペニーというあだ名で呼ばれているかは、以前聞いた気がするが、それを抜きにしても、俺の中ではパッと見でまさにペニーさんて感じだ。歳は俺より2つ下で25だっけか?年下だけど、俺よりかは確実にしっかりしていて、マネージャーには向いてる。きっと、この歳で業界の裏側はよく理解していて、非現実的な理想を描く自分をコントロールする存在としては丁度いいのかもしれない。この事務所に所属してからは、ずっとペニーさんと二人三脚でやってきて、感情を表に出す人じゃないけど、俺のやりたい事は誰よりもわかってくれてる気がする。でもやっぱ変わってて、撮影現場にはまず来ないし、ほとんどのやり取りが電話かメールだ。今こうして喫茶店で会う事なんて、この数年間で何回あっただろうか。片手で数えられる程度じゃないか?そんで、俺がこの喫茶店に到着した時も、こうして俺が書類と台本に目を通してる間も、永遠とノートパソコンをイジってる。完全に自分ワールドで生きてる人だけど、人の気持ちはわかる人で、人を見る目はある人だと俺は思ってる。今日俺をわざわざこの喫茶店に呼び出さなくても仕事は片付いたはずだけど、わざわざ呼び出した理由は、俺にはなんとなくわかった。
ノートパソコンのカタカタ音が止まった。
「なんか、インディペンデント中心の監督で、映画祭で賞を取りまくってるらしいですよ」
と対面のペニーさんが俺に視線を向けた。俳優顔負けの目力だ。
「へぇー、凄いですね」
と俺はいったん台本に目を通すのをやめた。
「それがきっかけで声がかかって、今回が商業映画デビュー作らしいです」
「何歳くらいの人ですか?」
「まだ、30くらいだと思います」
「若いですね。けど、ずっとインディーズでやってたんじゃ、自主制作なわけだし、きっと苦労された叩き上げの人ですね」
ペニーさんがバックを弄り始めた。
「忘れてました、これ、前野礼二監督の作品です」
とDVDRがテーブルに置かれた。
「荒削りですけど、なかなか面白いですよ」
「へぇー早く見たいですね」
と俺はDVDRを眺めながら煙草に火を付けた。
「やりましたね」
と再びパソコンをカタカタし始めたペニーさんが言った。俺はまだ熱さの多少残るコーヒーを口に含むと、「はい」とだけなるべく冷静に答えた。
「劇場公開作」
「はい」
「主演」
「いや、はい」
平静を装えず、ニヤけてしまった。
「長かったですね」
「はい。やっと、スクリーンの中の人になれます」
ペニーさんが拳を突き出した。俺は、「ありがとうございます」と拳をそっと合わせた。
「一本もらっていいですか?」
「あっ、はい」
と俺はペニーさんに煙草を差し出し火をつけてあげた。
「ありがとうございます」
と煙を吐き出すペニーさんが絵になっていた。
「まあでも、今回もエロ系ですね」
「慣れてますから」
「桜木マロン、知ってます?」
「いや、知らないです。俺、単体女優系見ないんで・・・」
「素人派ですか?」
「え?あっ、はい」
「わかる」
「え?ペニーさんわかるんですか?」
ペニーさんが真顔で「はい」と答えた。一瞬、フリーズしてしまった。この人はやはり変わっていて面白い。年下だし、女だけど、ペニーさんがいるとなんだか心強かった。本名何だっけな?忘れた。
ボーイズラブの撮影以降、役半年ぶりの仕事だった。2週間程前に受けた、劇場公開映画のオーディションに運良く受かった。特に何をしたわけでもないが、受かる時は受かるのがオーディションだ。ちょうど誕生日の直前で、二十歳の時に映画俳優を志してから、スクリーンに映れるようになるまで7年かかった。新鋭監督の作品で、これを機に、があり得るが、過去の経験からそんな簡単なものでもない事は充分学習していた。ある意味、リラックスした状態で、俺は今パーカーだけじゃ肌寒く感じてきたこの夜道を、地元のTSUTAYAへと向かい歩いている。劇場公開映画と言えど中身はピンク系で、今回もヒロイン役はAV女優らしい。相手役が誰であろうが別に問題はないが、ほろ酔い気分をいいことに、事前に調べておくか、的な。カレンちゃんみたいに綺麗な女優さんであったらそりゃ嬉しいが、AVはやっぱり素人物なんだよな、ペニーさんも然り。
TSUTAYAには自分の出演作品が4作品並べられていた。その内ボーイズラブだけは準新作で、パッケージを飾っているのは俺だった。嬉しくないということもないが、嬉しいということもない。2本入荷されていて、1本は借りられていた。需要あるんだな。その他のDVDは、邦画の旧作コーナーに埋もれていて、どれも借りられていなかった。まあ、そんなもんだろう。このAVコーナーに陳列されていないだけましだ。それにしても、AV女優だけでもこれだけいるわけだ。よっぽど売れている子以外は全くわからないし、まだ桜木マロンを見つけられていないという事は、よほどアンダーグラウンドな単体女優なのか?俺と一緒じゃないか、と一瞬思ったが、それはさすがに失礼だなと訂正した。どう考えても俺よりは売れてるはずだし、稼いでる額も桁違いだろう。ボーイズラブのギャラがどれほど安いか、公言したら皆に同情される自信はある。たった今発見してしまったカレンちゃんのAVの、彼女の出演料を世間は知っているだろうか?俺は、知ってる。共演した時にちらっと聞いたら教えてくれた。引いたな。くそ金持ちじゃねぇか。俺は、思わずカレンちゃんのAVを手に取ってしまった。最低だとは思ったが、内容を確認していると視界に入った。桜木マロンの文字が。この子か。ぱっと見で10本以上は作品が並べられていた。売れてるじゃないか。俺は、カレンちゃんを戻し、1本だけパッケージが表を向いていた、お勧めしてます、的な桜木マロン作品を手に取った。
「えっ」
と声が出た。嘘だと思った。裏面も確認した。もう声は出なかったが、驚きは隠せなかった。嘘なんかではなく、それは確信へと変わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます