第16話 ENDLESS SONG

 俺には何がいいのかわからなかった。確かにロックっぽかったし、テレビでも見たことがある。客数が全てだとするなら、確かに二、三百人は最低入っているから、興行的に失敗という事はないのだろう。けど、俺にはたった今演奏を終えてはけて行った、ミサイルなんちゃら?とかいう、スリーピースバンドの良さがわからなかった。ホープレスの方が演奏は下手だし、知名度もないけど、曲から伝わってくるものがあった。ただ、この後にステージに出てくるのは、ホープレスではなく、有希だ。渋谷でも有数のこんなばかでかいライブハウスで、あいつは独りで演奏するんだ。どうやってブッキングしたのかは不明だが、有希のキャパは遥かに越えている。その証拠に、数百人いた客がみるみると減って行く。数百人いたとて、まだまだ物足りなさを感じたというのに、無情にもこの有様だ。せめて、美波ちゃんが見に来てくれたら、と切に願った。そんな願い叶わないと知りながら。けどよ、有希、「ロックン・ロールがあるじゃねぇかよ。お前の今の気持ちをそのまま歌にしてくれよ。ラストとか言わねぇでさ」。皮肉にも、ここエルトロはラストライブにはぴったりの箱だと思った。俺は今フロアに伸びた邪魔くさい柱にもたれながら有希の出番を待ってる。おそらく客はもう百人を切ってる。見たことある奴は何人かいたが、もちろんその中に美波ちゃんの姿はなかった。けど、ロックに神様がいるとするなら、今この場所に必ずいるはずだ。だから有希、大丈夫だから。


 有希が出て来た。特に歓声はない。残った客はざっと七、八十名くらいで、ホープレスの客は半分もいないはずだ。有希がギタースタンドの水色のストラートを手に取った。あいつ曰く、ビリー・ジョーから譲り受けたらしい。いつかのサマソニを見に行った時に、グリーンデイのメンバーと普通にすれ違ったらしく、話しかけたらくれたんだと。それが本当ならエピソードとして完璧だが、嘘だったとしても、それを本当の事のように話すのがあいつらしい。それに、レスポールやテレキャスターよりも、ストラートを弾いてる有希の姿が俺には一番しっくりきた。

 有希がストラートをジャーンと鳴らした。その瞬間に空気が変わった。ディストーションが会場を包み込む。歪んで行く空間。俺はバンドはしてこなかったけど、よく見には行ってたから、ギターを一度鳴らしてもらえればなんとなくわかるんだ。そいつにロックが必要かどうかが。有希には、ロックが必要だ。あいつは、ロックン・ロールに選ばれてる。この音がそれを証明してるじゃないか。有希が歌い始めた。「君の服の中が見たい」だ。俺は名曲だと思ってる。


 陶酔する客達に残念な知らせがある。有希は5曲しかやらないと言ってたから、次の曲で最後だ。純粋にいいライブだと思った。元々バンドで演奏する事を想定して作った曲を、あいつは弾き語りで演奏している。あいつのリズムで、あいつの感情で、有希の世界で。だからこそその世界に惹き込まれた。なんでこういう奴が売れないのか理解に苦しむ。車椅子で、独りで、このクソでかい箱で、疎らな客前で、誰にも真似できない事をしてる。充分にロックじゃないか。これがロックン・ロールだろ?ねぇ、ロックの神様、答えてくれよ。

「次が最後の曲です」

有希があっさりと言った。

「『君は嘘つき』って曲やります。バンド始めて最初の頃に作ったんですけど、なんだか、この曲に自分がバンドで表現したかったなにかとか、自分が普段思ってるなにかが、全て詰まってるような気がします。知らない方もたくさんいると思うんですけど、この曲はやんなきゃダメだなって、というか、この曲をやるために、俺は歌い続けてきたのかもしれません。話し長くなってすいません、やります。聞いて下さい」

有希がイントロをかなりアレンジした感じで弾き始めた。まるで気持ちだけで弾いてるようだ。有希の気持ちの乗っかったアルペジオが、フロア全体に反響している。嘘のない世界。全ての嘘を、本当に変えてしまう有希のアルペジオ。歌が聞こえてきた。


『君は嘘つきで 君は正直で 君は泣き虫で

君は笑い上戸で・・・』


ギターが激しいストロークに変わる。


『愛してる それが全てだから 君の過ちも嘘も全部愛してる 愛してる それが全てだから 君の過去も未来も 全部愛してる』


『ジョン・レノンも ジョー・ストラマーも シド・ビシャスも 多分 多分 カート・コバーンも 愛したり そして愛されたり ただそれだけのために もがいてるだけなんだ・・・』


 この歌が終われば、有希のバンド活動は終わる。有希のロックン・ロールが鳴り止んでしまう。あいつはあいつの道を進み、俺は役者を続ける。あいつの気持ちは痛いほどわかるし、なに一つ間違ってない。けどさ、凄くダサい事を言うとさ、心細いんだよな。独りぼっちになっちまったみたいでさ。独りぼっちでもやるんだけどさ、続けてほしかったんだよな、あいつだけには。終わらないでほしいんだよ、この歌が。


『愛してる それが全てだから 君の過ちも嘘も全部愛してる 愛してる それが全てだから 君の過去も未来も 全部愛してる』 






 


 


 

 

 


 

 

 

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