第11話 ねねちゃん
こうしてあいも変わらず有希の家に夜な夜な入り浸っていると、俺はなんも変わってねぇなぁ、と情けなくなる時がある。いい歳して実家暮らしで、しかもあの狭いアパートで、弟はもう出たって言うのに。いや、だからこそってのもある。六十近い母ちゃんを1人にはさせたくない。一刻も早く売れて、こいつん家みたいにでかい家を建てて、一緒に住まわせてあげたい気持ちは山々だ。だが如何せん、俺はまだ駆け出しのエロ映画俳優、まだ振り込まれていない「マンゴー学園」のギャラも、おそらくはクソ安いのだろう。俺がこんなにセンチメンタルな気分だと言うのに、有希はさっきからカタカタカタカタと、デスクトップとにらめっこだ。俺からしたら有希だって大して変わっちゃいない。まずこの散らかった部屋、中学の時から変わってねぇ。漫画、本、CD、ポスター、大体の物の配置、変わってねぇ。実家暮らし。それはまあしょうがないか。変わった事といえば、いつも部屋でギターを弾いてたのが、パソコンカタカタと半々になった事くらいか。有希は意外に器用なんだよな。パンクスっぽい生き方もしてるけど、時代に合ったこともちゃっかりしてる。そこが俺とは違う。パソコンなんて俺には無理だよ。なぁ有希、パソコンなんてやめてギター弾いてくれよ。なぜか少し寂しくなったんだ。
「毎日毎日そんなにパソコンいじって飽きないか?」
と俺は有希のストラートを弾きながら言った。
「そういう時代だからな」
有希がパソコンから目線を外さずに反応した。
「俺の時代来ないかなぁ」
「逢沢カレンとやれたんだから良かったじゃん」
「っていう芝居だから。前ばりってのしてんの」
「フジモンがAV男優って言ってたぞ」
「あいつめ。絶対イジられるとは思ってたけどさ。せめてエロ映画俳優にしてくれよ」
「それいいじゃん。いつ完成すんだよ」
「3、4ヶ月かかるって言ってたから夏頃じゃん?」
「結構早いんだな。完成したら見ようぜ。見てみなきゃなんとも言えないからよ」
見せたくない気持ちもあった。誰にも言わず1人でこっそり見る、が正解だったのかもしれない。あの撮影最終日の絡みは、一体どう映っているのだろうか。あんまり記憶もないけど。覚えてるのは、最終カットの挿入シーンで監督のオッケーが出た時、全身の力が抜けたって事かな。終わったーって。そんで、監督から、「クランクアップです。お疲れ様でした」って、俺もかれんちゃんも花束をもらったんだけど、俺の方がどう考えても小さかったな。これまた拍手の大きさも。気のせいだったらいいんだけど。
「美波ちゃんには言わなくていいからな」
「もう言った」
「言ったのかよ。何て言ってた?」
「マサト君、頑張ってるじゃん、ユキ君も負けらんないね」
やっぱりいい子だ。フジモンみたいに人のことを小馬鹿にしたりはしない。
「次のライブは?」
「来月、新宿と下北沢で」
「そうか。曲は?」
「何曲か作ったよ。結構いいと思うんだけどな」
「聴いてみてぇな。ライブ行くよ。次の撮影とか入ってたら無理だけど」
「AVの?」
「言うと思ったわ。エロ映画のだよ」
もうなんでもいいわ、別に。ギターを思いっきりかき鳴らした。すると、「マサトいんのかー?」とリビングから懐かしい声が聞こえた。その声は次の瞬間、姿となってこの部屋に現れた。小さな子供を抱きかかえて。瞳さんだ。
「マサト、久々じゃんか」
「瞳さん、だいぶご無沙汰してます」
「ねねちゃんでーす」
と瞳さんが子供をあやしながら言った。
「聞いてます。かわいいっすねー、何歳っすか」
「2ちゃい。ねねちゃん、このお兄さんがかわいって」
ねねちゃんが顔をプイッとした。かわいかった。
「イケメンは苦手みたいだな」
「ねぇちゃん、今マサトAV男優やってんだよ」
有希が無駄に口を挟んできた。
「お前男優やってんのか」
「違いますよ、ちょっといろいろやってまして。ねねちゃん違うからね」
と俺はねねちゃんと人差し指で握手をした。今度は俺の目をジッと見ている。
「ねねちゃんもママみたいにいい女になるんだぞ」
と俺は続けた。
「男優は発言がチャラいな。マサト、飯食ってけ」
「はい」と俺が頷くと、二人は部屋を出て行った。
「ねねちゃん、めちゃくちゃかわいいな」
「な」と有希がようやくギターを手に取った。
「久々に瞳さんに会えてよかったよ」
と今度は俺がギターを置いた。
「気づかねぇか?」
と有希が言った。「え?」と俺は一瞬ポカンとした。えっ、まさか、そうか、そういう事か。
「治った?」
と俺が返すと、有希が煙草をくわえながらニヤけた。治るんだ。知らなかった。けど、遺伝とかないのかな。ねねちゃんが心配になったよ。
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