第10話 3日で
早朝に渋谷のパンテオン前?に集合して、ロケ車で撮影場所であるこの学校まで向かった。そういうば昔、渋谷まで毎日有希と通ってたな、と道中ふと記憶が蘇った。もう時効か、なかなか大変な仕事だったが、プロの映画の現場は、それ以上に過酷なものかもしれない。役が決まったのが一週間前で、それから読み合わせと衣装合わせをして今日がクランクインだ。たったの一週間。スケジュールにそこまで余裕がないとは思わなかった。何より、主役なだけあってセリフの量が膨大だ。バイトはマスターに言って急遽休みにしてもらった。稽古やリハーサルがあったわけじゃないが、セリフを覚えるのと役作りだけでかなりきつかった。だって、俺高校2生役だぜ?童貞で落語オタクの。落語俺わからんし、俺今25歳なんだけどな、とは思った。
教室にはスタッフ、制服姿のキャスト、エキストラが皆揃っていた。俺が「おはようございます。よろしくお願いします」と教室に入ると、「えー、主人公、内山田タケル役の新人、柏原マサトさんです」と助監督さんがすぐに紹介してくれた。皆さんが拍手をしてくれた。たまに、メイキング映像とかで見るあれだ。初めての経験で恥ずかしかった。少し遅れて、AV女優の逢沢カレンちゃんが、「よろしくお願いします」と入って来た。助監督さんがすぐに、「逢沢さんよろしくお願いします。えー、ヒロイン、西野ナナミ役の逢沢カレンさんです」と俺の時より声を張って紹介した。拍手が巻き起こった。俺の時より大きかった。そりゃそうだよな。俺のことなんて誰も知らないもんな。カレンちゃんは今売れっ子のAV女優で、俺の周りは皆知っていた。単体女優に疎い俺は、名前は聞いた事があったような気もするが、顔は全く浮かんでこなかった。本読みの時に打ち解けて、独特のオーラはあるけど、意外に喋ったら、普通の愛想のいい子って感じだった。俺より全然年下で、ルックスとスタイル、そして制服姿は申し分なかった。俺も制服だが、前髪ぱっつんの黒縁メガネで、いかにも冴えない高校生って感じだ。じゃなかったとしても、相手役が俺なんかで申しわけなく思った。きっと、ギャラも高いし、いい男と付き合ってるんだろう。俺はこれから3日間働くわけだが、一体いくらもらえるのだろうか?というか、3日間で撮り終えようとしてる事がまず無謀じゃないか?目の前で首から灰皿をぶら下げて、終始煙草を吸いながらスタッフに指示を出してる山城監督の現場はそういうものなのか?だとしたら学ばせてもらおうではないか。
俺が机に座り集中力を高めていると、助監督さんが近づいて来た。
「柏原さん、ぼちぼち本番行きますね」
「はい」と俺は静かに机に突っ伏し、寝ている芝居をした。俺のあそこは今勃起している。っていうカットだ。「童貞で女の子とまともに喋れないタケルが、スケベな夢を見て勃起している。それを後ろの席の生徒が発見して馬鹿にする」という設定だ。これがプロデビュー1発目のカットか。さすがタイトルが「マンゴー学園バナナボーイズ」なだけあるな。AVじゃねぇか。
山城監督が煙草を消した。
「はい、じゃ本番行きますよー」
寝てるだけなのに緊張感が走った。
「はい回ったー、本番、よーい、あい」
助監督さんのカチンコの音が気持ちよく鳴った。そうさ、これが俺のデビュー作さ。
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