第9話 エロ映画
会場を出ると、俺はすぐに携帯を取り出しマネージャーに電話した。
「もしもし、お疲れ様です。今さっき終わりました」
「お疲れ様でした。どうでした?」
「はい、今回はあまり緊張せずに自分を出せた気がします。ただ、内容がやはりディープですね。絡みなんてやった事ないんで。山城監督面白い人でしたけど」
「山城さん、オリジナルビデオ界では結構勢いのある方なんで、受かるといいんですけどね」
「ですね。またなんでもいいんでオーディションありましたら振って下さい」
「わかりました。お疲れ様でした」
電話を切ると俺はすぐに煙草に火をつけた。何度経験してもオーディションは緊張する。この事務所に所属してから、何度受けただろうか。未だに商業映画デビューできていない自分に焦りを覚えるが、地道にやるしかない。映像向けの演技のレッスンは散々受けてきたし、自主制作映画にも多数出演してきた。入りたかった事務所には門前払いされまくりで、辿り着いたのが今の事務所だ。悪くはない事務所だが、映画俳優を志してもう5年弱か、と思うと思わずため息が漏れてしまった。このどこだかわからない路地を歩きなんとか最寄り駅へ辿り着けば、そっから電車に揺られバイトが待ってる。今回のオーディションだって、商業作品ではあるが、映画かと問われれば微妙だ。オリジナルビデオっていうジャンルがあって、劇場公開はしないらしい。DVDのみの販売とレンタルで、内容は、エロものか極道ものがほとんどの割合いをしめてるらしい。今回のはどう考えてもエロものだ。エロO,V界の巨匠、かどうかまではわからないが、山城秀樹監督の作品とあって、需要はありそうだが、俺が本来望むものとはかけ離れている。にしても、やるしかないな。この間の有希のライブを見て俺も負けらんねぇと思ったよ。絡みだろうが、エロ映画だろうがなんだってやってやる。とりあえずはこれからバイトだが。
こうしてホールに突っ立ていると、この店の経営はこの先大丈夫なのか、と不安になることがある。オープン後間もなく一周年でこの客入りは、居酒屋業界としては普通なのか。俺は入ってまだ3、4ヶ月だけど、そんな事を考えてしまった。一つ言えるのは、とりあえず立地は悪いと思う。池袋駅から10分以上は歩く羽目になるし、周りに飲食店や人の気配はほとんどない。いわゆる、こじんまりとした隠れ家的居酒屋で、そこを売りにするしかないはずだが、現状、隠れ家的役割りは果たしていない。呼び込みをする時も、人の多い駅の近くまで遠征しなければならないし、そこから引いた客を、店まで薄暗い路地を通り連れて行くのは至難の業だ。まあ、その呼び込みのお陰で今の事務所を紹介してもらえたわけだが。たまたま引いたのが芸能人のマネージャーをやってる人で、「事務所入れて下さいよ」って言ったら、そこの事務所には入れて貰えなかったけど、今の事務所を紹介してくれた。この数年間で、どれだけ多くの事務所に弾かれたかわからないけど、ここにはすんなりと入れてもらえた。芸能界なんてそんなもんなのかもしれないと思った。運ていうか、タイミングというか。この居酒屋に恩恵を受けたわけだから、なんとか働く事で返したいのだけれども、今俺は頭にタオルを巻き、前掛け姿で誰もいないホールに突っ立ってる。客がいないのだ、21時だと言うのに。いるのは焼き場で仕込みをしているマスターと、裏のキッチンでおそらく煙草でも吸ってる中国人のリュウ君だ。沈黙に耐え兼ねたのか、
「この前の友達のライブどうだったの」
とマスターが俺に喋りかけた。
「よかったっすね。満員でしたし」
言った後にあっ、って思った。
「満員かぁ。オーディションは?」
「いや、わかんないっす。受かる時は受かるし、ダメな時はダメなんすよね」
「厳しい世界だもんなぁ」
「この業界も厳しい世界じゃないですか。マスターもその若さで店出すなんて凄いと思いますよ」
「やっちゃったもん勝ちだよ。絶対儲けてやっから」
「ですね。俺呼び込み行って来ますよ」
「じゃ、今日は俺も行くか」
「マスター若い女の子しか声かけないじゃないですか」
「違うんだよ、若い女がたくさん来れば、おっさん達が吸い寄せられて来んだよ」
それはそうだなと思った。マスターは一瞬キッチンの中へ消えると、「よし行こう」と入口へ向かった。ついて行く俺に、
「カワイイ子イッパイね」
と若いリュウ君がカタコトで言った。
「マカせてチョウだい」
と俺はカタコトで返した。
店を出てマスターといつもの呼び込みスポットへ向かう途中、携帯が鳴った。マネージャーからだ。マスターに「ちょっとすいません」と電話に出た。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。今大丈夫ですか?」
「はい、ちょっとなら、バイト中なんで」
「プロデューサーから連絡がありまして、ぜひ柏原さんでいきたいと」
「えっ」
と俺は思わず立ち止まった。マスターが歩きながら振り返った。
「受かったんですか?」
「はい。おめでとうございます」
「結果早くないですか?」
「そんなもんです。おめでとうございます」
そんなもんか、と思った。
「ありがとうございます。今バイト中なんでまた折返します」
「メールで詳細送っときますよ」
電話を切ると、小走りでマスターを追いかけた。マスターに並ぶと自分から言った。
「マスター、俺今日のオーディション受かったっぽいっす」
「やったじゃん。デビュー?」
「はい」
デビュー作が決まった。これで俺もようやく商業作品に出演できるわけだ。しかも、主演で。エロ映画だろうが、気分がよかった。だいぶ時間はかかったけど、やっててよかったな。
「飲みながらやるか」
「最高っすね」
マスターは気が利くんだ。遊び心もある。絶対今辛いはずだけど、そういうのは出さない。早く売れて、皆に恩返ししないとな。もうちょっとだけ待っててほしいよ、必ず結果は出すから。
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