第7話 diary

 クリスマスで浮かれた奴らがいなくなると、このハチ公前もいくらか居心地が良くなった。クリスチャンでもないくせに、聖なる夜を恋人達のものだと勘違いしている奴らと一緒にされたくない。あんたらが楽しんでいるのは、性なる夜で、不純物の塊じゃないか。神聖なる夜に謝ってほしい。目の前でナンパしてる有希もそうだ、と言いたいところだが、美波ちゃんていうとっても素敵な彼女に免じて許してやろう。許してはやるが、あれだけかわいい彼女がいるのにも関わらず、ナンパをしてるこいつがクズに思えてきた。いつかバチが当たるぞ。と、自分の事は全て棚に上げ、クズを眺めているとよりクズが近づいて来た。

「よぉマサト。最近ハメてる?」

と座っている俺の横に腰掛けた。ヒデ君だ。

「ハメてないっすよー、てか久々じゃん。ヒデ君は相変わらずっしょ」

「今、ちょうどギャルとやってた。結構かわいかったぞ」

「さすがっすわ。ヒデ君かっこいいし」

「マサトもイケメンじゃん。ユキはボチボチだけど」

「ヒデ君さ、俺ら今日で最期なんだよ」

「えっ、辞めんの?」

金髪の方のクズがガラガラとこっちへ向かって来る。

「ヒデ君久々」

「なんだよユキ、辞めんのかよ」

「そうなんだよ。ヒデ君にはもっと早く伝えたかったんだけどさ、最近全然見かけなかったから」

「俺らがあんま来てねぇだけだよ」

と俺はユキに付け加えた。

「最近全然見かけねぇなと思ってたけど、なんだよ、寂しくなんじゃん」

とヒデ君がオーバーに表現した。

「俺等もだよ」

と有希が寂しさ返しをする。

「やりたい事見つかったからさ。今日はさ、泰三に会うついでに、最期ナンパだけしとこうと思って。どうせ上げても金もらえないだろうから。ヒデ君いればいいなと思ってたよ。会えてよかった」

と俺は事情と本音を伝えた。

「やりたい事ってなになに?ってか泰三来んの?」

「うん、もうそろそろ来んじゃねぇか」

と有希が携帯を見ながら答えた。

「そりゃ気まずいな。俺、ナンパしかしてないからさ、いい加減上げろってキレられてて」

「そりゃキレられるっしょ」

と俺は笑いながら言った。

「だよな。俺、行くわ。またどっかで会おうぜ」

とヒデ君が手を差し伸べた。うちらと握手とハグをすると彼は笑顔で去って行った。ヒデ君の笑った顔はいつも魅力的だった。

「いい奴だったよな」

と俺は純粋に思った。チャラいけど。

「ヒデ君はきっと大物になるよ」

有希の言葉に頷けた。有希が携帯を見て続けた。

「泰三遅くねぇ?」

「今何時?」

「10時」

「一時間過ぎてんな」

「マサト電話しろよ」

「嫌だよ」

今日は有希のポンコツキューブで来てるから、終電を気にせず帰れるにしても、だるくはなってきた。有希も俺も煙草に火をつけると、有希が言った。

「飛ぶ?」

「・・・・・」

少しニヤけてしまった。

「飛んじゃう?」

と有希が続けると、

「飛んじゃう?」

と俺も返した。笑いが込み上げてきた。二人して笑いが止まらなくなった。俺は有希の車椅子のとってを掴むと、煙草をくわえ押した。ポンコツは道玄坂に停めてある。信号が点滅していた。俺と有希はスクランブル交差点をダッシュする。笑いが止まらなかった。今回は半年ももたなかったけど、俺には映画があるんだ。だから、俺は無敵さ。ありがとよ、ハチ公前。


 家に着いたのは0時過ぎだった。車で行った時は大抵有希が俺の家まで送ってくれる。帰りの車中では携帯のバイブが鳴りっぱなしだった。俺は三回ですんだが、有希のは数えきれない。泰三だ。あまりのしつこさに多少恐怖を覚えたが、知ったことか、あんたが大幅に遅刻したんじゃないか。俺はいいが、有希は大変だよな、目立つから。有希には言っといたよ、「半年はハチ公前行かない方がいいぞ」って。そしたら、「いや、一年だな」、だって。それもそうだな、念のため。俺は続けたよ、「一年後には俺ら売れてるかな」って。そしたら、「そんな甘くねぇだろ」だって。それもそうか、有希は俺に比べると冷静なところがあるんだ。二人で同じカス高に通ってたけど、あいつの方が多少頭がよかった。あと、いつも本を読んでたから、俺よりか知ってる事が多いと言うか、視野が広い気がする。俺も役者になるなら本読まないとなって思ったよ。有希の事褒めてやったけど、結局うちらなんて、公立のカス高出身に変わりはないけど。本当の事を言えばさ、私立のそこそこまともな偏差値のところも受かってたんだ。けど、選ばなかった。選べなかった。俺ん家は貧乏なんだよ。住んでるこの家もアパートだし、狭い部屋に母ちゃんと弟と住んでる。父親と母ちゃんは俺が高校の時に離婚してて、してなかったとしても、離婚してるようなもんだった。父親が家に帰って来ないんだよ、俺も弟も小さい時からずっと。年に一回とかのレベルかな。それが普通だと思ってたよ。だけど、中学に上がって、自分が普通ではない事に気づいたんだ。そん時の劣等感が凄く辛かったな。今は大分落ち着いたけど、まだあるな、劣等感。有希ん家なんてどでかいわけじゃん、なのに俺ん家はアパートで、羨ましくないって言ったら嘘になるよ。けど、一番可哀想なのは母ちゃんで、次に弟だね。俺がこんなクソだから、仕事三つも四つも掛け持ちしてるし、弟は、俺と五つ離れてるんだけど、ほとんど父親に会った事がないんじゃないかな。自分の部屋もないし。今も母ちゃんと一部屋を折半して寝てるよ。だから俺は、こうして自分の部屋で日記を書けるんだ。とてつもなく小音で音楽をかけながら。寝てるし、深夜だからね。日記をつけないと俺は寝れないんだ。中三の三学期から始めたから、絵美里ちゃんと付き合い出したのがきっかけだったような気がする。続いてるじゃん、日記は。だから、映画俳優の道も継続させないとな。絶対。もう夢じゃないんだ。人生なんだ。俺は役者を人生として選んだんだ。今流れてる、ブルーハーツの「月の爆撃機」が俺に問いかけるよ。「いつでも真っ直ぐ歩けるか?湖にドボンかもしれないぜ?」。俺の答えは、ヒロトと一緒さ。「誰かに相談してみても、僕らの行く道は変わらない」、僕らっていうのは、有希も含めてやった。あいつも同じ思いだったらいいなと願ってるよ。けど、まず何をしたらいいんだ?映画俳優になるには。そっからだな。携帯のバイブが震えた。有希か?ペンが止まったよ。泰三やん。もう勘弁してくれよ、俺は役者になったんだ。頼む、わかってくれ。


 










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