第6話 バッドエンドの意味

 有希の実家は辺鄙な所にある。目の前がどっかの大学のグラウンドで、別にそこに大学はない。周りに家屋もほとんどなく、角にドーンとそびえ立ってる感じだ。夜になると街灯の力及ばず、辺りは真っ暗となる。昼間は一階の整備工場が稼働していて、作業服を着たおっちゃん達があくせくしている。いや、そうでもないか。二階からが家になっていて、三階建てだ。有希はエレベーター、俺はいつも階段で二階へ上がる。玄関を入り、リビングを突っきった所に有希の部屋がある。有希の部屋は中学の時から仲間のたまり場で、もはや誰もが自分の部屋だと思ってる。それくらい、この家は自由だった。玄関はいつも鍵が開いてるし、「お邪魔します」さえ言えば、誰でも出入り自由だ。大抵はオバサンが、セブンスターをくわえながら「どうぞー」と言ってくれる。言ってくれなくても入るし、オバサンがいなくても入る。有希がいなくても入る。そんなノリだ。今宵は有希もオバサンもいるが。

 有希は、高校の時から毎日ギターを弾いている。今もだ。目の前であぐらをかき曲を作ってる。俺は寝っ転がり漫画。こいつの家は何かと充実している。特に漫画とCD。散らかった部屋の要因はそれだ。溢れてる。あとエロ本が少々。ヤニで黄ばんだ壁には、ヒップホップなんて聴かないくせに、なぜか2パックのポスターが貼られていて、いつも彼に威圧されてる感じだ。「お前本気でやってんのか」と。有希のギターが止まった。

「そういや、浅野さんと連絡取ってんのか」

有希が興味なさそうに聞いてきた。

「いや、全く」

全くだ。これと言って理由はないが、あれから一度も絵美里ちゃんに連絡はしていない。向こうからも。

「もうすぐクリスマスじゃん」

「あのな、クリスマスってのはキリスト教の人達の行事で、俺には関係ねぇよ」

「まあそうだな」

「美波ちゃんと過ごすのか?」

「そうなるだろうな」

有希には大学で出会った一つ年上の彼女がいる。めちゃくちゃ細くて美形でどっかの芸能プロダクションに所属してるらしい。大学なんてほとんど行ってねぇくせしてちゃっかりしてるぜ。別に羨ましくはないけど。

「スカウトバレてないのか?」

「バレてないな。ただ、美波の事務所が原宿にあんだよ」

「そりゃ危険だな。渋谷来る事あるだろじゃあ。お前目立つし」

「だよな。だから、スカウトもボチボチ潮時かなとは思ってるぞ」

今日ここに来た理由を思い出した。

「その事なんだよ」

俺は漫画を手放し起き上がった。

「俺さ、やっぱり役者やるよ」

「舞台は諦めたんじゃないのか」

「映画」

「映画?」

「映画俳優になる」

有希が沈黙している。

「スカウト始めた初日にさ、俺サボって映画観てたんだよ。単館系の映画でさ、出てるやつとかも知らなくて、適当に選んだんだけど、観終わった後震えて、席からしばらく動けなくて、ブルーハーツと出会った時、みたいな衝撃だったんだよ。俺がやりたかったのは、同じ役者でも映画なんだって、そん時はわかんなかったんだけど、段々確信に変わってさ。俺、舞台は中途半端だったけど、あの映画を観た瞬間にさ、ちゃんと役者になれた気がするんだよ、上手く伝えられないけど。覚えてるか?あの日、俺オーラ出てただろ?」

「いや、出てなかったな」

有希が即答した。早かった。俺はおそらく今、虚無感全開の目で有希を見ている。

「言いたい事は分かるよ」

と有希が煙草に火をつけた。虚無感全開ではなくなった。

「じゃあさぁ、もしも役者をやる事で、自分の人生がバッドエンドになる事が前もってわかっていて、あなたはそれでも役者をやりますか?って聞かれたらなんて答える?」

「はい、って答える」

迷わなかった。

「そんで、こう言う。ところで、バッドエンドの意味わかってます?バッドエンドとは、役者をやらずに終わるって意味っすよって」

有希が無言になった。

「えっそうじゃね?有希は?」

黙りこくった有希が答えた。

「とりあえず、スカウトやめっか」

俺は、有希に左手でグッドのジェスチャーをした。「だな」と。その時だった。リビングから「マサトいんのか」と大きな声がした。瞳さんだ。ノックの音と共に彼女が部屋に入ってきた。

「ようマサト、元気か」

「こんばんわっす」

有希のねぇちゃんだ。こいつにはおとなしいねぇちゃんと、騒がしいねぇちゃんがいて、瞳さんは後者だ。歳は確か四つくらい離れてて、中学ん時たまに有希を迎えに来てた。美人だし、俺はかわいがってもらってたから、よく絵美里ちゃんがヤキモチやいてたのを覚えてる。俺はなんとも思ってないのに。だって、

「相変わらずイケメンだな」

「そんな事ないっす」

「彼女いんのか?」

「いないっす」

「ここにいい女いるぞ」

ノリがヤンキーなんだよ。背は小さいけどなんか迫力あってさ。面白いんだけど。

「いやぁ、自分みたいなの瞳さんにはもったいないっす。瞳さん美人すから」

「おっマサト、お世辞が上手くなったな。なんか作ってやっから待ってろ。ビール飲むか?」

「はい。ありがとうございます」

瞳さんが部屋を出て行った。有希は終始無言だった。

「やっぱ瞳さん面白いな」

「そうか?」

と有希は再びギターを引き始めた。俺も読み途中だった漫画を手に取ると、さっきまでとは違う何かに気づいた。匂いだ。

「なんか変な匂いしないか?」

と思わず俺が言うと、有希の顔がニヤけた。

「ねぇちゃんワキガなんだよ」

「・・・・・」

冗談だと思った。

「マジ?」

「マジ」

瞳さんには申し訳ないが、笑えてきた。ワキガは男がなるもんだと思ってた。そして、これがワキガの匂いか。初めて知ったよ。なかなか強烈だな。














 

 

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