027譚 別れと再会と(下)


 王都サラスは光の王国で最も栄えている街である。

 王都は正確には王都ではない。国王、この国の主のいるところが、王都なのである。そして今代の国王ボルティゲルンはサラスの城を拠点にその名を轟かせている。

 

『ここが、サラス……』

 

 アラニスは思わず声を溢した。もうひとりなので、自国の言葉だ。

 ふたつの聖騎士領や商業都市グルネなんて霞むくらいに華やかで賑やか。友好国から訪れている商人たちが雪を纏った赤煉瓦の街並みの中を闊歩している。

『で、あれが王城……なんだか物々しいわね』

 視線を上げれば、北端の小高い場所にサラスの中心であり、王国の核心である王城がある。王の住まう場所と聞くと綺羅びやかなものを連想するが――光の王国は侵略の国。王城にもその様相が色濃く、それは大きな要塞のような形をしている。加えて、その周囲を取り囲む急坂には鬱蒼と葉を落とした木々で覆われ、どこかおどろおどろしさもある。

 アラニスはふと足を止め、何となしに地面に転がっていた小枝を拾い上げる。きっとそこら辺の街路樹か何かが折れたものだろう。 


(焼く方は簡単だけど、戻す方なんてよくやるわよね)


 関門をくぐってすぐ、人通りの少ない場所でケルバンに顔を元に戻してもらった。それもまた呼吸が止まりそうなほどに痛いもので、顔の皮膚という皮膚が突っ張る感覚がした。元々治しやすいように特定の物質だけを崩したらしいのだが――器用すぎて(そして痛すぎて)言葉も出なかった。 

(それほど優秀な精霊師ってことだろうけど……姉さんとどちらが凄いのかしら)

 精霊師とは、光の王国で言う聖騎士と神官を合わせたようなものだ。

 

「きゃっ」

 

 突然何者かにアラニスは打つかった。前方不注意な自分が悪いのだが。アラニスは真っ向から衝突した鼻先をさすりながら顔を上げ――そして唖然とした。

 

「え?あなたは……」

「貴様はあの時の」

 

 そこにいたのは、神経質そうな顔をした色男。ティスカールの領主であり、ケルバンの後任の聖騎士でもあるエイルビーだ。出会った時と同様に、モスグリーンの外套マントの下に、鮮やかな赤と白のチュニックを着て細やかな刺繍の施された革紐ベルトで締めている。


「なんでエイルビーさまが、こんな場所に」

「私は王に用事があっただけだ。貴様こそ、なぜこんなところに」

「ええと……王都にいる知人を訪ねに……」


 妙なところで鉢合わせてしまった。別に彼とは因縁があるわけでもないのだが、つい先程まで「裏切り者」と呼ばれるケルバンといたせいか、気後れしてしまう。アラニスがおどおどしていると、エイルビーはアラニスの周囲をきょろきょろと見渡した。

「なんだ。連れていた傭兵はいないのか」

 おそらく、ケルバンのことだ。彼はケルバンを元聖騎士のケルバンとは知らないだろうが。

「サラスまで届けていただく約束でしたので」

 なんだそういうことか、とエイルビーは嘆息する。一体どのような関係だと思われていたのだろうか。気になるところだが、ケルバンの名誉のため、あえて聞かないことにする。

 エイルビーは「ふん」と鼻を鳴らすと、アラニスに興味を失ったのか、

「では私はこれで失礼する」

 と言ってその場を立ち去ろうとする。そんなエイルビーに対し、アラニスはほとんど無意識に、彼の服の裾を掴んだ。

 

「あ、あの!」

 

「なんだ」

 咄嗟の行動で、アラニスも一瞬言葉を失う。――なんて言おうか。アラニスは頭の中でぐるぐると考えて、ようやく声を鳴らす。

「せっかく王都へ来たので、ひと目王城を見ていきたいなあと思っていまして。も、勿論外観をです。――途中までご一緒してもいいですか」

 突然の道案内を頼まれ、エイルビーはわかりやすく迷惑げな顔をする。

「……なぜ私にそんなことを頼む。観光なら他の者とやれ」

「その……知り合いが少ないもので」

 アラニスはしゅんと項垂れる。無理がある説得のような気もするが、ここは押し切る。すると、エイルビーは意外な返答をした。

 

「まあ、構わん」

 

「へ」

 思わず間の抜けた声が出る。ぽかんとした阿保面でエイルビーを見上げてしまう。

「なんだ、その顔は。不要なら私はここで失礼する」

「ち、違います違います!断られると思ったので。ありがとうございます。よろしくお願い――っきゃ!」

 慌てすぎて、アラニスは蹴躓きかける。エイルビーが咄嗟にそんなアラニスを受け止め、

「……そそっかしいぞ」

 全くその通りである。きっとケルバンならば、「転びすぎ」と言うだろう。アラニスはエイルビーの腕を支えに立ち上がり、申し訳なさそうに言葉を返す。

「すみません。ありがとうございます」


「まったく――君を見ていると、死んだ婚約者を思い出して敵わない」


 エイルビーはガシガシと強く髪を掻き毟る。

「婚約者ってあの墓地で言っていた」

「そうだ。私の師の孫娘ビルギット。私とは二十も離れた小娘だったんだがな」

 そんなことは往々にしてあることだ。とくに、家の繋がりを重視する貴族においては。エイルビーは深々と息を吐くと、何も言わず王城の方角へ向けて歩き始めた。なので、アラニスも急ぎ彼の傍へ寄り、横に並んで歩く。

 王城は坂道をずっと上がった先にある。アラニスは寒さで葉を落とした木々やひっそりと雪をまぶした赤煉瓦の街並みを臨みながら、ひたすらその坂を登る。


「わたしとビルギットさまは似ているんですか?」


「顔は似ていない。そのそそっかしくて図々しくて、気の強いところがよく似ているんだ。年齢も貴様と近しいからなおさらそう思えてならん」

「わたし、図々しくしてないです」

「貴族と構えることなく会話している時点で十分図々しい」

 エイルビーの指摘に、アラニスは顔を引き攣らせる。エイルビーはまことに心から、困った風に眉間に皺を寄せ、こめかみを押さえている。

「ビルギットさまのこと、お好きだったんですね」

「ふん。将来の妻を愛さない男は屑だ」

 何とも、生真面目な男である。そして人間臭い人間である。ケルバンと違って、はっきりと感情を乗せた話し方をする。


「……同じ聖騎士でも話し方が全然違うんですね」


「は?」

「あ、いや、その……ブライアンさまと、お会いしたもので」

 さすがにケルバンと比較をしたなど言えない。だがエイルビーは納得したように、「ああ」と声を落とす。

「あの老騎士か。あれが聖騎士としては普通の話し方だ」

「そうなんですか?」

「聖騎士は神々と対話をする者。だが神々は私たちの情動への理解はない。不明瞭なものを添えて「呼びかけ」をすれば、神々は誤った捉え方をして違った力を貸してしまいかねない。故に、我々は常日頃、感情を抑える鍛錬を積む」

「そうなんですね……でも」

 アラニスはちらりとエイルビーを見る。とても感情を抑えているとは思えない。

「どうせ、私は違うと言いたいのだろう。全くその通りだから、否定はしない。こんなだから、弟弟子に地位を奪われたのだ」

 つまりは、ケルバンは感情を抑えるのが得意だったということだ。老騎士のブライアンですら出会って数分で感情を剥き出しにしていたのを見るに、滅多に表情を変えないケルバンは若いのにかなり優秀だったと言えるだろう。

 アラニスが納得をしていると、その傍らでエイルビーは苦々しげに独り言つ。


「まあ、あれを得意と言っていいのかわからないが……」


 その言葉の意味が汲み取れず、アラニスはきょとんとする。だが、その会話は続けられない。

「着いたぞ」

 気が付けば、王城前へいざなわれていた。







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ここまで読んでくださり、本当に、本当にありがとうございます。感無量です。涙で視界が……。

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