007譚 顔を隠した同行者(下)


 村長の息子夫婦の家へ戻ると、その家の前に数人の兵士の姿があった。黒いチョッキ型のチェイン・メイル(鎖帷子くさりかたびら)を纏った、光の王国の正規兵だ。彼らは人相書きのようなものを持って、村長の息子夫婦へ詰め寄っている。


「裏切り者の、元聖騎士の男を探している。年齢としは今年で十七、短躯チビ。金の髪と目をした、女に見える男だ」


 それに対し、夫婦ふたりは困ったように顔を見合わせている。見かけた記憶がさっぱりないのだろう。

 物置小屋へ行くための通路まで塞がれていたので、暫くその様子を見届けて立ち去るのを待っていた。だがなかなか帰らない。ケルバンは嘆息すると、つかつかと兵士たちの背後へ歩き寄った。


「何かあったのか」


 いつもの、淡々とした口調だ。突然に声をかけられて驚いたのか、ひとりの兵士が飛び上がる。

「うおっ。吃驚した。旅人か?」

 その問いに答えたのは、村長の息子だ。

「はい、左様でございやす。今日、我々が物置小屋を貸しておるのでさ」

 兵士は呆気にとられながらも、すらりとのっぽなケルバンを見上げた。

「というかお前……でかいな……」

 だが華奢に見えるせいか、圧迫感はない。


 ふと、その兵士はケルバンの顔に巻かれた包帯に目を留める。顔の半分ほども巻いているのを見るに、かなりの大怪我をしたのか。ついつい兵士はその疑問を口にする。

「その顔、どうしたんだ?」


「事故で顔を潰してしまってな」

 さらりとまた虚言を吐く。その眉ひとつ動かさない様子からは、とても偽っているとは感じられないからなお恐ろしい。

 当然のようにケルバンの言葉を鵜呑みにした兵士は顔を引き攣らせながら、

「……そりゃあ、災難だったな」

 と返した。

 矢庭に、その隣にいた兵士がぬっとアラニスの方へ近寄った。


「そこの異国女。こんな奴を見なかったか?」


 兵士の視線が黒髪に赤銅色の肌をした娘へと向けられる。おそらく、ケルバンは視えていないと踏んでアラニスへ尋ねたのだろう。アラニスは翡翠の眼をきょときょとさせて、それからずいと差し出された羊皮紙を見た。

 そこには一見、少女のような少年が描かれていた。十から十二くらいの年齢としの少年だ。まるで人間ひととは思えぬ、人形のように整った顔立ちで、見かければ忘れそうにもない。大きな目は猫のように切れ上がり、小さな唇は線対称。柔らかそうな髪を流している。

「背丈は……そう、ちょうどお前くらいだ」

「本当に男性なのかい、それ」

 すかさず言葉を差したのは息子夫人。特徴だけ聞いていれば、それはどう考えても女の子だ。兵士は「ふん」と鼻を鳴らした。


「腐っても元聖騎士だからな」


 その言葉には妙な説得力がある。村長の息子夫婦もうなずきあって、

「ああ……そういやあ、聖騎士サマといやあ、美形ばかりと聞きますなあ」

「そうそう。王都のお祭りで見かけたことがあるけど、ありゃあ眼福だったね」

 恰幅のいい奥方はもはや興奮ぎみだ。実際、光の王国において聖騎士とは民から一種のアイドル的な人気を博している。若々しくて、美麗で、強い。それでもってたいていは裕福で血統書付き。

 いい歳した女が目をキラキラとさせているのを見て兵士はややドン引きしていたが、我に返ったのか、こほんと咳払いする。


「とにかく。すでに二年も行方知れずだからな。背格好は変わっているかもしれん」


「え、二年?そんなに見つかってないなら死じまっているんじゃあ……」

 村長息子が目を瞬かせている。真っ当な考えである。周囲の助けもなく潜伏するなど、一年でも難しいことだ。しかもこんな目立つ容姿で。

 だが何の確信があるのか、兵士たちはきっぱりと一蹴する。

「いや、聖騎士がそう簡単にくたばるはずがない。今もきっと、どこかで生きているに決まってる。不躾にも高貴な方々の間に図々しくも居座る、クソ生意気なガキがそう簡単に死ぬものか」

 歯噛みして伝えられるその言葉はどこか私怨めいている。その勢いに、村長夫婦は絶句している。

 すると、会話を遮るように、ケルバンが言葉を差し込んだ。


「物置小屋へ行ってもいいか。さすがに疲れたから休みたい」


 その濃淡のない声に、今度は兵士たちがぽかんとする。あまりに揚々のない声だから、ぼーっとして見えるのかもしれない。

「あ、ああ」

 と上背のあるケルバンを見上ながら、彼らはそっと道を開けた。だしぬけに、何を思ったのか、兵士のひとりが声を上げた。

「お前。一応、顔を見せてくれないか?」

 すぐにケルバンは足を止めた。振り向くこと無く、そのまま黙しており、気まずい沈黙が流れる。それを異様に思ったのか、兵士たちが一斉にケルバンへ注目した。


「――――――」


 包帯に手をかけると、ケルバンは小さく何か独り言つ。それに対し、兵士は顔を顰める。

「なんだ?なんか言ったか?」

「いや、なんでもない」

 今度ははっきりと答える。そしてそのまま、包帯を手で引いた。するすると、音を立てて包帯はゆっくりとほどかれる。

「うわっ」

 兵士のひとりが声を上げた。

 アラニスを口元を手で覆い、悲鳴を上げるのを堪える。包帯の下から覗かれたのは、あの美しい顔ではなかった。眼から額にかけて、赤黒いケロイドが覆っている。ケルバンは包帯を下ろすと、眼を閉じたまま、静かに問う。

「これで満足か?」

「ああ……すまなかったな……」

 ひそひそと、あれはひでえな、と顔を歪めて兵士たちが耳打ちをし合っている。自分たちから外せと言っておいて、いざ目にした途端、化け物を見るような目を向ける。虫が良すぎるというものだ。

 だが意に留めることなくケルバンはその横をさっと過ぎていく。はっと我に返ったアラニスもまた急ぎ、彼を追った。


(え?いつの間に顔に怪我を?)


 アラニスは困惑した。つい数時間前に見た彼はまるで彫像のような人間離れした美男子だったのに。今すぐに聞き出したいところだが、「余計なことを言うな」と口止めされている。アラニスは混乱して今にも声に出しそうになりながらも、それをしないよう、心がける。そのことばかりに気を取られていたせいで、ケルバンの手袋に血が滲んでいることに、アラニスは気が付かなかった。

 そして――包帯を巻き直すケルバンの肌は、白磁のような滑らかさを取り戻していた。

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