第7話
「いいえ、特に何もありませんよ」それを聞いた私はホッとしつつも、疑問を感じた。どうしてディラン兄様はシャーロットに執着していたのだろう?それが、分からなかったからだ。
「ねえシャーロット、もしディラン兄様からまた連絡が来たらどうするの?」と聞くと、彼女は少し考えた後で口を開いた。「大丈夫ですよ、連絡先は消しておりますし、あの後お2人がお話したでしょう?」と言った後で「でも............」と言って何か言おうとしたが、彼女が真剣な眼差しを向けていたので、途中で黙り込んでしまった。
そんな様子を見た私は、彼女の手を握ったまま優しく微笑みかけると、側に居てあげることにしたのだった。
これからは、平穏な日々が続いたらいいのに............私は、そう願わざるを得なかった。
シャーロット、君のことを誰よりも大切に思っているよ。
ディランお兄様の件が落ち着き、私はガーデニングをしていた。
デューク殿下が、庭を好きに使っていいと言っていたので、薬草や花を育てることにしたのだ。もちろん、自分の領地から持ってきた花や種も植えた。
「これがベル草で、こっちがオドランタの花ね」
それぞれの特徴をメモしながら、丁寧に育てる。
本当は、そこまで植物には詳しくなかったけれど、ベル草は覚えやすくて助かったな。
そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。
「そのメモはなんだい?」
振り向くと、デューク殿下がいた。
なぜか、興味津々のような顔で私の方を見ている。
「ああ、これは.............ガーデニングのメモです」
「ガーデニング?」
私は、記憶をたどりながら答える。
「はい。私、昔から薬草作りが好きでしたから............。同じものをたくさん育てるよりも、それぞれにあった環境で、育てたいのです」
デューク殿下は、腕を組んで考え込む素振りをする。そして、すぐに何かに気が付いたようにポンと手を打った。
「.............君の好きなように薬草作りをしてほしいな、また来てもいいかな?」
デューク殿下のその言葉を聞いた瞬間、私は思わず息をのんだ。
その笑顔がとても眩しくて、花々よりも美しかったからだ。
「ええ、もちろんです!まさか、こんなに早くガーデニングの趣味が、活かせるときが来るとは思いませんでしたが」
私は明るい声でそう言った。そして、デューク殿下にメモを見せると、彼は手に取り、その詳細を見ていく。
「ふむふむ...........ベル草もオドランタの花もそれぞれ薬効が違うのか。シャーロットはやっぱり面白い人だね」
そして、彼は私の頭を優しく撫でた。
「ああ、そういえば............君に渡さなきゃいけないものがあったんだ」
「渡さなきゃいけないもの?」
何のことだろう?デューク殿下が私に対した渡すようなものなんて、ないと思うけど。
そんなことを考えていると、彼は話を続ける。
「これを受け取ってほしい」
そう言って彼が差し出したのは、一通の手紙だった。
なんだろうと思い、その手紙を受け取るとすぐになぜかデューク殿下は距離をとった。
私は首をかしげながらも、手紙を開ける。そこに記されていたのは、私のよく知っている名前だった。「デューク殿下!これ............ローナ.........私の妹のお手紙ですよね!どうして私に!?」
私は驚きのあまり、大きな声でそう尋ねた。
すると、デューク殿下は少し困ったように笑う。そして、こう答えたのだ。
「あのパーティーで僕はシャーロットとローナ...........君の妹が話す姿を見て、少し羨ましかったんだ。あまり話したことがなかったから、挨拶しかできていなかったけれど。その時に、君に手紙を渡してほしいと頼まれていてね。」
なるほど、つまりこのラブレターはお近づきの印みたいなものなのか。
「じゃあ、お返しと言ってはなんですが...........今度は、私がラブレターをお渡ししますね」
私がそう言うと、デューク殿下は驚いたように目を見開いた。そして、すぐに笑う。
「ありがとう、楽しみにしているよ」
デューク殿下とローナが親しくなった後、彼女はよく私たちのもとに訪れるようになった。
そして、いつも薬草作りについてアドバイスをくれたり、薬草について語ってくれるのだ。
最初こそ、私にだけ話をしているのかと思ったけど、最近はデューク殿下にも、話をしてくれることが多くなった気がする。
「そういえば、最近ローナとはどうなんだい?」
私は、庭園の花壇で育てている花に水をあげながら、尋ねた。デューク殿下は、優雅に椅子に座って紅茶を飲みながら私の方を見ている。
「どうって...........いつも通りですよ」
特に変わった様子もないけれどな。
「じゃあ、あの手紙は?」
「手紙...........ですか?」
あの手紙のことを言っているのかと思い、私は首を傾げる。するとデューク殿下はくすくすと笑った。
「ほら、僕が君に渡した.........」
「ああ!あれはローナに返事をしましたよ」
ああ、なんだ。そのことかと納得する。しかし、すぐに疑問が浮かんできた。どうして、急にそんなことを聞いてきたのだろう? 私はそう思いながらデューク殿下を見るが、彼はただ笑うだけでそれ以上は何も教えてくれなかった。
結局よくわからないまま、その日は解散となった。
そもそも、私はローナを恋愛的な意味では見ていない。それ故にラブレターといっても、ただの憧れのようなものだ。
手紙を受け取ったローナは、目を輝かせて喜んでくれたけど.............。
そんなことを思い出しながら、私は廊下を歩いていた。すると、誰かにぶつかってしまったようで、体がよろめくのを感じた。
「す、すみません」
慌てて謝罪の言葉を口にすると、ぶつかった相手は私の腕を掴んだ。
そして、そのまま私を抱き寄せるような形になる。そして私の頬に相手の手が触れたかと思うと.........。
「君が噂のシャーロット嬢か...........なるほどな」
低い声でそう言われた。私は驚き、相手を見上げる。そこには見知らぬ男性の顔があった。整った顔立ちの男性だ。彼は私の頬に手を添えたまま、じっとこちらを見ていた。
突然のことに驚きすぎて、言葉が出てこないでいると男性はにっこりと笑う。そして私から離れていった。
「また会おう」
それだけ言って、男は去っていったのだった。呆然としたまま、その背中を見送ることしかできず、私はしばらくその場に立ち尽くしていたのだった。
その後、屋敷に戻った私はデューク殿下にどこに行っていたのか尋ねられたが、不思議な男性のことは言わずに、散歩していたことを伝えた。
心配をかけたくなかったから。
すると、彼は嬉しそうに微笑む。
「そうか、それならいいんだ」
そう言って紅茶を飲む彼を見ながら、私は首をかしげるのだった。あの男性は一体何者だったのだろうか............と。
そんな私の疑問は、解けずに終わるはずがなかった。なぜなら、数日後..........再びあの男性が現れるからだ。
その日は休日だったので、私とローナは街で買い物をしていた。私のお気に入りのお店で、新作の洋服やアクセサリーを見ていたら、あっという間に時間が過ぎた。
「ローナ、そろそろ帰りましょうか」
私がローナにそう言って、馬車に乗ろうとしていた時だった。
(あれ、ブレスレットがない............!?あれは、デューク殿下からいただいた大切なものなのに............!)
肌身離さず、身につけていたブレスレットが、無いことに気がついたのだ。
「先に帰っていて!私はちょっと探し物があるから!」
「えっ、シャーロットお姉様!?」
従者に馬車を走らせるように言うと、私は微笑みながら、ローナに手を振った。
そして、来た道を戻って探し続けたのだが、中々見つからない。
ーーかれこれ探して、1時間ほど経っただろうか。
もう見つからないかも、と諦めそうになったその時だった。
なんだか、2人組の男性の手元が光ったような気がした。
よく見たら、デューク殿下からいただいたブレスレットに似ているような.............?
私はそっと彼らに近づき、様子を伺ったのである。
すると、驚きの会話が聞こえてきた。
「これは、かなり質の高いものではないか?貴族の落し物か?」
「ああ思ったぜ。いい値段になりそうだな」
(嘘でしょ!?)
慌てて取り返さねば、と思って声をかけようとしたその時だった。
私の肩に手が置かれて、隣を見るとフードを被った大柄の男性が走っていった。
そして、その2人組の男性に何やら話しかけている。
フードの男性に威圧されたのか、その2人組の男性は素直にブレスレットを返してくれた。
「探し物はこれだろう、もう無くさないように」
「あ、ありがとうございますっ!!」
返してもらったブレスレットをぎゅっと抱きしめる。
そして、私は口を開いた。
「本当に感謝しております、お名前をお伺いしても............?」
恐る恐る彼を見上げると、フードで顔が隠れていて表情が読めなかった。
「............また会えるだろう」
そんな意味深な言葉を残して、彼はそのまま去ってしまった。
一体誰だったんだろうか、と考えていると替えの馬車に乗るようにと従者が催促してきたので、私は仕方なく乗り込むのであった。
(お礼を言いたかったな............)
また会えるだろうなんて言われてしまっては、気になってしまうじゃないか。
ふと馬車の窓から外を眺めると、先ほどのフードの男性が歩いて去っていったのが、見えたような気がした。
次の日、庭園でガーデニングを続けていると、なんだか王宮内が騒がしかった。
なんだなんだと思って声のする方に向かうと、なんと昨日出会った男性がいたのだ。
彼はたくさんの人に囲まれており、なんだか疲れたような顔をしていた。
一体何があったのか、と眺めていると一人の男性が私の方にやってきた。
「昨日ぶりですね」
「は、はあ...........」
誰だろう?と思って考えていると、男性は立ち上がると、自分の名前を名乗ってくれた。
話を聞くところによると、彼はなんとこの国の第一王子なんだそうだ。
そんなすごい方が、どうして私の前にいるのだろうか?もしかして昨日のことがバレたのかな..........とビクビクしながら話を聞いていると、なんと私は友人として社交界に招かれたらしい。
(え.............?)
一体、どうして私なんかを?と驚いたものの、王宮では今社交シーズンが始まっているらしく、貴族達はこぞってお茶会やら夜会やらで忙しい。
そんな中、私はお茶会にも参加せず、ダンスの練習もせず、社交界や舞踏会の後の打ち上げにも顔を出さない...............ということで、どうやら噂になっているようだった。
「あの.............」
「どうされました?」
「いえ、どうして私なんかが選ばれたのかな............って」
そもそも、私は社交界にあまり顔を出していないし、夜会や舞踏会だってそんなにも参加したことがない。
それなのに、どうして私なんかが選ばれたのだろうか?
「貴女は先日のお茶会で、自分の意志を貫いていらっしゃったでしょう?」
「確かにそうかもしれませんけど...........あの場にいた女性はたくさんいましたよ」
「ああいった場では、自分の意見を言わず流れに身を任せる女性が多かったのですよ。まあ中には、おて............ごほん、活発的な方もいらっしゃいましたが」
あ、この人今おてんばって言いかけたな。
確かに、私みたいな人は珍しいかもしれないけど、あの場にいた人全員が、おとなしい女性ばかりだったわけじゃないと思うんだけど...........。
「ですが、貴女は周りから浮くこともなく、しっかりとご自分の意見を仰っていました。それがなによりも大事だと、私は思います」
「.............でも、それが正解だったとは限りませんよね?」
「それはそうですが、そういったご自分をしっかりと持っている女性は、案外少ないのですよ」
(そんなものなのかな...........?)
まあ、とにかく私が選ばれたのは、そう言った理由らしい。
「とりあえず一度いらっしゃってください。そこで、国王陛下や王妃殿下とお会いしていただきたい」
「.............わかりました」
仕方がないので、私は大人しく彼の言うことを聞くことにした。
こうなってしまった以上、もうどうすることもできないしね。それに、1度顔を出してしまえば、今後社交界に出なくてもいいっていうから、むしろ好都合だ。
私は、そのまま彼に連れられて、王宮へと向かったのであった。
(あ.............)
馬車の中で外を眺めていると、ふとあの庭園が見えた。
もう少しで咲きそうだったのに...........また後で来てみようかな。
王宮に着くと、私はすぐさま王妃様の元へ連れていかれた。
なんでも、国王陛下はお忙しいらしく、いらっしゃらないらしい。まあ国を担うお方なのだから仕方がないかな、と思いつつも、ちょっと残念だ。
私は王妃様の御前に跪き、ご挨拶を申し上げることにした。
国王陛下の名代だと言う方が訪ねてきまして スカイ @sky_8u
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