第6話 危機

 友達と別れた後、おうちに帰ろうとしていたハルト君は、道端でばったりさくらちゃんに会いました。さくらちゃんはハルトくんを見るなり、親しげにニッコリしました。さくらちゃんとハルト君は家がご近所だった事もあって、幼稚園に入る前からの幼なじみです。

 


「あっ、ハルトくん、ちょうどよかった! いまハルトくんち行ってこれわたそうとおもってたの」「さくらー、コレマジでやんの?」


 大事そうに抱えていたノートを受け取ったハルトくんは苦いピーマンでも食べたような顔をします。受け取ったノートは、青いネコ型ロボットの絵柄に「こくご」と書かれたごく普通のノートですが、そこに書かれているのが日記である事を彼も知っています。さくらちゃんは、自分のお父さんとお母さんが高校生の頃交換日記というのをしていたと聞いて羨ましくなったのでした。身近な男の子であるハルト君とやってみたい! と彼を巻き込んだ形です。ハルト君の方は学校の授業と宿題以外で文字や文章を書くのなんてゴメンだと思っていますが、最近男の子と遊んでばかりであまりさくらちゃんと遊ばなくなった引け目もあり、押し切られた形です。


「こんなんぜってぇ三日ボーズだぜ」

「……ノートのページがなくなるまでやるもん」


 二人揃って小学一年生、さくらちゃんもまだ文章を書くのが得意とは言えないのですが、幼稚園の時より、男の子と女の子とでグループが分かれがちになったのをさみしく思っていたさくらちゃんはなおも食い下がります。難しいお年頃です。


「こんにちは、さくらちゃん」

「あっすみれおねえさん、こんにちはー!」

「……こんにちは」


 向こうからすみれさんと幹夫さんがやって来て、さくらちゃん達にあいさつしました。すみれお姉さんとさくらちゃんは親戚のお姉さんで、お隣さん同士のハルト君ほどじゃないですが、結構近所に住んでいます。


 だからハルト君もすみれお姉さんとは顔見知りでしたが、今日は人見知りしたように顔をそむけています。すみれお姉さんが、幹夫さんと腕を組んで離さないからです。「さくらちゃん達の前だし今はちょっと」とか幹夫さんはモゴモゴなんか言ってるのですが、全く聞く耳持ちません。逆にさくらちゃんは、何かを察して、大きな目をキラキラ輝かせています。そのキラキラ具合は、すみれさんとそっくりです。どちらかと言えば元気はつらつとしたさくらちゃんと大人しい方のすみれさんは反対の性質を持っていますが、親戚の集まりやさくらちゃんのおうちに遊びに来た時「姉妹みたい」と言われるのはこれがゆえんです。


「さくらちゃん達はこれから帰るとこ?」

「うん、ハルトくんに用事があったけどもう済んだから」

「ならちょうどいいや、うち寄ってふき持ってって。実家から送って来たんだけど多すぎて処理面倒で。ハルトくんもいる?」

「……うん」


 顔見知りゆえの気安さで提案するすみれさんに、お母さんのふきの煮物が好きなハルトくんは頷きましたが。もしかしてお野菜の受け渡しする時も幹夫お兄さんと組んだ腕はそのまんまなのかな。それってコーカイショケーってやつかな。などと考えていました。


 顔を背けながらそんな事を考えていたハルト君は、自分達の近くをわた毛が飛んでいくのを真っ先に気づきました。


「あっ、タンポポ……のわたげだ」

「ハルトくんもタンポポみたの? わたしもみたよ、日っきにもかいた!」

「いまいったらやるイミねーじゃん!」

「へえタンポポのわた毛」

「なんだか奇遇だねえ。僕達も今日見たよ」


 四人分の視線を受けながら、わた毛はまた吹き飛ばされて行きます。彼らが立っている道を過ぎたフェンスの先、何メートルか下にある、川面の方へと。

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