第4話 公園とプロポーズ

 子連れのお父さんやお母さん、ジョギングをする人なんかで賑わう公園に、一組の女の人と男の人が、並んでベンチに腰かけていました。近くの知らない人同士がたまたまスペースを共有しているベンチに比べると、座った時の間隔が近しいので、知らない仲というわけではなさそうです。しかし二人は、近くのシートで眠りこけている男の子や、よそのベンチで静かに読書している男性より、静かに、ただ静かに腰かけているのです。


 男の人──柳原幹夫やなぎはら みきおさんはヒョロリと細長くて、いつも少しオドオドしている気弱なお兄さん。女の人──花林はなばやしすみれさんは、名は体を表す通り、野花のように可愛いお姉さんですが、小柄で大人しくて目立たない印象です。


 お互い社会人なのに、デートは暗くなったらさあ帰ろう。なんて、学生カップルでももう少しイケナイお付き合いの仕方をしてるんじゃないか、という清い交際を続けています。大学の文芸サークルからの付き合いなので、恋人になってからずいぶん経っているのですが。社会人になってもデートと言ったらもっぱら図書館本屋古本屋、そこで手に入れた本を喫茶店やファミレス、お互いの自宅で読んでは雑談。なんてサークル気分が抜けないお付き合いが、お互い心地よい状態です。


 その分普段はもう少し、年季と趣味の合致が相まって会話も弾むのですが、今日は幹夫さんの方がムッツリと黙りこくって、すみれさんの発言する隙さえ与えない空気を作っています。


 デートの待ち合わせに公園へ集合して、じゃあ図書館に行こうか。と言うところで、幹夫さんが「話があるんだ」と言ってベンチに座ってから、もう三十分くらい経過していました。


 実は今日、幹夫さんはすみれさんにプロポーズをするつもりだったのです。幹夫さんのお母さんも焦れて日頃それとなく促していたのに勇気が出なかったのですが、今度の今度こそは男を見せるぞ。と情熱を燃やしていたのでした。


 しかしそんな事を知るべくもないすみれさんは、「いったい幹夫君はどうしたのだろう」「具合でも悪いのだろうか」「もしかして別れ話じゃあ」と内心汗をかいていました。告白もすみれさんからだったし、自分でもつまらない女だという自覚症状があったので、あり得る……。と、すっかり心は暴走気味です。人には想像力というものがあり、物語が好きな人は、特にその傾向が強くなりがちなものです。


 すみれさんの頭の中で、オタクに優しい金髪の女子高生が、「ワリーねすみれ!みきっち今日からウチのもんになったから」と、幹夫さんと腕を組んで、二人仲良く去っていく光景が鮮明に浮かびます。かと思えば、深窓の令嬢といった、着物が似合う黒髪美人のお姉さんが「幹夫さんはわたくしのフィアンセでございます」と、宣戦布告するシーンが割り込んで来ました。


 いつもの互いが本のページをめくる心地よい音もなく、公園の喧騒は遠く、まだまだ夏は遠いというのに、二人仲良く冷や汗をダラダラかいていました。


「あ、あの、すみれさん! ……僕達の付き合いも、だいぶ長いよね」

「へぁ!? あ、う、うん、大学一年生の頃からだから、もう八年くらいになるのかな……」

「うん、だから……」


 いよいよこれは別れ話をされるのだろうか。すみれさんが身を硬くした、その時──。幹夫さんの頭の上に、ちょこんとタンポポのわた毛が乗っかりました。幹夫さんはそんな事に気づきもせず、勢い任せに、「僕と結婚してください」と言って、すみれさんを二重の意味で笑わせてしまいました。


「──タンポポのわた毛ついてるよ、幹夫君」


 旦那さんになる男の人の前髪から、気持ちを受け取るように。すみれさんはタンポポのわた毛を取ってあげます。幸せな女の人の白い指先から、わた毛は風にあおられ、また旅立って行くのでした。

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