#043 夏のレジャー

「どうして、どうして……」

「そんなに意外だったか??」


 膝をついて嘆くカオル。あれから『泳ぐのは3人でどうぞ』という方針を伝えたところ、軽い問答になったのだが…………それはさておき、俺は最初から泳ぐつもりは無く、そもそも水着を持っていない事を伝えたらこの反応である。


「だって夏ですよ!? (新しい水着も)新調したのに……」

「いやぁ、わるい。べつに水遊びくらいなら、普通の短パンでもいいかなって」


 そのあたり男は楽だ。透けるとかハリついてってのは気にしなくていいし、そもそも短パンなら構造もほぼ同じ。さすがにプールは厳しいが、着替えるのも面倒なので川遊びくらいなら、むしろ私服の方が好都合まである。


「それじゃあ、今までどうしていたんですか……」

「ん? 大学時代、結局1回も使わなくて、途中で捨てた」

「そんな……」


 そもそも知り合いは皆インドアなので、ガチめなレジャーは1回も経験していない。せいぜい飲み会でバーベキューをやったくらいだ。


「まぁ、高いものでもないし、買うのはいいが…………そういえばジュンって、プール、行かないのか?」

「あぁ、あの子、途中で体が冷えて唇が紫になるんですよね」

「わかるっ!」


 昔、学校のプールは冷たすぎて本当に苦手だった。途中から温水プールができていくらか救われたが、それでもやはり1時間はキツい。川になんて飛び込んだら、冷たすぎて心臓が止まってしまうだろう。


「そ、そうですか」

「これなら、もう買わなくても……」


 水で涼むのは良いとして、そこに運動およぎまで加える必要性が感じられない。


「待ってください!」

「??」

「えっと、たとえばですね…………適度な負担で、無理なく運動できます」

「あぁ、まぁ、運動不足になったらいいかもだけど、べつにそうじゃないしな」

「ぐっ、ではでは、レジャーです。その、楽しいですよ!」

「ん~、それこそプールじゃなくてもな。そういうのって、結局(泳ぎとは関係なく)一緒に行く相手しだいだろ?」

「はうっ、それでは、えっと…………えっと」


 なんだかカオルをイジメているみたいな状況になってしまった。しかし記憶では、カオルとプールに行ったことはなかったはず。虫取りや探検など、とにかくあちこち駆け回っているイメージだ。


「べつに、俺はそこまで泳ぐことに魅力を感じていないだけで、そういうの否定する気はないから、3人で……」

「それじゃあ、せめて水着姿だけでも…………いえ! その、ですから……」


 ようするに重要なのは夏らしさや思い出。なにかこう、記念・記憶に残る事がしたいのだろう。


「ん~、そういえば花火大会とかはないのか? そういうのでも……」

「浴衣ですか!? うぅ、それはそれでいいのですが、うごごご……」


 浴衣まで買うとは言っていない。しかしカオルは、どうにも発想が陽キャのソレだ。あと、やっぱり形から入りたがる傾向がある。


「あとは、そうだな……。避暑地でキャンプとか??」

「お泊りですか!?」

「え? あぁ、そうなるか。日帰りって手もあるけど」

「ではそれで!! いっしょに……」

「いや、まてまて。さすがにそこまでは」

「そんなぁ!?」


 なんだろう、今日のカオルはポンコツというか、暴走ぎみだ。そもそも一緒に住んでいるのだから、もう少しハードルの低い事ならいつでも付き合うのだが。


「そうだな。こんど、スポーツ用品店にでも行かないか?」

「え? それって、まさかその、水着の、しちゃく……」

「いや、まぁ水着は買ってもいいけど、なんかこう、レジャーっぽいアイテムや情報もあるだろう。そもそも俺、夏のレジャーってのを良く知らないんだよな、実際」


 そう、そこが1番の問題なのだ。バーベキュー場の予約にしても、経験が無いので毎回手探り。そんな俺の知識アイディアなんて、期待してはいけない。


「それは、私も」

「え? いや、まぁ、調べたけど、バーベキューセットやビニールプールって、実は結構安いんだよな」


 そう、調べてみるとピンキリではあるが、安いものはかなり安い。それこそ先輩の飲み会に付き合わされるより安上がりだ。


「それです!!」

「え? だから、バーベキューは家で……」

「プールです! 買いましょう! プール!!」

「え? いいけど…………いいの?? それで」


 家庭用プールは、ようするに大きなビニール製品。シンプルな構造のものならそこそこ大きいものでも5千円しない。そのためホテルやレンタカーを1回借りたと思えば余裕でモトがとれてしまう。


 買うかは別にして、若宮家なら大型のものでも問題無し。それこそ水をはりっぱなしで置いておける。(その場合は浄化用のポンプなども必要になる)


「むしろ好都合! これで邪魔されずに……」


 たしかに俺も、華やかな大型施設で人ごみに押しつぶされるより、少人数でひっそり楽しめるタイプのほうが好みだ。ケイやジュンも(本格的に泳ぐのではなく)水遊びていどなら使うだろうし、その友達を招いてもいい。


「そうだな、買うか!」

「はい!!」


 冷静に考えると当初の目的からそうとう迷走しているが、そこは気付かなかった事にするのが、正解なのだろう。




 こうして俺は、家庭用プールを購入する事になった。

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