#037 成長

「はっ!! ……て、ジュンおまえか」

「んにゃんにゃ……」


 朝、股間に違和感を感じて飛び起きたら…………ジュンのヨダレだった。


「まったく、誤解を招くことを……。つか、どこに顔ツッコんでいるんだよ。ん? 今日は(自分の)ヨダレ、垂れていないな」


 こんな事もあろうかと備えてあるウエットティッシュで股間をふき取る。俺は一度寝入ると起きないものの、かわりに寝起きには自信がある。自分の生理現象もそうだが、2人も薄手の服装になり、誤解を招きやすい状況を回避する猶予があるのは大きい。


「……ん~、はずかしいけど、いやじゃないよ」

「直しやすいのは良いが、脱ぎやすいのも考えものだな」


 はだけたケイのジャージも直しておく。ジャージといっても実質パジャマで、かなりユルい(オーバーサイズ)のもあってハミパンくらいは毎度のこと。もっと不味いものが見えてしまっている事もある。


「いただ、きますぅ」

「ん”~~、そこは、さすがに……」

「これで、ヨシ! もうすこし寝ているといい」


 ひとまずケイにジュンを寄生させておく。感触で分かるのかしばらくすると離れるが、それでもしばらくは騙せる。今日は土曜日、朝の特撮もないのでゆっくり寝かせておく。





「おはよう。もう、起きていたか」

「おはようございます。その、まぁ……」


 台所でカオルと鉢合わせ。けっきょくお互い、いつも通りの時間に起きたようだ。


「気が進まないのか?」

「そういう訳じゃ、ないんだけど……」


 コーヒーと、とりあえず適当にパンを貰う。早苗さんの姿は見えないので、パートか、畑か、二度寝しているパターンもある。


 ちなみに今日は、注文していた自転車をキタカタサイクルに受け取りに行く予定だ。まだ時間に余裕はあるが、カオルと一緒に行くことになっている。


「あまり、その様には見えないが」

「その、アイツ、ん~、ちょっと変わったって言うか、距離感が分からなくて」

「それで、高校に進学してからフェードアウトしたと」

「まぁ、そんな感じ」


 メイヤちゃんは、たしかに何を考えているか分からなさそうなタイプだったが…………変わった度合いで言えばカオルも大概。お互い悪ガキタイプだったのが、片や美少女、片やイケメン女子にジョブチェンジして、付き合い方ノリが迷子になったってところか。


「喧嘩別れしたとかでは無いんだろ?」

「それはね」

「それなら気にしすぎじゃないか? 人の形なんて、見る方向が変われば違って見えるもの。根っこの部分は変わっていないと思うけど…………あんがい、変わったのはカオルの方かもよ?」

「ぐっ、それは……」


 正直、俺も小中時代の悪友とは疎遠になっているし、今さら会うとなれば気も引ける。


「まぁいいじゃないか。ちょっと会うだけなんだし。そうだ、時間もあるし何か映画でも見るか?」

「あっ、それなら……」


 2人で、サブスク解禁された特撮ヒーローの映画を見る。表面的には変わった2人だが、あんがい取り越し苦労な気がしてならない。





「あら~~。ひさしぶり! 元気してた~」

「えっと、ご無沙汰しています」


 キタカタサイクルに到着して、さっそくカオルが北方(奥)さんにつかまる。ちなみに旦那さんは、チームの集まりで午前中は不在。お得意様も公園に集まっているので、実質『午後から営業』にしているそうだ。


「ども」

「自転車、できていますか?」

「はい。こっち」


 ただし受け渡しなどは出来るようで、メイヤちゃんもたまに手伝っているそうだ。


「もう、乗れるのかな?」

「まだ。サドルの調整が、ここ、立って」

「あ、はい」


 やはり酷い片言だ。それはさておき、台に立って体に合わせての最終調整がおこなわれる。


 自転車は分解された状態で配送されるので、自転車屋さんはそれを組み立てて販売する。この組み立て作業は、プラモデルや自作パソコンと違って職人技、変速機やスポークの微調整が欠かせない。そのため俺の自転車も、届いてから受け取りまで少し時間がかかった。


「乗り方、わかる?」

「あぁ、大丈夫です」


 ちなみにスポーツ自転車は、乗った状態で足がつかないので注意が必要だ。購入したのはクロスなのでまだいいが、ペダルに足を固定するタイプもあり、慣れていないと結構危険だったりする。


「どう?」

「……いいですね。やはり全然違う」


 試乗スペースを軽く回る。エントリーモデルのクロスではあるが、それでもママチャリや折り畳みに比べたら雲泥の差。ちょっと踏み込めば時速30kmくらいは余裕ででてしまう。今回はラフな普段乗り仕様で、オプションはスタンドとスマホホルダーくらいだが、その気になれば長距離もいけるし、なんならジョギング感覚で毎朝乗るのもいいかもしれない。


「あとは、補修装備も、あったほうがいいけど」

「あぁ、せっかくだし専用にしちゃおうかな。あわせてください」


 サドルなどを調整する携帯用レンチに、高圧に耐える仏式バルブ用の空気入れ。そのほかもろもろ合わせて8万円。なかなか痛い出費だが、ちゃっかり経費に計上して節税に貢献してもらう。


「まいど」

「ありがとう。あと、ごめんね、せっかくの休みに」

「いえ、べつに」


 お店の入り口には『閉店中』の木製看板。午前中は受け渡しのみ、実質貸切状態となっている。


「……でね、メイヤにもそろそろパソコン覚えさせなきゃって」

「その、私も……」

「それでね! 先生が……。……」

「「…………」」


 フルスロットルで話倒す北方夫人。まだアイコンタクトで会話できるほどの仲ではないが、メイヤちゃんと通じ合うものを感じた。


「もうちょっと、(夫人の相手を)カオルに任せようか」

「そ、そうですね」


 外のベンチで(ほぼ一方的に)語り合う2人の背中を見守る。


「カオルとは、メールとかでやりとりしないの?」

「そういうの、ちょっと苦手で」

「そっか。でも、これを機会に、またいろいろやり取りするのもいいんじゃない? アイツ、話をする口実、探している感じだったよ?」

「本当っスか!!」

「え、あぁ、うん」


 ちょっと体育会系が垣間見えた。やはりお互い、思うところは同じなのだろう。


「なんか、中学の途中から、距離感が分からなくなってきて、その」

「ハハ、カオルのヤツ、変わり過ぎなんだよな。根っこは同じだと思うけど」

「ですよね! あんなに…………可愛くなりやがって」


 ん? たしかに可愛くなったが、なにか空気が変わった気が……。


「そうだね。久しぶりに会った時、正直わからなかったよ」

「どんどん色っぽくなっていくし、そのくせ無防備に抱き着いたり…………くぅっ!!」

「????」


 会話が成立しない。どうやら回想モードに突入したようだ。残念ながら、アニメじゃないのでその光景を視聴できないが。


「あぁ、終わったの! それでね~~」




 その後は北方さんの怒涛のトークに押し流されつつも…………ひとまずカオルとメイヤちゃんは、そろってパソコンを習うところまでは確定したっぽい。

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