#035 自転車
「けっこう、しっかりしているな」
ログハウス風の小洒落た外観に、立ち並ぶ一風変わった自転車たち。俺は散歩がてら自転車を見に来た。
「本当に、ぜんぜん置いてないな、ママチャリ」
電動のしっかりしたものはあるものの、激安ママチャリは展示されていない。イメージ戦略もあるのだろうが、主力であろうゾーンをバッサリ切り捨ててしまう思い切りの良さは好感が持てる。
「いらっしゃい。必要なら、声をかけてくださいね」
「あ、はい。見させてもらいます」
「「…………」」
ちょっとサバサバした店主。まさに『趣味がこうじて』って感じだ。
「さすがに、まぁまぁするな」
自転車を見に来た理由は、もちろん足が欲しかったから。ホームセンターも見て回ったのだが(気にしすぎだと思うが)ママチャリは成人男性が乗ると、どうにも格好がつかない。
このあたりは、田舎といっても山間部ってほどではないのでこう配は穏やか。国道は地獄だが、基本的に交通量は少なめで道幅も広く、バイクなんかで走ったら気持ちよさそうだ。それもあってか草野球チーム的なノリで自転車チームも存在しているらしく、それらを支えているのがこのキタカタサイクルと、近くの大型公園となる。
「やっぱり、ロードは違うな」
そのため店のメインはロードバイク。独特の形状なのもあってカッコイイとは思うが、普段使いするのには適さない。こういうのはウエアまでそろえて本格的に打ち込んでこそだ。
「お洒落さで言えば、やっぱり折り畳みだよな」
しかし折り畳み自転車には欠点があって、俺もアパート暮らしの時に買ってみたのだが、結局すぐに手放してしまった。折り畳みに限らず、小径の自転車はこぎ出しこそ軽いものの、まったく速度が出ない。ママチャリにも劣る速度の伸びにくわえ、折りたたんでも案外場所を取るのだ。
スポーツタイプの折り畳みもあるので、いくらか改善できるのだろうが、だだっ広い田舎道を走るのに小径自転車は不向きだろう。
「あぁ~、いらっしゃい。早見先生、来てくれたんだ~」
「あぁ、その、お邪魔しています。でも、先生は……」
そこに現れたのは北方さん(奥さん)。旦那さんの方とは面識がなかったものの、奥さんの方とは防犯対策などで何度か会っており、先生呼びを広めようとしている張本人でもある。
「いいじゃないの、じっさいパソコン教室の先生もしているんだし」
「臨時のアシスタント、ですけどね」
ちなみにキタカタサイクルは、お店という事もあって防犯カメラは既に設置されている。しかし古いのと、業務用なので今の便利機能は一切ついていない。ご近所付き合いもあり参加した講習会だが、今は面白がって積極的に参加してくれている。
「それで、何を見に来たの? 旦那、無愛想だったでしょ!?」
「あぁ、その、そこそこの自転車が、あったらいいかなって」
見ると旦那さんは、気恥ずかしそうに視線をそらす。接客の奥さん、知識・整備の旦那さんってところか? 性格は真逆だが、これはこれで上手く欠点を補い合う関係なのだろう。
「車の免許、持っていないんだっけ? 最近の都会っ子は、そういうの、多いんだってね~」
「いえ、あるにはあるんですけど、自転車も、あってもいいかなって」
リフォームもあって貯金をこれ以上切り崩したくないのが大きいものの、自転車があれば(車を借りられない時でも)3人と中距離程度なら出かけられる。バイクを選ばないのも、それが理由だ。
「そうなんだ。それなら…………おっと、買い物に行こうと思っていたんだ。アンタ~、メイヤは!?」
「まだ、帰ってないよ」
「下見段階ですし、おかまいなく」
「ゴメンね~。近くのスーパー、閉店間際だとホント、なにもなくなっちゃうのよ~」
たしか北方さんには娘がいて『パソコンを覚えさせなきゃ』なんて言っていたか。大学のレポート作成にパソコンは必須であり、いちじきは中高生でも持っていて当たり前みたいになりかけていたわけだが、今はスマホやタブレットの台頭で普及率が下がっている。
「慌ただしくて、すまないね」
「いえ、そんな」
「奥にもあるから、乗りたいなら言ってくれれば用意するよ」
「はい」
相変わらず、一歩離れた接客スタイルの旦那さん。接客業のセオリーに反するかもしれないが、正直なところこの距離感はわりと嬉しい。
「奥は、マウンテンや…………クロスか」
メインはロードバイク。もう少し山が近く、専用コースでもあれば売れたのだろうが、マウンテンはロードにくらべてチームでやるイメージに乏しく、なにより危険だ。趣味としてやるにしてもオススメしにくい部分がある。
対してクロスバイクは、多少の悪路ならいけるオンロード車。フレーム形状はマウンテンに近く、それでいて細めのタイヤで加速もいい。ようするに良いトコ取りの器用貧乏タイプだ。別に速さなどは求めていないので、クロスはありかもしれない。
「ども」
「あぁ、どうも」
突然あらわれたイケメンJK。いや、俺が自転車に気を取られていただけなのだが……。
「「…………」」
「えっと、メイヤ、ちゃん??」
「ちゃん付けは……。まぁ、そうですけど」
気づけばもう夕方。カオルやケイも帰宅する時間帯だ。
「あぁ、その早見です。よろしく」
「それじゃあ」
「あぁ、はい」
制服姿なのもあって、それだけ言って去っていくメイヤちゃん。なんというか、同性にモテそうなタイプだ。
「愛想の無さは、俺以上だろ?」
「え? その、言っては何ですが、イケメンですね」
「ぷっ! まったく、誰に似たんだか。目当てはクロスかい?」
入れ替わるように現れる旦那さん。筋肉や状況的な部分もあるのだろうが、クロスに目星をつけたのを見ぬいているあたり、流石は本職だ。
「えぇ、その、カタログ、貰ってもいいですか?」
「あぁ、このあたりが安くてオススメだ。つっても、ママチャリに比べたら良い値段だけどな」
価格はだいたい6万円から。メーカー製のママチャリでも2台買える値段だ。
「まぁでも、安物過ぎても恥ずかしいですし」
「そうかもな。若宮は、元気しているか?」
若宮ってのは、たぶん叔父さんの事だろう。歳も近そうだし、幼馴染かなにかかも。
「はい、元気そうですし、良くして貰っています」
「そうか。たまには、顔出せって伝えておいてくれ」
「はい。えっと……」
「あぁ、カオルちゃんだっけ? 娘にもよろしくな。それじゃあ」
「あ、はい。それでは」
そういえばさっきの制服、カオルと同じだった。本当に、
そんなこんなで俺は、自転車のカタログを手にキタカタサイクルを後にした。
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