#033 ご機嫌

「ただいまあ~!」

「お、お邪魔します……」


 友達のノリタマを連れて帰宅するジュン。ジュンはいわゆるボッチではないものの、男の子趣味で同性とは話が合わず、逆に男の子は異性という事もあって家までとはなかなかならない。


「閉まっているな。こっちだ」

「え? なんで裏手に??」

「ん~、オートロックで便利だから??」


 玄関が施錠されている事を確認すると、指紋で開く勝手口へと移動する。それまでは合鍵を使って玄関から入るか、そもそも施錠されていない事が多かったものの、現在は小まめに施錠するようになり、ジュンは『外出時は玄関、帰宅時は勝手口を使う』変則的な流れが出来上がっていた。


「へ~、指紋で開くのね」

「おう!」

「それで、なにで遊ぶ!? 何もないけどな!!」

「え?? いや、その、家の方は…………いないのかしら」


 居間へと直行するジュン。普段、あまり友達を招かないのもあるが、そもそもジュンはTVゲームが苦手なのもあって同性の友達と遊ぶのに適したものを持っていない。


『おかえり~』

「ただいま~~」

『早苗さんは出かけているから。今、ジュースと、なんか適当に持っていくな』

「おぉ~~」

「え?? あの、お邪魔しています」

『あぁ、はじめまして。ゆっくりしていってね』


 これまで人の気配が感じられなかったのに、居間に入ると見ていたかのようなタイミングで(備え付けのモニター越しに)出迎えられる。古めかしい農家の外観からは想像できないハイテクぶりに、苦手では無いものの面食らってしまう。


「え? おとうさん??」

「え?? なにいってんだ。ツカ兄はツカ兄だぞ」

「え? あの人が??」


 漠然と高校生ぐらいを想像していたが、出てきたのは成人男性。父親と言うには若い気もしたが、早婚の早苗さんとは面識があり、そのイメージもあって父親に見えた。


「いらっしゃい。ごめんね、大したおもてなしもできなくて。あ、これ、好きなの飲んでね」

「あぁ、その、おかまいなく……」


 適当にペットボトルとお菓子が並べられる。そのあたりの雑さは男性のそれだが、それでも想像していた『親戚のお兄さん』からはかけ離れており、勢いを失ってしまう。


「おぉ、全部食っていいのか!?」

「いや、そんなに食えないだろ? どれでもいいけど1つずつにしておけ」

「はぁ~ぃ」

「え? あ、その、いただきます」

「マキちゃんだっけ? 話は聞いているから、好きに…………って、何していたんだ??」

「さぁ~~」


 ただ居間にいるだけの2人。女の子なのでお喋りが目的ととれなくもないが、それにしたって本当に何も出ていないのは大概だ。


「さぁって……。まぁいいか、何かあったら呼んでくれ。俺は……」

「そうだ! 思い出した」

「??」

「なんか、ツカ兄に用事があるんだって!」

「え、あぁ……」


 表情を曇らせる司。最近もストリーマー志望の少女を大人げなく論破してしまい、軽いトラウマになっていた。


「いや、その、どんなお仕事を、しているのかなって…………その……」


 しかし予想とは違う反応。昨今のやり取りからポルチューブの話だと思ったが、どうやら『友達の家に転がり込んできた居候の正体』が焦点のようだ。


「もしかして、ジュンの事、心配してくれた?」

「え? それは、その……」

「ありがとう。ジュンは良いお友達をもったね」

「ん????」


 話の流れを全く理解できないジュン。対して司は快く迎えられこそしたが、疎遠になりかけていた親戚の、それも思春期の少女が暮らす家庭に転がり込むのだ。不安もそうだが、申し訳ない気持ちが先行していた。


「そうだね、良ければ仕事場、見てみる??」

「え? その……」


 上手く受け答えできないマキに、優しく語り掛ける。


「僕はね、ここから電車で1時間くらい行ったところにあるデザイン事務所…………えっと、パソコンでチラシを作ったりする仕事をしていたんだけど、いろいろあって辞める事になってね。それで今は、若宮家ここのハナレを借りて独立したんだ」

「その、若宮さんとは……」

「進学してから、遠かったのもあって疎遠になっていたけど、小さい頃はけっこう頻繁にあっていたんだよ? 今は…………忙しい早苗さん、お母さんにヤンチャなジュンの面倒を頼まれているかな」

「そ、そうだったん、ですか」


 マキは当初、友達と過剰に仲良くする司を警戒し、漠然とやり込めてやる意気込みで乗り込んだ。しかし蓋を開けてみれば、相手は予想に反して『落ち着いた大人』で、(高校生相手でもやり込めるのは難しかったであろうが)今更ながらに『勘違い、暴走、自分はいったい何をしているんだ?』といった感情が渦巻く混乱状態に陥ってしまった。


「ん?? よくわからないけど、お世話されているぞ!!」

「胸を張っていうことか??」

「えへへ~」

「!!!?」


 思わず抱き着いたジュンの姿を見て、マキの意識が再び再起動する。微笑ましい兄妹や親子に見える光景だが、本能が激しく警鐘を鳴らす。


「まぁ、そういうことだから……」

「待ってください!! たしかポルト社で働いているとか」

「え、ポルト!?」

「だから違うって」

「どういう状況だよ??」


 高校生と思い込んでいたのも含めて、小学生の知識や想像力には限界がある。





「ここが仕事場。ここで…………そうだな、たとえばポルチューブで動画投稿している人に向けて、こういった素材を販売しているんだよ」

「おぉ、すごいです! ポルチューブで見たヤツ!!」


 場所を移し、動画で見覚えのある機材や素材を見て興奮するマキ。


「よかったら、読み上げソフトでも喋らせてみる? アバターを動かす事もできるけど」

「すごい、こんな風になっているんですね!!」

「ん~……」


 本来の目的を忘れて司に接近するマキの姿を見て、表情を曇らせるジュン。


「しゅごい、こんな風になって……」

「お仕事の邪魔! しちゃいけないんだぞ!!」

「えぇ??」


 間に割って入るジュン。ふだん人前で、過度なスキンシップを求めることはないのだが、今回ばかりは司に抱き着いて離れない。


「ハハハ、(分からない話で)仲間外れにされてスネちゃったか」

「しらん!」

「はいはい」

「え? えぇ……」


 怒り顔で頬ずりするジュン。見たこともない姿に、マキはただただ困惑するしかなかった。


「ほらほら、お友達が遊びに来てくれたんだ。機嫌を……。……」




 けっきょく機嫌を損ねたジュンをなだめているうちに夕方となり、その日は有耶無耶のまま解散となった。

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