#030 婚活

「いや~、何年ぶりだろうね、娘に泣きつかれたのは」

「すいません、大人げなかったです」

「いやいや、おかげで進学する気になってくれたみたいだし、感謝しているんだよ?」


 今日も番場さんのお店で防犯対策の講習会を手伝う…………前に、チヨちゃんの進路指導について報告する事となった。流れというか、勢いあまって結局『大人げなく中学生を正論パンチで黙らせる』みたいな展開になってしまい、ひとまず目的は果たせたものの、もっと上手いやり方があったのではと軽く自己嫌悪に陥っている。


「何というか、学校の先生には、なれそうにないですね」

「そう? 私には、向いているように見えるけど」

「いや、それは……」

「ちなみに、正直なところ娘はどうだった? 配信者になれそう??」


 今すぐではなく、将来的な話だろう。リアルな話、高望みで行き遅れる女性は多い。(良くはないが)まだキャリアを積んで自立した未婚ならいいものの、大卒家事手伝いで根拠もなくプライドだけ高いパターンは救いがない。


 ハッキリ言って、チヨちゃんは後者になる可能性が高そうに思えた。それは番場さんも警戒しているところであり、最悪『ニートやフリーターにするくらいならストリーマーにさせたい』と考えているのだろう。アルバイトも社会経験であり経験していた方がいいのだが、フリーターとして長く続ければデメリットが目立ってくる。


「そうですね。現状では、ハッキリ言って無理ですね。なにか大人顔負けの特技があるとか、無いにしても、機材や専門学校の学費はバイトして自力で工面するってくらいのガッツがないと」

「だよね~」

「とはいえ将来、フリーターにするくらいなら、まだ見込みはあると思います」


 フリーターの危険なところは、キャリアがまったく育たないのに適度に忙しく、いちおう自立できてしまう点だ。安月給のブラック企業と同じで、真綿で首を締められるが如く緩やかに人生が終わっていく。俺の場合は技能系で、まだ退職後に生かせる部分も多かったが、これがただの肉体労働や事務処理だったら、あるいは定年まで続けていたら(大昔のデザイン知識など)役に立てられるところなんて無かっただろうし、その気力が湧いたかも怪しい。


 あと男は、最悪40過ぎでも家庭や子供を作れるのに対して、女性は高齢出産の問題があるのでタイムリミットが短い。大学卒業後にフリーターで歳を浪費しようものなら、あっという間に30、そこから慌てて婚活をして(彼氏ができても、それが結婚相手となる保証はない)35歳までに相手を見つけられなければ高齢出産となり、結婚の難易度が一気に跳ね上がる。


「最悪、パソコン教室ここを任せる事も、考えていたけど……」

「それで結婚相手が見つかるなら、というか、将来を誓う相手がいるならいいんですけどね。……いちおう、配信をやっていれば出会いはあります」

「あぁ、それはそうね」

「まぁ、ホステスみたいな部分があるのは否定しませんが、なんなら顔や年齢を隠して、異性に自分をアピールする事だってできますし」


 社会人の婚活の難しさの1つに、『結婚前提のスペック勝負な世界になり、その変化についていけなくなる』点が挙げられる。学生時代は1番に思っていた顔面偏差値やスタイルは二の次になり、男性は収入、女性は年齢と性格が重視される。それまであたり前すぎて持っていることさえ忘れていた"若さ"という最強装備を取りあげられると同時に、(いくら顔やスタイルに自信があっても)35や40過ぎたら物理的に子供が産めなくなるのだ。


 その点ストリーマーは、不特定多数の異性に自分をアピールでき、年齢の誤魔化しもきく。コラボを持ちかけ自然な形で異性の配信者に会ってもいいし、ガチ恋勢となったリスナーのなかから相手を見繕ってもいい。結婚相手ではなく、まず相手を恋愛志向に持ち込んでしまえば、最悪、婚期を過ぎていても(魅了状態なので)関係ないわけだ。


「なるほど、それはいいわね」

「え? いや、まぁ、ニートにするよりは」


 番場さんは母親であり、今のチヨちゃんや、最悪の将来まで見ている。まだ中学生とは言え、勉強が苦手でこれまでサボってきたのなら(Sランは当然無理として)頑張ってもCランク、知名度のある大学にいけたら御の字くらい(高確率でFラン大学いき)だろう。それでも女性なので、大学やその後の社会人生活で良い相手を見つけてくれる可能性はあるが、昨今の流れを考えると期待薄。くわえて女性優位な婚活パーティー市場も、年々女性優位の環境が崩れていると聞く。そんな中で、娘を信じて流れに身を任せていいものか? 親として、保険は欲しいところだ。


「そうだ!」

「はい?」

「今度パソコン教室ウチの授業に、SNSとかポルチューブ教室も加えようと思っているの。早見君の評判もいいしい、良ければ授業のマニュアル作成や…………なんだったら正式に、先生、やってみない!?」

「え、いや…………考えさせてください」


 個人事業主の俺としては、パソコン教室みたいなところでも"会社員"の肩書がつけば(クレカやローンなど)何かと便利だ。しかし…………悪寒というか、なにか本能が警告を発したので、とっさに判断を保留にしてしまった。




 こうして、チヨちゃんの一件はひとまず解決した。たぶん。

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