#029 将来設計
「……コッチだから。本当は喫茶店とかで話すものなんだけど」
「いえ! 仕事場とか見てみたかったので、むしろ助かります!!」
すこし気は重いが、今日はストリーマー志望のチヨちゃんを家に招き…………どうしたものか。基本的には進路指導なのだが、細部は未定。高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応する予定だ。
「仕事場はこの奥だね。とりあえず入って」
「はい! うわぁ! 中は凄いですね!!」
外観はボロ屋だから、よけいにインパクトがある。それはさておき、チヨちゃんを機材が並ぶ奥の作業スペースに招き、出迎えついでに買っておいたペットボトルを手渡す。相手は中学生。コーヒーが飲めない可能性もあるので、水・お茶・スポーツドリンクと無難なものを適当に買いそろえた。
「えっと、すいません」
「まぁ、話していると喉が渇くだろうしね」
「それで、断片的に話は聞いているけど…………本人的にはどんな将来設計を考えているのか、最初に聞いていい?」
ちなみに番場さんやケイは外してもらった。深い意味はないが、この場は仕事場であり"社会"、家や学校感覚を捨ててもらうためだ。
「その、私、ゲームとか歌うのが好きで…………でも、アーティストとかアイドルは、ちょっと違うっていうか、もうすこしマイペースに、自分のペースっていうかその……」
「規模感?」
「それです! べつにコンサート会場を満員にするとか、全国大会目指してって、そこまで大きなことは望んでいなくて! 収入とかも人並みでいいから、無理のない範囲で頑張っていけたらって」
台本を考えて来た部分もあるのだろうが、中学生にしてはしっかり話せている。その割に目指す場所が低く、これが会社なら(会社の収益に響くので)一発アウトだが、ストリーマーのスタイルは自由であり、マイペースも許容される。
「ちなみにゲームや歌の大会とかコンテストに出た事ってあるの?」
「え? いや、ないです……。すいません」
「ごめんごめん、責めるつもりで言ったわけじゃないから。年齢制限もあるし、このあたりじゃ気軽に行ける距離で(コンテストやオーディションが)開かれていないしね」
「はい。あっ、でも! プラモンのランクバトルなら! マスターまで行った事もあるんですよ!!」
「おぉ、それは凄いね」
マスターは、いちおう最高ランク帯であり、中学生でいけたならかなりのもの。大学生やストリーマーなら、対策を調べ上げたうえで堅実に時間を費やせばなれるものの、それでもマスター帯に居るかが一種の指標となっており、逆に言えば他のランク帯の動画は(よほどネタに振り切っていないかぎり)見向きもされない。
「はい、それで……」
「ごめん、話がそれちゃったね。それで将来設計というか、これからの進路はどう考えているの?」
「それはその…………ちゃんと高校や大学は卒業した方がいいってのは分るんですけど…………その、正直、
「それで、中卒で専門学校を受けたいと」
「その、いちおう高卒からの(専門学校)パターンも、考えてはいます」
まぁ、本音は(高校)受験勉強を回避したいってところか。
「ちなみに僕は産業系の大学を出て、知り合いのストリーマーも全員大卒だね」
「ぐっ……」
「そこはまぁピンキリだから、中卒や、なんなら前科持ちもいる世界だけどね」
「そう、らしいですね」
高学歴のストリーマーも多いが、底辺ストリーマーも含めれば一番多いのは高卒(大学中退)ニート&フリーターのパターンだろうか。しかし……。
「あるていど成功している人は、あんがい社会人経験者も多いんだよ? べつにそうなれって話ではなく、ストリーマーってそれなりに投資や経験も必要だからね。30過ぎたあたりまでガッツリ働いて、そこから転職活動しつつ趣味半分ではじめたら、軌道にのっちゃった、みたいな」
「はぁ……」
「たとえばこの部屋にある機材、総額いくらくらいだと思う?」
「えっと…………100、とか??」
「ん~、300万はこえているかな」
「ウ”ぇっ」
なんかヤベー声が聞こえた。もちろん初期投資でここまでは求められないが、リアルな話、今、ストリーマーになりたかったらゲーミングパソコンや高価な音響機材は揃えておきたい。
「もちろんそこまでは必要ないけど、お年玉でどうにかなるレベルでは、ないかな」
「うぅ…………ウチ、そんなに(お小遣い)貰えないし、アルバイト、しなきゃですね」
「まぁそうなんだけど、そもそもお年玉やお小遣いを計算に入れるプランはおススメしないかな」
「え?」
「だって学校を卒業したら社会人。もう、お小遣いを貰う側じゃなくて、家に生活費を収める側だよ?」
「いや、でも……」
まぁ、実際には大学入学あたりでパソコンを買ってもらえるので、そのあたりを軸に上手くヤリクリしていくパターンが多い。しかし配信ってのは、あんがいパソコンスペックを要求する。安価なパソコンでとりあえず初めても、すぐに高価なパソコンへの買い替えが迫られる。
「そこはご両親と相談して決める事だけど、僕だってこうして自分の稼ぎで機材をコツコツ揃えている。プロになるっていうのは、そういうことなんじゃないかな?」
「それは……」
「まぁ、初期投資は親に頼むにしろ、その後の投資は頼りづらいだろうし、軍資金はあるていど用意しておかないと、機材の差で負けちゃうよ? ノイズだらけの歌配信なんて、見る価値ないし」
「ぐっ」
ストリーマーは多種多様で、中には音痴な音楽系配信者もいる。しかし音痴なのと機材がオモチャなのは別の話。音痴だから機材は500円のジャンク品で充分ってことはなく、むしろその個性を配信に乗せるために機材には拘りたいところだ。
「スマホ1つでデビューできる時代だけど、主婦の副業じゃあるまいし、専業で本格的に活動するなら機材は揃えなきゃ。専門学校に行くにしても、ねっ」
「え?」
「いや、だって(専門学校が)入学記念でパソコンがもらえるわけじゃないし。音響系機材なんて下手したらパソコンよりも高い。入学する前に一式そろえておかないと、入学できても課題がこなせないよね」
「あっ、あぁ……」
軽い放心状態。あるていどは自分でも調べていただろうが、やはり『行けばなんとかなる』と過剰に信頼というか、期待していたのだろう。もちろん専門学校レベルに数百万の機材は必要ないが、学校内のライバルと貧弱な装備でやりあえるかって問題は拭えない。
「あと、忘れているというか、気づいていないかもだけど…………たしかにストリーマーって多種多様だけど、それぞれ武器を持っているんだよ。ゲームや歌なら、プロ級に上手いのが1番だけど、大抵は喋りの面白さで勝負する事になる」
「それは、はい」
「番場智代って女の子は…………プロ級のトークが! 見に来てくれた人が思わず投げ銭を投げたくなるようなトークが、出来るのかな?」
「それは……」
「別に小粋なトークじゃなくてもいい。プラモンが好きなら、初代から大半のモンスターや作中に登場したトレーナーの豆知識を語れるとか…………逆に関係のないところで、女を捨てて、そうだな、浣腸を我慢しながら(ゲームの)クリア耐久ができる? 逆に、バン(アカウント削除)覚悟でエッチなコスプレ、できるかな??」
「…………」
「ハッキリ言わせてもらうけど、機材は地道に働いて買えば済む。技術はやっていればあるていど身に付くし、外注やパートナーを見つけて丸投げしてもいい。ただしトークだけは自分で用意しなきゃダメだ。それは専門学校へ行っても手に入るものじゃない」
「………………」
「もし、その武器をすでに持っているなら、専門学校でひと通り纏めて習うのもいいかもしれないけど…………まずは機材や技術をゆっくりそろえながら、自分の武器を決める事。僕もこの仕事をしている身だから、明確にやる事が決まれば応援できるけど、ただ漠然とストリーマーになれば何かが変わると思っているうちは、
けっきょくその後は、ひたすら黙りこくり会話が成立しなくなってしまい、時間も良かったのでそのままお開きとなった。
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