#026 養成学校

「……なるほど、こんなところに」

「こういう操作はいちいち書いていないですからね」


 今日は番場さんのパソコン教室にお邪魔していた。もちろん生徒ではなく、講師として。


 町内の防犯対策だが、パソコン教室のちょっとした展示スペースに設置されており、普段は置いてあるだけ。講習会的なものを開く場合は町内会などと協議して広報などで告知するのだが、好評で他の町内からも打診が来ており、しばらくは定期開催できそうな雰囲気になっている。


「いや~、ホント、助かるわ~」

「あ、ありがとうございます」

「みんなも、休憩にしましょ」


 半端な時間に始まるお茶休憩。これは地域の風習的なものではなく、パソコン教室のシステム。学校の時間割のように授業時間50分+休憩時間10分で区切り、これを授業の最低単位にしている。今回は防犯対策講座の集団講習だが、普段はパソコンやスマホなどの使い方や、各種資格取得に向けて個別指導(集団だけど個別に教える)や個人指導(完全な1対1)で教えている。


 料金は1人1セット千円からで、授業内容や個人指導かなどで追加されていくが、今回は町内会行事なので授業料は町内会費から出ている。(集団講習は普段実施していない)講師は番場さん1人で、授業は事前予約必須だが、曜日と時間帯でやる事はだいたい決まっており、たとえば『金曜日の午後はボケ防止に皆で集まってパソコンを習う』といったクラブ活動的な場になっている。


「そういえば~、先生。先生ってポルチューバーなんだって??」

「えっ、本当に? ピカキンと会った事あるの??」

「いや、近いけど別物ですよ。裏方というか、そういった活動をしている人をサポートする。……そうですね、コンビニで働くのではなく、コンビニに商品を卸す仕事って感じでしょうか」

「「なるほど~」」


 厳密に言えば全然違うのだが、そこにこだわる必要はない。あくまで世間話として大枠を理解し、その場が丸くおさまればいい。というか、誰と契約しているかなんて守秘義務ド真ん中だ。


「ちなみに今日はこんな感じ(平均年齢高め)だけど、日によっては若い子も結構来るのよ?」

「そうなんですか」

「進学前にタイピングを覚えたいとか、あとは事務仕事をしたいからそっち系の資格が欲しいとか」

「今、レポート作成もパソコン必須ですからね」


 儲かってはいないと思うが、それでも経営が成り立っているのは凄いと思う。『パソコンが使えて、各種資格も揃っています』って人は居るだろうが、こうやって人を集められるのも一種の才能であり、町内会の活動も含めて俺には真似できない。


「いっそ、ポルチューバー教室、やったらどうだ??」

「なにぃ? アンタ、ポルチューバーになりたいの??」

「えぇ~、それじゃあ、やっちゃお~かな~」

「は~ぃ、そろそろ再開しましょうか」


 様々な監視カメラを用意して特徴を説明し、あとは時間まで体験しながら覚える。パソコン教室の授業もこの流れを基本にしており、今回は体験メインなので科学館で子供を遊ばせているような感覚だが、これなら時間で区切りやすい。


「そうだ、あとで時間、あるかしら?」


 なんとも複雑な表情の番場さん。どことなくだが、むしろ断って欲しそうな雰囲気すら感じる。


「もしかして、娘さんですか?」

「はぁ~~、アタリ。あの子、養成学校に通いたいって言いだしてるのよね」

「あぁ……」


 親にきり出せず終わったが、俺も中学の進路で声優などの各種養成学校は考えた。流れから察するに多分ポルチューバー養成学校の事だと思うが、今は結構この手の怪しげな学校も増えた。


「あまり口出しはしたくないけど、せめて普通に大学は卒業してほしいのよね」

「てことは高校生ですか?」

「いや、中学」

「あぁ、それなら、まぁ」


 ひと言で言えば『現実が見えていない』のだが、それでも子供が言う分には可愛げがある。


「ゲームで食っていきたいって、言い出しちゃってね」

「イラストなら美大、プログラミングなら情報系の大学がありますが…………ゲームする方となると、厳しいですね」

「そうなのよ」


 冗談で『ニートにしておくくらいなら』みたいな話はしたが、冗談ではなくなってしまった。


 今の時代は、プロストリーマーやプロゲーマーの養成学校まで存在している。しかしそこに高校や大学の卒業資格は付属しない。(いちおう広く浅く学べるクリエイター学科的なものが存在する高校大学は存在する)ようするに中卒(あるいは高卒)で止め、そこから養成学校に通おうというのだ。


「ん~~。分かっていると思いますが、ダメですね。自分がこんなこと言ったら怒られちゃいますが、詐欺みたいなものですよ」

「そうよね、やっぱり」


 技術的な部分は、今時ネット検索すればいくらでも出てくるし、就職先の斡旋は(声優などと違って)学校に頼るようなものでもない。これがまだ、パソコン教室や部活動感覚で学べる程度の代物ならよかったのだが、その手の学校だと『中堅配信者の成功体験を年間100万かけて聞く』だけで終わってしまう。しかも、当然ながら『何匹目のドジョウだ?』って話だ。


 率直な意見を言わせてもらうのなら『その100万で機材とゲーミングPCを買え』だ。


「せめてアナウンサーとか、そっち系ならブランド力は強いと思いますよ」


 技能系高校・大学は数あり、俺もそっち系だ。普通に共通科目を習いつつ、絵やクリエイターソフトの使い方も覚える。拘束時間が非常に長く、専門分野に関係ないところの試験ハードルもこえなければならないものの、専門職以外にも進路を選べるのが利点になる。


「それで納得してくれたらねぇ~」

「ん~……。この後といわず、今度、ちゃんと時間作りますよ。現実も大事ですが、(中学生に)夢も捨ててほしくないですし」

「ほんとに!? そうして貰えると、助かるけど」




 こうして俺は後日、番場さんの娘さんに会う事となった。

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