#023 レンタルスタジオ
「おぉ~、中は完璧じゃないか!」
「外観とのギャップが凄いですよね。まぁ、裏方には完全なオーバースペックですけど」
今日はハナレのリフォームも終わり、乾先輩を招いて意見を聞くことにした。このハナレは自分用の作業スペースだが、個人所有にしてはかなり広く、設備もそろっている。そのためスタッフの増強や、要望があれば貸し出すことも考えている。しかしまぁ、僻地なのと機材もプロ向けではないので、本格的(一般向け)に貸し出すつもりはない。
ともあれ、セミプロであってもそこは社会人がやること。タダと言う分けにもいかないので料金などは決めておく。先輩を呼んだのは、そのあたりも含めて腹をわって話せる相手が欲しかったからだ。
「床も確りしているし、これならドリッチやVRの体感ゲームもできるな!」
「ゲーミングチェアとか、大物の案件とかもこなせますよ」
ストリーマーなら当然、防音対策を施した配信部屋は用意しているだろう。しかし大半が、エアコンがなかったり、天井が低くて立ち上がれなかったりと環境は劣悪だ。くわえて顔出ししていないVでも(パソコンの周辺機器などの)商品紹介案件やタイアップ企画が舞い込む機会はあり、その場合はスタジオを借りるか、声を抑えて(防音室外で)収録することになる。
「荷物の預かりもしてくれるか!? 置き場所がなくて断った案件も、けっこうあるんだよな」
「なんなら食品レビューの消費も、こっそり手伝いますよ!」
「おぉ、そういうの、マジたすかる!!」
中堅には中堅の案件がある。依頼する側は誰でもよくて、とにかく大量に声をかけて『チャンネル登録者数×10円』などの形式で報酬をばら撒く。その手の仕事はガジェット紹介系や顔出ししているストリーマーが強いものの、(顔出しできなくとも)受けられれば生活費の足しになるし、企業とやり取りする中でもっと大きな案件が舞い込んでくる可能性もうまれる。
「必要ならソファや、簡易ベッドも用意しますけど…………欠点はトイレが
「親戚なんだっけ? その時は…………その、ご、ご挨拶しなきゃだな」
「あぁ、まぁ、そうですね」
そういえば田舎の農家あるあるで、実は外にもトイレがある。今は老朽化と使わないので(建物を)潰してしまったが、配管は残っているはずなので利用頻度しだいでは復活させてもいい。
「よっと! 仮眠室付きの収録スタジオ。最高じゃないか!!」
椅子に腰かけ、足をパタパタさせる先輩。口には出さないが、低身長なのも相まってJKかそれ以下に見える。
「収録につかうなら、金取りますけどね」
「もちろん払いますよ、プロですから」
なにかのモノマネだと思うが、こういう引き出しの広さは流石だ。とどのつまりVも客商売であり、ボリュームゾーンである中年オタク男子が食いつくネタは拾い、吸収していかなければならない。たとえ理解できなくとも、伸びるのはネイルよりプラモであり、そこでプラモを選べるヤツが中堅へとステップアップできるのだ。(もちろん、現実はもっと過酷だが)
「ちなみに、ぶっちゃけた話、どれくらい取れると思いますか?」
「あぁ~、ちょっと難しいけど、そうだなぁ…………頑張っても機材のレンタル込みで1時間千円、半日で五千が限界じゃないか?」
「やはりそんなものですか」
ピンキリではあるが、都心から少し離れたレンタルスタジオの相場は、1時間1~2千円。対してここはさらに僻地で、対応人数は一桁に、機材もプロ入門止まり。設備で勝ったとしても、地下鉄駅徒歩圏のスタジオとは勝負できない。
まぁ要するに、レンタル事業でリフォーム費用をペイするのは不可能だ。
「悪いな、ワタシもそのあたりが限界だ」
「いえ、むしろそこまで取る気は。それに、基本的には仕事をこなす事務所として使うので」
半端に貸し出して本業を疎かにしても仕方ないし、やはり貸し出しは身内限定でいいだろう。それこそ料金は『晩飯おごり』とかでもいい。
「ともあれ、需要はあると思うぞ」
「そうですか?」
「あぁ、音楽やダンスは結構あるけど、キッチンとか配信系となると一気に選択肢が無くなるし、なんならソファとか置いて自宅風なんていいんじゃないか?」
「あぁ、それはいいかもですね」
そもそも有線回線完備のスタジオの時点でかなり限られるうえに、それぞれ用途が決まっていて出来る出来ないが厳しい。たいしてここは、配信設備完備で、なんならコタツに鍋(火器)に酒盛りまで出来る。さすがにここまで自由なレンタルスタジオは聞いた事が無い。
「あとはそうだな…………いや、わすれてくれ」
なにか思いついた事を飲み込む先輩。まぁ先輩ならお酒か、(聞かれたくないであろう)ASMRだと思うが。
「なんですか? ハッキリ言ってくださいよ。お酒とかは、ある程度までならOKですよ。身内限定で許可します」
「いや、身内って…………そうだよな。うんうん、身内みたいなものだよな」
「まぁ、身内というか、友人枠というか」
「ぐっ、そ、そうじゃなくて! アシスタントが欲しいなと思っただけだ」
「まぁそうですね。多少なら手伝いますよ」
いちおう音楽系の収録スタジオなら、収録機材を操作するスタッフがつくものの、たしかに配信では聞いたことがない。
「そ、そうじゃなくて、その、女性スタッフ。いちおう(バーチャル)アイドルだし、アシスタントでも、配信に男が映ると、ほら……」
先輩は『モテモテで男なんて掃いて捨てるほど』的なノリで売っているものの、実際にそんな事はなく、リスナーもそれ前提で視聴している。ここで急に(事務所スタッフならともかく、個人勢の配信に)男性スタッフが出てきたら、たしかに戸惑うだろう。
「あぁ、それなら、居ますよ」
「はい??」
「顔出しNGですけど、手とか声くらいなら」
「いや、そうじゃなくて! 女性スタッフって!!」
「だから
「おい早見」
「はい?」
「ちょっと正座しろ」
「なんで!???」
その後、なぜか俺は小一時間説教されたのだが…………驚くほど内容が支離滅裂で、何について怒られたのかも、けっきょく分からないまま終わった。
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