#022 防音対策

「ねぇ、防音と遮音って、何が違うの?」

「あぁ、正しくは遮音と吸音で、遮音は外に音を出さない対策で、リフォームの時に壁の中に埋め込んでもらった黒いシートや石膏ボードのこと。吸音は今貼っているヤツで、音が中で反響しないようにする対策。全部ひっくるめたのが防音だな」


 夜、1人でコツコツ作業環境を整える。いちおうケイも居るが、手伝いというよりは見学。手伝ってもらう事もあるが、俺の作業を眺めながらタブレットで依頼を消化する。


 ちなみに、ケイのイラスト素材の販売は順調だ。安いのもあるが、気づかないだけで配信業界における権利問題は日常茶飯事。有料素材でも油断できないし、なんなら問題無くてもパクリだ何だと難癖をつけられる。その点ケイのイラスト素材は、俺経由でしか出回っておらず、使用者もすべて把握できている。


「なるほど。……ねぇ、ここなんだけど」

「ん? あぁ、そこはコッチの方が映えるんじゃないか」

「んじゃ、そっちで」


 当然ながら俺もケイの作業を手伝う。しかし、お絵描き環境の変化も凄いものだ。俺が学生の頃は、お絵描きと言えばPCにいろいろ繋いで、機材を揃えるハードルもかなり高かった。しかし今は、プロでもタブレットと専用のペンで大半の仕事をこなすようになった。もちろん最終加工はPCでおこなうが、正直、タブレットでここまで出来るようになるとは思ってもみなかった。


「ん~、ひとまずこんなところか」

「おつかれ~」


 本当は全面くまなく吸音材を貼りつめた方がいいのだろうが、それだと圧迫感もあるので様子を見ながら調整していく。ちなみに壁の上の部分は、圧迫感軽減のためにミラーシートを貼った。防音対策としてはマイナス効果だが、窓が無い事もあって圧迫感対策もバカにできない。


「コーヒー淹れるけど、飲むか?」

「あぁ、眠れなくなるからいいや」

「……そうだよな」


 いつからだろう、夜でも気にせずコーヒーを飲むようになったのは。眠気対策で飲むようになったコーヒーだが、今はカフェインになれて気分転換程度の効果しかない。


「まだ、先は長そうだね」

「大半は必要ないけどな。ブルースクリーンとか」

「お兄ちゃんは、配信とかしないの?」

「ん~、俺はやっぱり裏方かな? ゲームやりながら面白いこと喋る自信は無いし…………ってか、そもそも面白いこと言える自信が無い。いっちゃなんだけど、配信者って普段からぶっ飛んでる人間じゃないと、務まらないだろ?」

「お兄ちゃんって真面目で規則正しいし、たしかに向いてないね」

「憧れは、いちおうあるけどな」


 ちなみに机は、会議室のように中央に配置してある。こうすれば壁を背にカメラを使えるので、余計なものが映る心配はない。もちろん広い空間が必要になったら移動もできる。手間はかかるが、ハナレを仕切っている壁も含めて、その気になればすべて移動できるようにしてある。


「あ、そうだこれ、試してみる?」

「あぁ、やっておくか」


 用意したのは防犯ブザー。べつにスピーカーでもいいのだが、防犯ブザーなら注意書きに音量が書いてある。そしてこれは85デシベル。緊急車両のサイレン並みで、これを抑え込めるなら充分だ。(本来は100デシベルの騒音でテストする)


「ん~、ちょっと勇気が……」

「分かっていても驚くよな。あっ……」

「どうかした?」

「いや、鳴らした状態で外に出たら(扉を開けたら)近所迷惑だなって」

「夜だしね」


 パトカーなんて呼ばれたらシャレにならない。ってことで一人ずつ、中と外に分かれて試すことにする。





「けっこう、聞こえちゃったね」

「厚くしたといっても、実質、壁一枚だからな」


 実際にどれくらい遮断できているかは分からないが、一般的な防音室の遮断効果はマイナス30デシベル。防音室は家の中に設置するので、家の防音効果と合わせて合計マイナス60くらいになる。(さらに近隣住人にはその家の壁があるので、そこでほぼ判別不可能なレベルまでおちてくれる)


 今回は、もちろん30の壁はクリアできているものの、60まではいっていない気がする。漏れ聞こえる音はだいたい普通の話声レベル。不快には感じないが、それなりにハッキリ聞こえるレベルだ。


「換気扇とかからも漏れているのかな?」

「それはあるだろうけど、まぁ、こんなもんだろう。それに塀の外まで行けば、かなり静かになったし」

「あ、私そこまで試してない。もう一回いい?」

「あぁ」


 若宮家の塀は、古い家によくあるコンクリートブロックを積み上げたもの。見た目はイマイチだが、重量があるので遮音効果は高い。しかも隣は畑で、人は住んでいない。


 これなら楽器類は問題無し。本気で絶叫した場合はある程度貫通してしまうので、人が家の前を通りがからない事を祈ることになる。





「ちょっと離れると、けっこう聞こえなくなるものだね」

「だな。あとは防犯カメラで、外の様子もチェックできるようにすれば完璧かな」

「けっきょく最強なのは、聞く人が居ない事だからね~」

「だな」


 ここは古い持ち家であり、問題になるようなら幾らでも対策を追加できる。これで大丈夫だろうが、その場合は外壁や塀にコンクリートブロックを追加する事になるか。




 そんなこんなで防音対策も終わり、仕事場の本格稼働が開始する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る