#012 個人Vの日常

「いや~、ひさしぶり。元気にしていたかい」

「先輩こそ、お変わりなく」


 某所のファミレス。俺は久しぶりに大学の先輩に会っていた。


「相変わらずカタいな。早見は」

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「とりあえず生と枝豆」

「すいません、お酒の提供は……」

免許書これコレ! ワタシはとっくに成人してるから!!」

「失礼しました」


 この、どうみてもお子様な女性は、なんと俺よりも年上。身長のせいでよく子供と間違われるが、一応1年上の先輩で、現在は個人Vとして生計をたてている。


「まだ明るいですよ。ドリンクバー2つと、とりあえずポテトの盛り合わせで」

「ワタシは!!」

「いいからいいから。それでお願いします」

「は、はい、かしこまりました」


 先輩、乾 静枝いぬい しずえは、その身長にコンプレックスを抱えており、Vの世界では高身長高スタイルの美女キャラで売っている。しかし顔出しこそしていないものの、コメントなどの誘導尋問にことごとく引っかかり、『実は貧乳でモテないBBA』としてキャラが確立してしまった。


「そういえばしばらく見れてなかったんですけど、配信、盛り上がっていましたね」

「あぁ、まぁ、不本意だけどね」


 活動当初は鳴かず飛ばずだったものの、皮肉な事にヒットの切っ掛けは正体の露見だった。自虐と言うか、リスナーも"イジリ方"が見えた事により、先輩の配信は格段に面白くなり…………まだまだマイナーな部類ではあるが、それでも配信だけで食っていけるところまできた。


「それじゃあいっそ、アバターがわを変えちゃいます?」

「それは…………まぁ、そこまでするほどでもないかな?」


 文句を言いつつも、今の状態はそこそこ気に入っているようだ。活動開始当初の配信は、本当に地獄だった。ゲームが上手いわけでも無く、かと言ってトークもそれほど盛り上がらない。それが何とかここまで来て、今では酒を飲みながらコメントをさばくだけの晩酌配信でもそこそこの視聴者数を確保できるまでになった。


 ここまで来たら、今さらこの地位は捨てられない。昔はアイドルらしくカバー曲でPVも作っていたが、あれは高確率で赤字になるうえに、準備も死ぬほど大変。アイドルという活動自体に並々ならぬ情熱があるのならまだしも…………『売り上げ的には数回晩酌配信をしたほうがマシ』となった今、プライドは不燃ゴミの日に捨てられた。


「合理的な判断ができるようで安心しました。ぶっちゃけ普通のVなんて、大手事務所以外ではもう不可能ですよね」

「だな。せめて…………いや、何でもない」


 自分の胸を見て溜息をつく先輩。先輩は幼児体形だが…………まったくもってブスではない。顔出しすればそこそこ売れると思うのだが、本人がコンプレックスを抱いているのと、何より"今更"ってのが大きい。


「そういえばどうでした? 見せたサンプルは」

「あぁ、さすがは早見だ。ぜひ使わせてくれ」


 送ったサンプルは、ケイが描いたイラストを使いやすく加工したもの。Vの配信は、季節行事やプレイしているゲームにかんする小物が重宝される。もちろん送ったのは2Dの簡単なイラストで、その気になればフリー素材でも見つかりそうなものにすぎない。


 しかしフリー素材ってのは案外信用ならない。有料サイトでも、無断使用の素材が登録されている場合もあるし、最悪、権利的に問題無いものでも嫌がらせや示談目的で架空の権利を主張する輩があらわれる。そういう時、問題が解決されるまで動画は非公開にされてしまうので、即時権利を証明できる素材は有利なのだ。


「今、親戚の家に引っ越しって言うか、居候ですね。させて貰っていて、そこで作業しているんです」

「そういえば(メールに)書いてあったな。デザイン事務所、辞めたんだって?」


 辞めた理由は書けなかった。本格的に病む前に辞めてしまったので話のネタとしても使いにくいのもあるが…………やはり情に訴えるようで気が引けた。


「お給料もアレだったんで、いっそ物価の安い田舎でマイペースにやろうかなって。まぁ、脱サラみたいなものですよ」

「そうか。それでその、これからは、仕事と言うか、その…………時間は作れるんだよな!?」

「ちょっと、距離はありますけどね」


 今回は電車で出向いたが、先輩に限らず基本的に打合せはメールやWeb会議ですませる。それならもっとド田舎の、それこそ放棄分譲地や限界集落みたいなところでもやっていけるのだが…………現場や相手先に出向く機会がないわけでもないので、若宮家は本当に丁度いい田舎具合だった。


「その、このあとどうするんだ? その、ワタシはまだ……」

「ちょっと足りない物があるので、閉まる前にお店に寄って帰る予定です。まだ、引っ越し後のあれこれが残っているので」

「そんな! その……」

「すいません、まだそこまで落ち着いていないので。飲み会はまた今度で」

「うぅ、しょうがないなぁ……」


 やはり飲み会の誘いだったか。先輩は見た目に反して飲兵衛だ。少しくらいなら俺も嫌ではないのだが…………本格的に酔うと帰してもらえなくなり、それで学生時代は何度も家に泊めてもらった。


「配信、今日もあるんですよね? さすがに配信前から酔っていたら、怒られちゃいますよ」

「いや、今日はその…………あぁ、もう! 酒無しで言えるか!!」

「????」




 そんなこんなで無事、商談というか近況報告というか、先輩と会って親睦を深めた。

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