#011 セミプロのお仕事

「へぇ~、なかなかイイんじゃないか?」

「それは…………でも、もっと凄いのが描けないとって」


 進路指導ってわけでも無いが、ハナレでケイが描いたイラストを見せてもらった。タブレットで描いているあたり今時だと思ってしまうが…………それはさて置き、ケイの絵は女の子らしく特徴をとらえたシンプルなデフォルメイラストだった。


「ところで具体的に、何を目指しているんだ?」

「それは…………なんて言ったらいいか……」


 ハッキリしない様子のケイ。言うのが恥ずかしいというより、まだ明確に決まっていない感じか。


「まぁ、見た感じ漫画絵ではないな」

「まぁその、お話とか動きのあるのは、ちょっとアレかな」

「デフォルメ以外は描かないのか?」

「それは…………描けたらいいなとは思うんだけど……」


 何度か挑戦したけど、見せられるものは描けなかったって感じか。それでも描かなければ上手くならないし、下手でも見せて批判を受ける度胸が無いとやっていけないのだが。


「まぁ、情報量が多いイラストや、立体感があるものが"上"ってわけでも無いし、これはこれで需要はあると思うけどな」

「でも、これくらいだったら誰でも描けるし、もっと個性というか、すごい絵が描けたらって」

「上を見たらキリはないけど…………と言うか、俺としてはそのあたりの人気イラストレーターを目指すのはおススメしない」

「そうなの?」

「これは俺がデザイン系だからこそなんだが…………手間暇かけたイラストは金銭効率が悪い。シンプルなイラストで売れるなら、ソッチの方が絶対得だ」

「はぁ……」


 腑に落ちない表情のケイ。それも当然で、ケイの中でイラストは趣味であり芸術。俺のように仕事や効率的な視点は…………ないとは言わないが、まだそのあたりの肌感はないのだろう。


「先に言っておくが、趣味と仕事は分けて考えろ。もちろん不可能ではないが、それが許されるのは一部の天才。誰に言われるでもなく、呼吸のように絵を描けるヤツだけだ。ケイは、そんな天才と肩を並べられると思っているのか?」

「それは……」


 厳しい話だが、何事にも限界はある。小学生の進路が宇宙飛行士なら微笑ましいし、可能性もゼロではないのだろう。しかし三流大学に通う凡人が宇宙飛行士になるのは物理的に不可能(手遅れ)であり、年齢的にももっと実現可能で建設的な進路を目指さなければならない。


「高みに憧れる気持ちはわかる。もちろん、特別な才能が眠っている可能性も否定しない。しかし…………その特別があることを前提に行動するのはオススメ出来ないな」

「それは……」


 うつむき、か細い声をあげるだけのケイ。ハッキリ言ってしまえば、こういった才能依存の職業は、こうして悩んでいる時点でアウト。才能があり、すでに努力しているヤツにはどう足掻いても追いつけない。


「まぁ、ダメダメ言っても納得できないだろうし…………まずは動いて、俯瞰から自分を見る事だな」

「????」

「SNSはやっていないのか?」

「えっと…………リンクー(トークアプリ)なら。でも、あまりやってないっていうか」

「見せてみ」

「うん…………これ」


 数か月前に何枚かイラストを投稿したようだが、どれも反応がイマイチで現在は放置しているようだ。


「まぁ、こんなもんだろうな。本気で伸ばしたいなら色々対策はあるが…………それはこの際どうでもいい」

「えぇ……」


 ケイのイラストはもっと伸びても良い出来ではあったが、結果は惨敗。原因は、まず間違いなくプライドのせいだろう。この手のアプリはフォロワーや知名度が重要で、あとはトークアプリと言う事もあって普段の会話、つまり絵とは関係の無い部分の魅力も重要になる。


 そこに変なプライドをだして、オリジナルイラスト一本で勝負しようとすれば、それは思うように伸びないのも当然。じゃあ、イラスト投稿専用サイトに出せば良いのかって話だが、それも案外難しい。最大手は投稿数が圧倒的に多く、プロも投稿しているので間違いなく埋もれる。かと言ってマイナーサイトだと注目している人が少なすぎて、ランキング外はまったく見向きもされない。


「バーチャルアイドルの配信は見るか?」

「え? 切り抜きくらいなら……」

「あとはゲームもやるよな? ゲットモンとか描けるか??」

「えっと、やろうと思えば」

「よし、それならオリジナル路線はひとまず封印しろ。こんな感じで、シンプルなファンアートを1日1枚描け。それだけでフォロワーが爆増するから」

「えぇ、でも私……」

「まぁフォロワーはこの際どうでもいいんだが、問題はサンプルだ」

「サンプル?」


 まずは過剰なプライドを捨てさせる。こういうのはストレートに捨てろと言っても意固地になるので、別の目的を与えて『仕方なくやりました』って免罪符をあたえてやるのがいい。


「イラストの仕事は凄い絵が描けるだけじゃダメなんだ。ラノベの表紙でも、ゲームのキャラデザでも、要望に合わせて幅広い絵が描けないと。たとえば凄い絵が描けるんだけど、左向きのキャラしか描けませんってヤツに振れる仕事はないだろ?」

「あぁ、たしかに」

「知り合いのバーチャルアイドルに声をかけておくから、描いた絵をサムネで使ってもらおう」

「え!?」

「いきなり大手にいくと反感をかうからな。まずはマイナーから」

「ちょっとまって! お兄ちゃん、V(バーチャルアイドル)の知り合いがいるの!??」

「いるけど? 一応言っておくが、Doomやフォローハートみたいな大手じゃないからな」

「あぁ、そうだよね。ビックリした」


 すこし紛らわしかったが、実際のところ、そこまで遠い業界ではない。活動が軌道にのった中堅ストリーマーは、さらに登録者を稼ぐために外注を活用するようになる。そんな時、サムネやタイトルロゴなどを安価で作れるフリーのイラストレーターやデザイナーは重宝される。


「まずは仕事を覚えろ。最終的に他の道を選ぶにしても、具体的にどんな仕事をしているか知るだけでも全然違うだろ?」

「でも、いいのかな? 私なんかが……」

「それを決めるのはクライアントだ。ぶっちゃけ相手も、ほとんど毎日ある配信で1枚何十万とかする一流イラストレーターに依頼を出していられないから…………実力よりも、気軽に安く、希望の雰囲気に合わせてくれる相手が欲しいんだ」

「なるほど……」


 学校や一般的な親なら、こういった業界を目指すのは断固反対するだろう。しかし若宮家や早見家は『元気でいてくれるのなら、それで良い』って価値観なので大丈夫なはず。それに…………この仕事、在宅ワークなので娘を抱える父親にはすこぶる評判がいい。男の場合は、収入や社会保障的にも反対されがちだが。




 こうして俺は、ケイに行動を起こさせ、いくらか仕事を割り振ることにした。

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