#010 進路と若宮家の夜
「そうだ、ツッ君。ケイの進路なんだけど」
「ちょっとお母さん!?」
夕方、叔父さん抜きで夕食を囲んでいると、早苗さんにケイの進路について切り出された。
「もしかして、漫画家とか声優になりたいとか?」
「ぐっ……」
「正解。さっすがツッ君」
まぁ、わりとありがちな話だが、当たってしまうとなんとも。
早苗さんは漫画好きで、家でも見る機会は多い。グッズなどは買っていないようだが…………遺伝というか、その影響を受けたのがケイで、こっちはアニメや同人など手広く吸収している気配を感じていた。
「当てずっぽうですけど。あと、俺のデザインは、一応ちょっと分野が違いますからね」
俺は大学でデザインを学んだ。芸大でもなければアニメ学院的なものとも違う、大雑把にいえば『実用的にデザインを活用しましょう』ってジャンルだ。
「お兄ちゃんも、イラストとか描けるんだよね?」
「まぁ、いちおう。でも、描くことがメインじゃなくて…………ソフトを使いこなしてクライアント、まぁ依頼者だな。その要望を形にするのがメインなんだよ」
「「…………」」
「まぁなんだ、イラストだったら自由に表現している人たちがアートで、素材とか要望にそったものを作るのがデザインなんだ。もちろん、実際にはキッチリわかれていないけど、その、どっちに軸足が乗っているかの違いって言うか」
「あぁ…………まぁ」
何となく分かったような、分からないような、微妙な表情。じっさい、この分野は幅広く、何でもやるのでフワフワしているのも事実だ。
「それは置いておいて、進路だけど……」
「そう、そこなのよ。私も別に頭ごなしに反対する気は無いんだけど…………ほら、良くないって話もきくし、なによりイマイチわからなくて」
「何を目指すかでもかわるけど、基本的に専門学校ってのは"技術"を教えてもらうところじゃない」
「「え??」」
「技術っていうより、資格や推薦をとるところなんだよ。学校で習うことなんて、実際に社会に出るころには周回遅れになっているし、なにより職場が同じソフトを使っている保証は無い。自動車整備士とか、電気工事士とかは別かもだけど」
「「あぁ~~」」
そう、授業で習った事はあまり役に立たない。もちろん基礎的な事は役に立つが、それだけなら今時、指南動画で検索すれば済む事だ。
「自動車学校とかがまさにそうだが、べつに学校に通わなくても免許の試験は受けられる。でも、ちゃんと学校に通っていない人は信用できないから、すんなり合格させてもらえない」
「あぁ、1回は落とされるんだっけ?」
「そうらしいですね。まぁ要するに、専門学校に通っていると資格試験や就職が有利だからってだけ。漫画家とかイラストレーターは大半がフリーだから大抵無意味」
「そんな……」
もちろん独学で何かするのが苦手な人もいる。専門学校は数年と数百万って結構なコストを必要とするが、そういったものを出す余裕があるなら、それも良いのだろう。
「もし行くとしたら、高校や大学を卒業した後かな? べつに、専門学校はいついってもプラスだけど、高校と大学は、そうじゃないし」
「そうよね、結局」
「…………」
「デザイン事務所って、けっこう普通科の学校から来る人も多いんだ」
「「??」」
「まぁ、あっちは就職が大変だから、流れてくるのはよくあるんだけど…………じゃあそういう人たちが役に立たないかって言われたら、使えるヤツは全然使える」
「まぁ、そうよね」
結局、使うソフトや業務は職場ごとに違う。専門校アガリの方が基礎知識がある分有利だが、べつに意欲や他に補うスキルがあれば問題ない。最悪、並行して夜間の専門学校に通わせてもいいのだし。
「俺も考えた上で行きたいっていうのなら良いと思うけど…………専門学校なんてしょせんトコロテンみたいなものだから、実務経験を積んだ方が、えっと、漫画だったら漫画家のアシスタントでもした方が100倍マシってことだ」
「…………」
有名漫画家のアシスタントは難しいだろうが、無名でも、なんならデビューしていない同人作家と共同制作ってスタイルでもいい。重要なのはそういった実戦経験で、今はどこも余裕がないから学歴や資格の有無よりも"即戦力"を重視しているところが多い。
「あとはまぁ…………専門校とかが有利なのって、卒業直後だけかな。履歴書に書くだけじゃなくて、ちゃんと学校側が推薦書を書いてくれて、はじめて効果が出る感じ」
「まぁ、それは……」
履歴書にアニメ学院(高校や大学の卒業資格を伴わないもの)の名があったら、人事部担当者としてはどこでも警戒する。専門知識はあった方がいいのだが、それも常識や教養があること前提だ。
「まぁでも、資格や就職が有利なのは事実だし、そのあたり割り切って行くなら、それはそれでアリだと思う」
「それは……」
「あとは、えっと…………人脈か。同年代で同じ志をって感じの。俺にも何人かいるが、あれは正直、本当に助かる」
現在、俺がちょうど助けられている。無かったら無かったで他をあたるが、それでも気心の知れた相手に頼めるのは頼もしい。まぁ、たまに詐欺や借金をこさえてって話も聞くが。
「それじゃあ……」
「まぁ、そういう人脈を作れる人限定になるけど」
「ぐっ……」
やはりケイはコミュニケーション能力に自信が無いようだ。ギリギリ登校で帰宅も早く、休日も家に居る。もちろんネットの知り合いとかは居るのだろうが…………そういった同士が、リアルでどこまで助けになるか。
「まぁ、なんだ。これだけ言ったけど…………俺の個人的な意見としては、具体的に何か決めるのは後でもいい。漠然とした目標が、あるのならな」
「え?」
「結局、何が正解なんてわからない。9割り成功する道も、失敗する時は失敗するんだから」
「まぁ、それは……」
「そんな時、"前"がどっちかだけ分かっていれば、まぁ、わりとなんとか進んでいける」
「「………………」」
べつに、ケイの人生なんだからケイの好きに選べばいいと思うのだが…………出来れば不幸になる姿は見たくないので、ここにある失敗例が、何かの参考になれば幸いだ。
*
食後、すこし気まずいが1番風呂を貰う。若宮の血はわりとフリーダムなので『気が向いた時間に入る』パターンが多く、結果的に俺が1番になり、そのあとはカオルが続く。
「だい…………丈夫だな」
ベタなラブコメだと、風呂やトイレでバッタリってのはお約束だ。しかしそんな事をリアルでやったら気まずいだけ。そもそもよほどボケていないと起きないとは思うが、まぁ、警戒するにこしたことはない。
「普通、年頃の女の子って嫌がると思うけど……。まぁ、嫌われるよりはマシか」
年頃の少女は、父親と風呂や洗濯を共用するのを嫌う印象がある。しかしそれが、すべての家庭にあてはまるわけもない。そこに来て若宮家だが…………カオルあたりはむしろ後派、俺に先に入れと譲らない。まぁ、シャワーで済ます事も出来るし、何より抜け毛とかを見られる方が気になるのだろう。
「ふぅ~。やっぱり、湯船につかるのはいいな」
若宮家は築年数こそ古いものの、何度もリホームしているので風呂などの水回りは新しい。個人的にはシャワー派なのだが、それでも用意してもらえるのなら使うし、湯に浸かる良さは理解できる。
「ツッ君、ちょっと、ジュンを頼んでもいい?」
「はぁ~い、大丈夫ですよ」
???? 声をかけられて反射的に了解してしまったが、何の話だろう?
「つ~~か、にぃ~~」
「うおっ!」
「それじゃあお願いね。ほんと、ツッ君が居ると助かるわ~」
勢いよく入ってきたのは裸のジュン。なんというか…………俺の記憶は、間違っていなかったようだ。
「飛び込むな。あと、手遅れだけどかけ湯くらいしろ」
「えへへ~~」
「まったく」
まぁ、相手は小学生だ。つか、昔はカオルやケイとも一緒に入っていたので、なんだか懐かしい気持ちの方が先行してしまう。
「えっと、どれがいい?」
「これ!!」
湯船から手の届く場所には棚があり、そこには(たぶん)ジュン用のオモチャが大量にある。この嵐を抑え込むには、これほどの装備が必要なのだ。
「水鉄砲って、何を狙う気だ?」
「えへへ~~」
「えへへじゃねえよ、この! このこの!!」
「うへへ、やめろ~~」
瞬く間に風呂場は戦場に代わり、血で血を洗う争いは…………ジュンが軽くノボせるまで繰り広げられた。
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