#009 若宮家の昼

「カ~オル、放課後あいてる?」

「あぁ、ごめん。今日は……」


 昼休み、教室は学生たちの華やかな声であふれていた。


「最近、付き合い悪くない?」

「そういうわけじゃ……」

「もしかしてこの前のこと、まだ怒ってる?」

「それは……」

「ごめんって。バイト先の先輩に、どうしても紹介してくれって頼まれちゃって」

「"ワカメ"、それってつまり私を売ったって事?」

「しまった」


 カオルの学友、ワカメこと若葉 芽衣わかば めいは同じ中学に通っていた仲だが、つるむようになったのは高校に進学してから。席が近い事もありこうして話しているが、気の合う同士タイプではなく、(付き合いが短いこともあり)互いに苦手な部分を補いあうビジネスタイプであった。


「とにかく、私、しばらくは真っすぐ帰るから」

「ちぇ~、いいじゃん、オゴリだったんだし。もしかしてバイト? それとも塾??」


 ワカメは制服を着崩しており、いわゆる"ギャル"のように見えるが…………本格的にそういったグループには属していない。普段はバイトに勤しみ、華やかな学生生活を夢見る苦学生であった。


「そういうのじゃないけど……」

「ふふ~ん、それじゃあ男か」

「ちちちち、違うし! そんなんじゃ!!」

「カオルって、絶望的に嘘が下手だよね」

「うっ」

「それなら迷惑だったよね。ごめん!」

「あ、いや、そんな……」


 素直に謝罪するワカメ。彼女が無断でカオルを紹介したのは、もちろん義理や奢りの誘惑もあったが…………奥手なカオルに『華やかな学生生活をエンジョイする機会をあたえたい』という思いもあった。


「それで、もう付き合ってるの?」

「いや、だから"まだ"そういう関係じゃ……」

「ふ~~ん。まぁ、相手は気づいているだろうし、あとはコクるタイミングか」

「え? いや、気づいては……」

「いや、流石に気づいてないって事はないでしょ? これで気づかないとか、真正の鈍感か、"脈無し"の2択だよ!?」

「ぐふっ」


 最悪の可能性がよぎり、膝から崩れ落ちるカオル。ワカメの発言には『相手が家族に近い関係』である事を想定していないものであったが…………カオルから見て『異性として意識されていない』のは察するところであった。


「大丈夫かカオル! まだ傷は浅いぞ!!」

「どうせ、私なんて……」

「大丈夫、カオルには立派な武器があるじゃない!」

「キャッ!」


 両手でカオルの乳房を揉みしだくワカメ。着崩していないので分かりにくいが、少なくともカオルはワカメよりも大きなぶきを持っていた。





「……天気予報、ハズレたな」


 通り雨だろうが、突然の雨に気づいて洗濯物をとりこむ。


 若宮家は兼業農家であり、爺ちゃんたちが健在だったころは結構な量の作物を育てていた。しかし今は、柿などの手のかからない果樹にシフトして、野菜は食べる分しか育てていない。


 その理由は詳しく聞いていないが…………やはり早苗さん1人で管理するのは大変であり、なにより寂しかったのだと思っている。俺的には『他に選択肢(収入源)があるのに、なんでわざわざ働きに?』と思ってしまうが、この広い家や農地を一人で管理するのはキツいものがある。俺の在宅ワークも、ネットがあればこそ快適だが、それがなかったら、また心を病んでいても何ら不思議は無い。


「でかっ! どっちのだ?」


 そんな事を考えていたら、いつのまにかブラジャーを手にしていた。べつに使用済みの女性下着に欲情する趣味は無いのだが…………男として、こういうものを扱うのは罪悪感を感じてしまう。


「田舎だし大丈夫だと思うけど、下着泥棒とか、ストーカーとか、用心しなくていいのかね」


 センサーライトなどはあるが、監視カメラは設置されていない。にもかかわらず俺の手には若い女性の下着が大量にあり、やろうと思えば部外者だって同じことが出来てしまう。


「あはは、これは間違いなくジュンのだな」


 せめて下着だけでも、乾燥機で済ませた方がいい気がする。まぁ、余計なお世話だろうが……。


「ん? この服……」


 俺の服。べつに干されているのはまったく問題ないのだが…………このシャツ、昨日着ていたものと違う気がする。洗濯機は毎日動いているので、今干されている服は昨日の分のはずなのだが。


「まぁ、気のせいか」


 好き好んで俺の下着なんて盗むヤツは居ないだろうし、多分『取り込むときに落としてしまったからもう一度洗った』ってところだろう。


「こんなところか。さて、昼飯は……」


 昼も若宮家の食料を自由に使っていいのだが、1人、それも無人の母屋で勝手にってのは気が引けてしまう。こんな性格だから、抱え込んで心を病んでしまうのだが………こればかりは生まれ持っての性格で、今さらどうにもならない。


「気分転換に…………て、そんな店はないか」


 まったく無いわけでもないのだが、やはり周囲の飲食店は限られる。どこか特定の店の常連になってしまう手もあるのだろうが、生憎俺は、顔を覚えられ気さくに声をかけられるのを嫌うタイプなのだ。


「いっそ、食べログや食品レビューでもはじめるか?」


 俺はあくまで裏方タイプなのだが、技術的には配信側にまわることも可能だ。その場合1から登録者を稼がなければならないので、軌道にのるまで相当かかるだろうが…………まぁ、もしやるならタイミングは今だよな。




 そんな事を考えながらカップラーメンを作り、昼はマイペースに仕事をこなしていた。

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