#008 若宮家の朝

『この資料、明日の朝までだから』

「ちょ、待ってください! 今、別の案件が……」

『なんで出来てないんだよ! 期限は……』

「すいません、手違いがありまして」

『そうやって出来ない出来ない言ってるからお前はダメなんだ!』

「それは、その……」

『それじゃあ用事があるから、あとはよろしく!』

「えっ、これは先輩の…………はっ!!!?」


 締め付けられる胸の重みと脂汗。最近見なくなったと思ったら……。


「ん~、…………むにゃ、……にゃ」

「なんでジュンが??」


 早朝、俺は会社員時代の悪夢…………だと思ったら、ジュンの重みにうなされていたようだ。


「せっかく大きなベッドにしたのに、これじゃ意味無いな」


 おおかた変な時間に目が覚めて、俺に悪戯しようとしたけど…………そこで力尽きたってところか?


「せっかくだし、このまま起きるか」

「……ん~」

「さて、どこまでもつかな」


 俺の胸で眠るジュンを、パーカー内に収納して台所へと向かう。


 若宮家の朝は、それぞれ出勤・登校時間が異なる事もあって、各自の時間に起きて、あるものを勝手に食べて出かけてくださいってスタイルだ。小学生のジュンには早苗さんが中心となって起こしたり朝食を作ったりしているようだが…………パートが早朝出勤の場合もあるので、その場合はその日、家に居る別の誰か(叔父さんやカオルあたり)が代役を務めている。


「あら、おはようツッ君。今日は早いのね」

「おはようございます。まぁ、その……」


 洗濯物を干している早苗さんに挨拶を交わす。洗濯物の中にはカオルたちの下着もあるのだが…………そのあたり家族に近い関係なのもあって、少なくとも俺や早苗さんは気にしていない。まぁ、カオルやケイあたりは、内心気にしているかもだけど、少なくとも口にするほどでは無いようだ。


「あら、もうそんなに大きくなって。生まれるのは女の子ですか?」

「女の子…………かは分からないけど、元気な子が生まれてくれると確信しています」

「フフっ、それは間違いないわね」

「…………」


 しかし、本当に起きないな。もしかしたらもう起きていて、タクシー代わりに使われているだけかもしれないが。


「ごはんは、台所にあるものを好きに食べていいからね」

「はい。それじゃあ」


 パンにするか、冷凍食品にするか、時間もあるし軽く何か作っても良いな。


 会社員時代は時間も無くてコンビニ飯が多かったが…………学生時代は自炊していたし、飲食店でバイトした経験もあるので実はそこそこ作れたりする。


「あぁ、ツカサさん…………てっ!! ジュン!???」

「あぁ、今朝、妊娠したみたいでな」

「はい????」


 台所で、ちょうど起きてきたカオルと鉢合わせになる。


「簡単なものでも作ろうかと思ったけど、食べるか?」

「え? その状態で??」


 ひとまず冷蔵庫から卵とウインナーを取り出す。あとはトーストと、適当にある野菜を添えて完成だ。このフリーダムな食事スタイルに疑問を感じる人もいるかもしれないが、少なくとも俺はこのスタイルで育てられたので問題ない。むしろ…………アニメとかで見かける家族揃っての朝食は、現代社会でも実現可能なのか問いたい。


「これくらい、片手で充分だよ」

「いや、そういう問題じゃ」

「トーストは任せた。あと、飲み物はお好みで」

「あ、はい…………じゃなくて! もう、ジュン! 起きなさい!!」

「…………」


 熱したフライパンに片手で割った卵とウインナーを投入する。仕上げをどうするか迷ったが、今日は片手なので水を投入して蒸し焼きで仕上げる。


「ジュン、味付けは何がいい? 塩コショウか、醤油か……」

「ケチャップ」

「了解」

「やっぱり起きてた!!」


 いくらジュンでも、ここまでして起きないのはありえない。しかしだ、片手が塞がるよりもジュンをフリーにする方が厄介。せめて調理が終わるまでは、台所に嵐を解き放つわけにはいかない。


「ケイはまだなのか?」

「えっと、ケイはいつも最後かな」

「よし、こんなところか」

「ん! いっただきま~す!!」

「おう、いただきます」

「その、いただきます」


 自分で言うのも何だが、けっこう馴染めていると思う。親戚というのもあるが、やはり母さんと同じノリなのであまり違和感は無い。


「なぁ、ツカ兄」

「ん、どうした?」

「その、1人で寝るのが怖かったら…………いっしょに、寝てやっても良いゾ」

「ちょ、それは!!」

「もしかして、そこから起きていたのか?」


 完全に起きていたわけではないのだろうが、子供は案外、見ているところは見ているもの。


「もしかして、その……」

「そこまで酷いものでもないから……」

「「…………」」


 精神系の病気は、自覚しにくく、治療も充分な期間が必要らしい。今は味覚も戻ったし、何より問題だった会社との縁が切れている。ここまで来れば大丈夫だと思うが…………その、口には出せないが、ジュンにはアニマルセラピーのような癒し効果を感じている。


「……まぁ、たまになら来ても良いぞ?」

「おう!」

「ダメです!!」

「べつに、カオルも来たかったら来ても良いんだぞ?」

「え!? それはその…………ろの、……びが」


 葛藤するカオル。ジュンはまだ素直に甘えたい盛りで、ケイは雰囲気次第。俺としては甘えられて嫌な気持ちは無いのでご自由にって感じだが…………そこはレディーが相手なので、本人の気持ちに合わせるつもりだ。


「ごちそうさま。それじゃあ俺は」

「ん!」

「えっ、いつのまに!?」




 若宮家はわりと自由気ままなものの…………家族仲は良く、俺も上手く溶け込めていると思う。


 ほんと、感謝しかない。

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