#007 自称・百戦錬磨の美女JD

「……でね、アイツ! 家に誘ったわけよ! なのに普通に寝やがって…………ぜん、ぜん! 手を出さないでやんの!!」

『これは脈なしですわ』『相手にも選ぶ権利があるから』『酒の盛り過ぎ、今度は媚薬を盛ってどうぞ』


 バーチャルアイドルの配信画面にコメントが流れる。アイドルである彼女らは基本的に"恋愛禁止"なのだが、キャラ付け次第で例外もうまれる。


「まって! 聞いてよ! ただ連れ込んだだけじゃないんだよ? こう、まずはベッドに寝かせて、そっと…………こう、腕に潜り込んで、そう! 腕枕! そしたら普通に受け入れてくれて、勝ったと思ったわけ!!」

『そこまでいって失敗するの草』『普通に押し倒したほうが早くない?』『酒の力を借りずに同じことやってもろて』


 もちろんトップアイドルを目指すのは難しいが、中堅までならイロモノの方がウケやすく、本人も『不本意ながら気がつけばそういうキャラになっていた』というパターンも少なくない。


「(バンバン)シラフで出来たら、酒の力なんて借りてないんだよ!」

『百戦錬磨(笑)』『当たり屋の癖にヘタレとかマ?』『つか、何年前の話? 大学って4年で終わりなのよ』


 バーチャルアイドル・早乙女 優姫さおとめ ゆうひは『百戦錬磨の美女JD(百戦全敗)』を謳う自虐系ストリーマーとして、マイナーではあるが何とか自立していた。


「へへ~ん。大学は最長8年。もう一回入学費を払えば、さらに8年いられるんです~。だからまだまだ20歳でいかせてもらいます!」

『朗報:留年すると歳は取らないもよう』『そういえば活動4年こえてたっけ? 留年おめでとう!』『つか、配信で言って、その相手の耳に入っちゃわない?』

「どうせ仕事で聞けないから。いや、むしろ聞け! そして私の思いに気づけ!!」

『気づいたうえでスルーしているんだよな』『そうだね、留年しているから、相手はとっくに就職しているよね』『その彼、今、俺の隣で寝てるから』


 今日も優姫は、さんざんリスナーにイジり倒されていた。





「ひとまず、これで再開できるかな」


 パソコンのセットアップもひとまず終了。改良点はまだあるが、あとは使いながら調整していくつもりだ。


「あとは…………エアコンに、車も欲しいし。はぁ~~。幾らあっても足りないな」


 安月給だったとは言え、それ以上に使う時間が無かったので貯金はそれなりにある。それこそ、そこそこの車を一括で買えるほどには。しかしそんな事をしたら貯金が無くなってしまうので…………使う時は慎重に、出来ればある程度の収入を確保してから購入したい。


「まぁ、とにかくだ」


 とりあえず今まで縁のあった人たちにメールを送る。本業が忙しかったのもあって断っていた仕事も、今ならこなす余裕がある。


「ひとまずこれくらいか。まだ、寝ているだろうけど」


 企業系の知り合いは、今、声をかけると仕事を盗ったみたいになってしまうのでパスして、ひとまずイラストレーターや配信関係の知り合いにメールを送っていく。俺自身はイラストや動画に出演してアレコレってのはやらないものの、裏方としてデザインソフトの使い手は重宝される。


「そういえば…………ケイはどうするつもりなんだろう?」


 ケイはパソコンや配信系の機材をそこそこ知っていた。ストリーマーは人気職業なので、目指していても何ら不思議はないのだが…………この業界、自由はあるものの安心安定とは無縁。


 収益化の成功率は1%といわれているが、そこで挫折するのはまだマシ。中途半端な人気と収入で何年も迷走したあげく、けっきょく歳をとってから社会に出るはめになる場合も少なくない。じゃあ『配信で培ったスキルをデザイン事務所などで活かせるか?』というと実はそうでもない。なにせデザイン事務所には年齢制限があり(頭が固くなっているので)35歳以上は雇ってもらえないのだ。


「おっ、もう返ってきた」


 さっそく返信1号が返ってきた。配信は深夜が多く、専業ストリーマーは昼夜が逆転している。それがなくてもこの仕事を目指す者は、規則正しい生活が苦手で…………ぶっちゃけていえば会社勤めが出来ない社会不適合者が多い。


 しかしだからこそ、俺は専業ストリーマーを目指すなら社会経験は必須だと思っている。社会経験が無いとトークの幅は狭くなるし、ストレス耐性も低いので活動を休止しがちになってしまう。よほど稀有な能力を持っているか、どれだけ叩かれても折れない根性を持っていない限りは。


「文字起こしはいいけど…………撮影か」


 配信関係の外注仕事は、文字起こしやショート動画の編集がメインだ。いちおう、簡単なロゴなども作れるが…………本格的なものは料金が高くても本職に任せるように斡旋している。その方が結果的に配信者の利益につながるし、仲介する俺にも『横のつながり深まる』というメリットがある。


 それはさておき、撮影協力はまた別の話。相手は顔出ししていないので、技術的な問題より『守秘義務を守ってくれて、気軽に呼び出せる相手』くらいの認識なのだろう。ストリーマーは不規則で、気軽に呼び出せる相手ってのは本当に有難いらしい。


「……まぁ、こんなところか」


 軽く事情を説明して、撮影協力は保留にさせてもらう。引っ越す前ならまだよかったが、今は移動のロスも大きいし、気軽に会って打合せする事も出来ない。


「おっと、もうこんな時間か」


 早苗さんのパートが終わるのは3時で、そのあとは続々と帰宅して騒がしくなる。こうしてあちこちにメールを送ったが、最低でも1年はマイペースでいくつもりだ。その間は、若宮家の手伝いや、それこそジュンやケイの勉強を見てやるのもいいかもしれない。本人は…………望まないだろうけど。




 そんなこんなで俺は、無理せずゆっくり前進していた。

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