#006 川の字

「ひとまず蚊帳はこんなものか」


 夕方、カオルとケイに手伝って貰って、ハナレに蚊帳を設置した。


「これで大丈夫だと思いますけど、油断しないでくださいね。入り口を開けっぱなしにしたら意味無いので」

「しっかし中途半端にデカいの買ったね。部屋の半分だけって」


 蚊帳が小さいと言うよりは、もともと作業場だったハナレがデカすぎるのだが…………それはさて置き、蚊帳の設置は、柱にフックをねじ込んで吊り下げるだけ。アパートと違って気をつかうような建物でもないので一瞬で終わった。


「これでも1番大きいヤツだったんだから」

「部屋の仕切り目的でもあるから、むしろ丁度いいと思っているけどな」

「それじゃあコッチがパソコンルームで、むこうが寝室になるのかな?」

「そうなるな」


 蚊帳は土間に1張り、座敷に1張り、残ったスペースには荷物を積み上げているが、それでもまだ余裕はある。しかし油断大敵、家電とかを揃え出したら一気に手狭になるだろう。なにせこのハナレは、クローゼットが無いので収納効率や見た目はすこぶる悪い。


「それじゃあ、さっそく(蚊帳の中に)ぶちこんでいくか……」

「しかし、すごい量ですね。パソコン」

「まぁ、これが仕事だからな」


 ひとます折り畳みの机にノートパソコンでしのいでいたが、まだ未設置のパソコン関連の機材は山ほどある。


「ツカサ兄、今、仕事辞めてるんだよね?」

「会社は辞めたが、完全に仕事が無いわけでも無いんだ。フリーランスというか、いろいろ大学や事務所時代に出来た縁が、まだ残っているからな」

「その、大丈夫なんですか?」

「労災の事なら致命傷になる前に辞められたから、マイペースにやる分には問題無いよ」

「「…………」」


 務めていた職場は小規模のデザイン事務所だったが、わりと何でも屋の側面が強く…………営業や施工などの部署分けはあってないようなもの。基本的にはパソコンでチラシや映像資料を作っていたが、現場に出て(デザインとは関係の無い)作業を手伝うこともある。まぁそのあたり、ワンマン社長がどこからともなく拾ってくる仕事しだいだ。


「え? これってもしかして、MK600!?」

「あぁ、MKを知っているのか」


 ケイは多少なりともパソコン関係の知識があるらしく、出てきたヘッドホンに食いついた。


「えっと……」

「姉ちゃん知らないの? テレビとかでも見る、プロ仕様の機材だよ」

「へぇ……」

「あっ、これも見たことある。なんだっけ??」

「あぁ、それは……。……」


 プロ仕様の機材に驚く姿を見て、すこしホッコリしてしまう。持っているのは確かにプロ仕様だが、大半は『プロなら最低限持っておくべき汎用品』でしかない。価格帯はどれも数万円で、プロの間では使っていてちょっと恥ずかしいくらいのポジションだ。


「これ、全部使うんですか?」

「パソコンだけで4台あるけど、まぁ用途次第かな? 受けられる仕事の幅が広ければ話は早いし、なにより面倒なやり取りの回数を減らせるから」


 たとえ社内であっても、他人に頼むとそれだけで作業が半日以上遅れる。とくにあの事務所は『夕方に受けた仕事の期限が翌日の朝一』なんてザラだったから、出来ないとマジではじまらない。まぁ、それで必死になって仕事を覚えた結果が、いいように酷使される結末に繋がったのだが。


「いいなぁ~。使わなくなったのがあれば、1台……」

「予備もないとだし、今はないな」

「ですよね~」

「まぁ、もし本気でゲーミングパソコンが欲しいなら、相談くらいはのるよ。パーツなら、多少はあまっているし」

「おぉ!!」

「…………」


 ケイの仕草を見て、カオルが珍しいものでも見たような表情を浮かべる。いくら毎日会っている姉妹でも、普段見えない側面ってのは必ずある。


 ケイは趣味が合うので、わりとヒートアップした状態をよく見るが、最初の印象は『クールでドライなコミュ障』だった。たぶんそれは事実で、カオルから見ても今の状態は珍しいのだろう。


「まぁこんなもんか。配線はあとでやっておくから……」

「次はベッドですね」

「しっかし、面白いのを選んだね」


 視線の先にあるのはとてもベッドには見えない木材。ホームセンターなどで見かけるパレット(と呼ばれる木枠)をちょっと綺麗にしたバージョンだ。俺がホームセンターで購入したセール品の正体はこれで、ジャンルとしてはスノコベッドやローベッドと呼ばれるものになる。


 これのシングルベッド版は何度か見かけたことがあるのだが、購入したのはキングサイズもいける特大版。商品は4分割されているのでシングル2つとしても使えそうだが…………本来の用途は(ベッド用ではなく)コタツ用。まぁ、湿気対策とか存在意義は理解できるが、商品としての認知度の低さと基本小売価格の高さの問題で、見事に売れ残ってしまったようだ。


「たっだいま~~~」

「いいところに帰ってきたな」

「もっと早く帰ってきてほしかったけどね」

「それは困る。ジュンにパソコンは触らせられない」

「「あぁ……」」


 あいかわらず、日暮れまで全力で遊んで帰ってくるカオル2号。この時間帯のジュンは、蛍の光だと思っていい。


「それじゃあちょっと、布団をとってきますね」

「あぁ、頼む」

「それじゃあ、組み立てちゃいますか」

「これ、掘りごたつにもなるらしいぞ」

「へぇ……」


 鈍い反応。カオルもそうだったが、どうも若宮家の面々はフラット派らしい。この商品はデフォルトだとロータイプだが、足を追加すれば普通のベッドくらいの高さにも出来る。そうすれば床下が収納スペースとして活用できるし、一石二鳥だ。


「ま、まぁ、普通の形で使うんだけどさ」

「せっかく足が伸ばせるのに、勿体ないもんね」

「お、おう。そうだな」


 キングサイズになると、シーツなどはどれも高く選択肢も少ない。しかしコタツサイズなら話は別だ。デザインはちょっとアレだが、シーズンの終わりには処分品が格安で出回るし、今回のように手持ちのコタツ用布団を流用できる。そんなわけで、布団は若宮家のものを使わせてもらう事になった。


「うぉぉぉおお。でっかいチョンマゲだぞぉ!!」

「おかえり、チョンマゲ仮面」

「ど~~ん!」

「ぐふっ!!」


 あいかわらず減速なしの突撃。普段は軽いのでまだいいが、今回は布団を抱えているのでダメージは2倍だ。


「もう、ジュン!」

「おぉ、けっこう熱いな」

「すこしだけですけど、やると違いますね」


 こたつ布団は、短時間だが(ホームセンターから帰って)干しておいた。まだ防虫剤の臭いは残っているものの、これなら許容範囲だ。


「それじゃあ早速…………おぉ、ちょうど良い感じだな」

「しかし、こうしてみるとすごい大きいですね」

「コタツが無いと、なんか違和感が……」


 2メートル超の特大ベッド。ベッドとしては大きく感じるが、ファミリーサイズのコタツとしては一般的。しかしコタツ本体が無いのと、多少浮き上がっているせいでかなり大きく感じる。


「まぁ、小さいよりはイイか。…………おぉ、大の字になってもこの余裕」

「どぉぉ~~ん!!」

「ぐふっ!!?」


 寝転がった俺に、すかさずジュンのダイブ攻撃が繰り出される。こういうのは、子を持つ父親なら必ず通る道だと思うのだが…………平均的にはどのくらいで卒業するものなのだろうか。下手すれば数年、この攻撃を受け続ける事になるので、わりと死活問題だ。


「も、もうぉ、ジュン!!」

「あはは。せっかくだし…………わ、わたしも」

「ちょ、ケイまで!???」


 さすがに全力ダイブは無いが、ケイが広げられた俺の腕を枕にする。そういえば昔は……。


「そういえば昔は、コタツに入る時はわざわざ同じところから入って、3人で肩や足を絡ませて遊んだっけ」

「あぁ、そんなこともあったね」

「そ、それは…………お母さんたちが入る分もあけておかなきゃですし」


 妙に恥ずかしがるカオル。気持ちは分かるが、それは思春期真っ只中のケイのポジションなので、そろそろ卒業してもいいと思うぞ。


「お兄ちゃんは、逆に余裕だね。こんな美人に囲まれてるのに」


 どうでもいいが、ケイはお兄ちゃんとかツカ兄とか、呼び方にブレがある。呼ばれる側としてはお兄ちゃんは若干気恥ずかしい部分もあるが…………まぁ、成長とともにツカ兄とかアニキにシフトしていくのだろう。


「いってろ。まぁ…………マジな話」

「「????」」

「大学の飲み会の後とか、こうやって誰かのアパートで雑魚寝していたから、そこまで違和感はなかったなって」

「「あぁ~」」


 付き合っていたわけではないが、クラブ活動などで意気投合した相手はそれなりに居た。小中高の知り合いとは、もう縁は切れてしまったが…………大学時代の知り合いとはまだ縁が残っており、今、俺に仕事をくれる相手の半分は大学時代の知り合いになる。


「…………」

「なんか、静かだな」

「「あっ……」」




 こうして俺の胸元には、電池切れで寝てしまったジュンのヨダレのあとが、盛大に刻まれてしまった。

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