#005 必需品

「"ココ"って昔は無かったよな?」

「そうだね。とは言っても出来たのは5年くらい前だけど」


 俺は車を借り、カオルとホームセンターに来ていた。田舎は郊外型の複合施設もあるので、車さえあればそれほど困らない。いや、むしろ店舗は広いし、車で大きな荷物を持ち帰れるので便利まである。もちろんメーカー(ブランド)や品ぞろえは限られるが、そのあたりは通販でなんとかなる個人的には気にならない。


「えっと、まずは……」


 叔父さんに貰ったメモを確認する。いざとなれば若宮家の母屋に避難できるが、あのハナレは何かと難があり、そのあたりの対策は必須。それなりの出費にはなるものの、ここはケチらず対策に投資することにした。


「まずはあっちの100均で揃えられるものは揃えちゃお。次は薬局で、最後がホームセンター」

「お、おう」


 ホームセンターを無視して併設された他店舗に足を向けるカオル。


 完全に大物しか頭になかったが、ちょっとした買い物でも車でそこそこ走らなければならないこの地では、いかに"ついで"に用事を済ませるかが重要になる。いちおう、無駄に広い駐車場のコンビニは近くにあるものの、それ以外はほとんど何もなく、徒歩での生活はまず不可能だと思っていい。


「これと、これ。タオルってある?」

「あぁ、けっこう余ってるな」

「それじゃあいいか。ウチのもあるし」

「むしろ余っているものを仕舞うボックスが欲しいな。捨てるのも勿体ないし」


 一人暮らし時代に購入した家財道具は、捨てるのも手間だったので大物を除き、すべてダンボールに詰めて若宮家に送った。しかし2世帯だった若宮家にはすでに充分な予備があり、さらにそこへ俺の荷物が加わったのだ。若宮家には広い倉庫もあるので収納場所には困っていないものの、問題はダンボールで、紙製だと虫やネズミに食い破られたり、最悪それらの住処になってしまうそうだ。


「食器とか、一生使いきれないほどあるからね、ウチ。ほんと、捨てればいいのに」

「もしかしたら、お宝と言うか、それなりに価値のあるものもあるんじゃないか? 食器でもひと昔前のメーカー製は結構高いし」


 自然な会話。何か目的があるうちは良いのだが…………そうでない時は少し距離を感じてしまう。もちろん年齢は多少離れているし、なにより異性なので、これくらいの距離間の方が"普通"といえばそうなのだろう。


「ないない。大半は貰い物で、捨てるに捨てられないだけ。メーカー製なのは、まぁ、そうなんだろうけど…………付加価値がつくほどじゃ」

「まぁ、そうだよな。それじゃあ思い切って"全部"捨てちまうか。今ならザックリ仕分けしてあるし」


 俺の荷物は大半が100均やホームセンターでそろえた安物。さらに購入してからそれなりに経過しているので、いっそこの機会に買い換えてしまうのも手だ。


「捨てちゃうの!?」

「いや、全部って言ったけど、不要なジャンルだけというか……」


 服やパソコン関係はもちろん捨てないが、調理器具や洗濯用品などは使い道が無い。むしろ、何で捨ててこなかったんだと数週間前の自分を叱りたい気分だ。


「その、捨てちゃうなら…………欲しいかな?」

「え?」

「いや! ほら、使えるものがあるかもだし! その、さすがに全部は……」

「それはいいけど、使い古しの安物だから、本当に期待するなよ」

「う、うん。えへへ……」


 仕分けして貰えるなら願ったり。すでに用途ごとに分けてあるものの、とりあえず詰め込んだだけなので燃えるゴミとかそういうジャンルでは分かれていない。


「よし、あとはホームセンターだな」

「その、せっかくだからフードコートで、休憩でもしていく?」

「あぁ…………つかれたなら寄っても良いけど、出来れば早く帰りたいかな?」

「そ、そうだよね……」

「いや、ホントに疲れていたら……」

「大丈夫、そういう意味じゃないから」

「????」


 よくわからないが、正直なところ時間が惜しい。というのもあのハナレ、屋根は何度か修繕したので雨漏りなどは無いものの、座敷部分がシロアリ被害で要注意エリアに指定されている。そのためパソコンや家電は全て土間スペースで、せっかくの座敷はどうでもいい荷物置き場、つまり用途が逆転しているのだ。


「そ、それじゃあ! まずは防虫剤だね!!」

「お、おう」


 虫刺されの治療薬はすでにドラックストアで購入したが、田舎はその程度の対策ではたらない。地面からはムカデやネズミ、窓などの隙間からは蚊や蜘蛛が入りたい放題だ。


「これと、これ。これは周囲にまくヤツで…………あぁ、あと、この粘土で隙間をふさいでね」

「はい、がんばります」


 見た事もない防虫グッズの数々。将来的には本格的なリホームも考えているが、ひとまず現状をしのげるだけの対策はこうじなければならない。


「あとは蚊帳だけど…………とりあえず1番大きいのでいいよね」

「あぁ、しかし結構するな。こういうのはネットで買った方が安いイメージだけど」


 蚊帳はもちろん虫対策なのだが、それとは別にハナレには部屋を仕切る壁が無いので、その役割もある。


「あぁ、そうかも。でも……」

「まぁネットのは怪しいし、とりあえず寝室とパソコン(スペース)用は良いものを買っておくか」

「うん、その方がイイと思う」


 蚊帳はテントくらいのサイズだけでなく、部屋丸ごと覆えるものもある。将来的には防音室を入れる計画もあるのだが…………ちょうどそのくらいのサイズ感の蚊帳が売っていたので、サイズ確認の意味も兼ねて買ってみる。


「さて、あとはベッドか」

「たしか向こうだったはず」


 今はブルーシートの上に布団を敷いて寝ているが、床生活は足が痺れるのでベッドが欲しい。


「やはり結構するな」

「それはね。どうする? 他の店も見に行く? その、来週でも、私はぜんぜんいいけど……」

「正直、ベッドならなんでもいいんだよな。それこそ"ソレ"でも」


 視線の先にあるのは折り畳める簡易ベッド。これなら安いし、なにより配送を頼まなくても済む。


「ダメ! これはその、さすがに小さすぎッていうか、その……」

「アパートではソファーを使っていたし、そこまで気にならないんだよな」


 アパートではスペースの関係でソファベッドを使っていた。それは古いのもあって捨ててきたが、正直、床に直接でなければそれでいい。


「ダメダメ! その、ほら、体に悪いし、そのやっぱり狭いと、その…………るのも、きないし」


 妙に食い下がるカオル。まぁたしかに、睡眠の質は大切だと思う。学生時代は金銭的な問題で、会社員時代は時間的な問題で、そのあたりに気をつかう余裕はなかったが…………今ならどちらの問題も解決している。


「それもそうか。それならいっそ、ダブルとかクイーンの良いヤツを買ってみるか?」

「!! そ、それがいいと、思うマス」


 半分冗談だったのだが、声を上ずらせながらも賛成されてしまった。そういえば俺が若宮家に来たのは療養目的でもあったわけで、そのあたり俺以上に意識しているのかもしれない。


「まぁ、さすがにそんなデカいベッドは無理だから」

「そんな!」

「今入れたら、床が抜けちまう」

「あぁ! あぁ。あぁぁぁぁ……」


 しかしカオルのリアクションはいちいち面白い。ワンパクだった昔のカオルと、成長期を乗り越えたカオル、そして久しぶりに会った俺に対し猫かぶりみえを捨てきれないカオル。それらが化学反応を起こして面白い感じになっているようだ。


「まぁ、とりあえず今は何とかなっているし……。ん? これ……」


 ベッドコーナーの隅に、セール札がかかった謎の木材を見つけた。


「あぁ、これは……。……」




 こうして俺は、カオルの助けもあって何とか必要なものを揃えられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る