#003 繊細なお年頃
「早苗さん、光のルーターって何処にありますか?」
「あぁ、インターネットのヤツね。えっと、どこだったかな……」
他にもやらなければいけない事は数あるが、やはり現代人としてネット回線の確保は優先せざるを得ない。いちおう若宮家は光回線を契約しているらしいのだが、敷地が広いのもあって回線機器の場所が予測できない。
「たぶん、電話とかといっしょになっていると思うんですけど。玄関(の電話機周辺)には無かったし」
「そんなのあったかな? ゴメンね、そういうの苦手で」
「いえ、とりあえず場所さえわかれば、あとは何とかしますから」
もちろん、電柱からの引き込み線をたどれば済む話なのだが、それも案外難しい。というのも若宮家は二世帯住宅で、何度か増改築しており、玄関やトイレなどが複数ある。建物の外周にも植木や後から追加したであろう雨よけがあり、けっこう複雑だ。
「そういうのはあの人か…………ケイなら、わかるかも?」
「あぁ、その、それじゃあお願いしてもいいですか?」
「ケーィ!! インターネットの機械の場所、しらな~ぃ!?」
「「…………」」
ケイと面識はあるものの、小さい頃だったのでほとんど覚えていないはず。他人と変わらないような成人男性と同居する事になってしまったのだ、戸惑うのも当然であり、カオルも含めて今の反応は理解できる。
「仕方ない、最終手段を使うか」
「え?」
「あぁ~、しまった~、ケイの本、まだかたづけて……」
「わぁー!! わかった! わかったから!!」
部屋から飛び出してきたのは、眼鏡にジャージ、まさにインドアな感じの少女。なんとなく昔の面影はあるが…………俺もインドアなオタク系であり、同族を見つけたようで何処か安心してしまう。
「その、久しぶり。ケイ…………ちゃん、でいいかな?」
「べつに、呼び捨てでイイよ。その、お兄ちゃんのこと、忘れたわけじゃないし」
頬を染めてそっぽを向くケイ。カオルは俺の記憶を書き換えるほどワンパクキッズだったが、ケイは昔から真っ当に女の子で、あまり話題は合わなかったものの、それなりに仲良くやれていた。
「ぐふふっ、観念しなさい。ツッ君とはこれから毎日顔を会わせるんだから」
「気持ち悪い」
「ちょ! お母さんに向かって!!」
すこし言い方に棘はあるものの、今回はケイの意見に賛成する。早苗さんは(俺の)母さんに比べればぜんぜん若く、もちろん持ち前の性格もあるのだろうが、悪戯と言うか、大人げないところがある。まぁ何というか、カオルの親って感じだ。
「えっと、それで悪いんだけど、光のルーターの場所、知らない?」
「それはわかるけど…………期待しないでね。電波、わりと死んでるから」
若宮家は木造だが、田舎特有の余裕のある造りなので、純粋な直線距離が長い。そのため無線接続では、減衰による回線速度の低下は免れないだろう。
「いちおう(アパートで)使っていたシックス対応ルーターもあるし、ダメなら有線で……」
「え! もしかしてWi-fi6!???」
「あ、あぁ、そうだけど」
「????」
最新規格と言っても、第六世代に移行したのは結構前で、いまどき珍しくも無いと思うのだが…………光に加入してそれっきりになっていたとしたら、絶望的に遅い第三世代以前の可能性もある。
「こっち! 押入れの中にあるの! 意味わかんないよね!!」
「お、おう」
とつぜん手を握られ、電話機などがありそうにない奥の部屋へと向かう。ケイとしても死活問題だったのはわかるが…………ひとまず嫌われてはいないようで安心した。
「これなんだけど…………いけそう?」
「あぁ、ちょっと古いけど、大丈夫じゃないかな」
「おぉ!」
モデム類は、やはり契約してからそのまま放置されていたようだ。コンセントやコネクター部分の老朽化は気になるが、ひとまずルーターを追加するだけでいけそうだ。
「ちょっと待っててね。(ルーターを)探してくるから」
「あぁ……」
「ケイ!」
「「????」」
「せっかくだから、ツッ君の荷ほどきの手伝い、してあげて!」
「それは……」
「インターネット、タダで直してもらう気?」
「ぐっ」
べつに壊れてはいないし、大本は若宮家が契約している回線なのでルーターの使用権限を割り振るぐらいなんでもないのだが…………ここは素直にお言葉に甘えておく。荷ほどきくらい1人で出来るのだが、それ以上に8年間の溝を埋められるチャンスはありがたい。
「えっと、お願いできるかな?」
「その、手伝ってほしいの?」
「それは、もちろん」
「それじゃあ…………その、手伝ってあげる」
「あぁ、ありがとう!」
「うぅ……」
思春期ということもあって心配したが、ひとまずケイとは上手くやれそうだ。
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