#002 若宮家

 なぜ、俺はカオルの事を男だと思っていたのか?


『ツカサ! ヘビヘビ、蛇だぞ!!』『ぎゃはは! しっこ! セミのしっこ!!』『ダンピーガー、キーーク!!』『隙あり! せん、ねん、殺し!!!!』『犬のうんこ~、猫のうんこ~、カエルのうんこ~、み~んなうんこ~~』


「ダメだ、思い当たるフシしかない」

「え? ツッ君、何か言った??」

「いえ、なんでも。それよりも無理を言っちゃって……」


 結局、カオルとはまともに話せず若見家に到着。幸いな事に早苗さんは居てくれたので、気まずい雰囲気はそこで打ち切りにできた。


「何を言っているの。ツッ君は私の"弟"なんだから、遠慮しないの!!」


 ちなみに早苗さんと俺の関係は叔母と甥なのだが、早苗さんの中に"オバ"という単語は無いらしく、姉と弟に置き換えられている。


「その…………これから、よろしくお願いします」

「まだ固いけど、まあいいわ。お願いされました」

「それじゃあ、私は」

「あぁ、カオル!」

「「…………」」


 気まずい雰囲気というか、久しぶりに会ってどんなノリで話していいのか掴めづ、カオルは(たぶん)自室に引っ込んでいく。べつに喧嘩したわけでも無いので、そこは時間をかけて距離感を測りなおしていくしかないだろう。


「ごめんね、カオル、ひさしぶりにツッ君に会えて、喜んではいるんだけど……」

「いえ、その、年頃と言うか、まぁ、すぐにってのは、俺も」

「フフフッ、まぁソレも含めて、楽しみかな~」

「…………」


 若宮家は兼業農家で、それなりに土地は持っているものの農業に専念はしていない。今は亡き爺ちゃんと祖母ちゃんは農業に専念していたが、それも定年前は会社員だったらしく、叔父さんもそれにならって会社員として働きに出ている。


 そして土地は現在、一部の畑を残して駐車場などの形で貸し出している。叔父さんが定年後、土地をどう活用するつもりなのかは知らないが…………爺ちゃんと祖母ちゃんが他界した後は、卸すレベルの農業はしていないそうだ。


「それで、本当に"ココ"でよかったの? いちおう、簡単に片付けておいたけど……」

「いえ、むしろ助かるっていうか、広いうえに水道まであって、至れり尽くせりじゃないですか」


 そして俺が暮らすのは若宮家のハナレ、っというか作業小屋だ。昔、爺ちゃんたちが収獲した野菜を包装するのに使っていた小屋で、半土間半座敷。広さは下手なアパートよりも広く、電気や水道は通っているが、風呂とトイレは無し。食事なども含めて、そのあたりは若宮家の家族扱いで共有させてもらう事になっている。


 そして何より嬉しいのは、イトコとはいえ思春期の少女が暮らす家と、生活圏をある程度区切れるところだ。これは相手への配慮もそうだが、俺としても気楽で助かる。


「それはそうなんだけど…………ホコリとか」

「それはまぁ、何とかしますよ」


 古びた引き戸を開けると、ホコリと土の匂いが押し寄せてくる。ここ数年は物置になっていたそうだが、それでも染みついた土の匂いは健在だ。


「あっ、そういえば鍵、どうする?」

「あぁ……」

「こんど、リホーム業者に頼もうかしら」

「いえ、とりあえずはこのままで。気が向いたら自分でやるかもですし」


 ハナレは土間がシャッター(鍵付き)で、座敷側の引き戸は南京錠で施錠する形になっている。物置なのでソレで事足りていたが、これからは内側からも施錠したい。


「そう、まぁ任せるわ。リホームが必要なら、費用だって……」

「待ってください。それは出します。いちおう、俺も一度は自立していた訳ですし」


 俺にも少ないながら貯金はある。早苗さんたちは要らないと言ってくれているが、そこは大人として少ないながらも生活費を納める事になっている。


「そう、まぁ無理はしないでね。ツッ君の意見は尊重するけど、私としては頼ってくれた方が嬉しいんだから」

「それは…………ありがとうございます。その、もしもの時は、頼らせてもらうと思います」


 自分でも忘れがちだが、これでも俺は病人なのだ。ストレス障害と言うか鬱というか、本格化する前に助けてもらったので慢性的な症状こそ無いものの、医者や、とくに親からは療養に専念するよう釘を刺されている。


「まぁ、人手が欲しければ、私は…………パートとかあるから、カオルか、ケイは…………う~ん、でも、ジュンはもっと……」


 早苗さんは、今はパートに出ているそうだ。べつに生活が苦しいとかではないらしいのだが、知り合いのママ友に頼まれたのと、やはり勤めに出ていると経済面もそうだが、程よい運動とストレスが得られる。俺は過度な労働とストレスで壊れかけてしまったが、無いのも問題。今は大半の畑を農地として活用していない事もあり、パートを続けていく方針らしい。


「まだ、ジュンは帰っていないんですよね? 楽しみだな~」

「アハハ……。まぁケイはともかく、ジュンは面白いわよ。昔のカオルみたいで」

「あぁ……」

「「アハハハハ……」」


 乾いた笑いが木霊する。思春期を乗り越え、カオルは落ち着いたようだが…………思春期を乗り越えていない、嵐を呼ぶ感じの問題児が、まだ、若宮家には残されている。




 そんなこんなで俺は、若宮家のハナレに住み着く事となった。

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