第5話


 俺は自宅で、ノートパソコンのモニターを睨んでいた。

 キーボードを叩くでも、マウスを操作するでもなく、ただ睨んでいたのだ。


 要するに、自身の小説の続きが思い浮かばないのだ……。


 初期衝動とは裏腹に、話を進めるにつれ生まれ始める矛盾点や疑問点。

 また、壮大に広げた風呂敷が歪すぎて、畳み方の手順すら思いつかなくなっていた。


 そもそも、風呂敷(現実の)ってどうやって畳むんだ?


 ようやく手が動き、打ち込んだのは『風呂敷のたたみ方』だ。


 動画や画像が多数出てきた。

 「ほほう……」と、見入ってしまったが、この先俺は(現実の)風呂敷をたたむ事はあるのだろうか? 


 こんな事ですら、すぐに事細かく出てくるのに『ゆるい令嬢』は、はっきりと出てこなかった。


 正直、適当に付けた『ゆるい令嬢は、可愛いスキルで、追い出しを始めました』というタイトルだったが、そこには多少の意地もあった。

 もし、書き出し易さだけを考えたら『可愛い令嬢は、ゆるいスキルで、追い出しを始めました』の方が、まだ簡単だったのかもしれない。

 だが、そこに作家(底辺)の意地が介入してしまったのだ。


 ただ『可愛い令嬢』って、なんか普通じゃね?と、思ってしまったのだ(あくまでフィクション上でのお話です)。  

 作家(底辺)として、少しでも意外性のあるモノを作りたいという欲求。

 それに取り憑かれていたのかもしれない……。


 結果として生み出されたモノではある。

 近年では物語の主役として『悪徳令嬢』が使われる事が多いが、脇役としての『ゆるふわ令嬢』も別段珍しくは無い。

 なのに、なぜそこは主役になり得ないのだ?

 物語を拡げ辛いという事なのか?


 むしろ、赤坂が発案した『お腹の弱い令嬢』の方が、発想だけで言えば新しいのかもしれない。


 無論、そんな話は書きたく無い……。


 そこでふと気が付く。

 そもそも、令嬢って何だ?

 という事だ。


 俺の手は再び、光速で動く。こんな時だけ。


 打ち込んだのは「令嬢とは」だ。


 ――貴人の娘、また、他人を敬ってその娘をいう語。


 とある。


 世間一般の認識では、金持ちや位の高い人の御息女という認識だ。

 まぁ、貴人の娘という説明もある以上、それは正解なのか。


 しかしながら、隣に住む田中たなかさん(普通のサラリーマン)家の娘さんも、御令嬢と言っても差し支えは無い訳か。

 もっとも、俺が急にそんな言葉を使ったらさぞかし驚くだろう……。


 つまりは、その御両親を敬う気持ちさえあれば皆が『令嬢』になれる訳か……。


 優しい世界だ。


 そう考えた後に『悪徳令嬢』という言葉について考えてみた。

 簡単に訳せば『性格の悪い上流階級の娘』だ。


 しかし、田中さん家の娘(実に普通の小学生)が、もの凄く悪ガキで、でも、田中さんは凄く尊敬できる人だった場合(実際、俺は良く知らないが)、それでも、悪徳令嬢になるのか?と考えた。


 いや、それは与えられるニュアンスの問題で大きく違うのだろう。そもそも、当人を敬えない以上、その言葉を使う事は憚れる。


 なら『ゆるい令嬢』ならどうだ?

 そもそも『ゆるい』ってなんだ?


 再び光速で検索窓に打ち込んだ、こんな時だけよく動く。「ゆるいとは」と……。



 こうして自身の作品は一文字として書き進む事無く、連休を終えた。

 

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