焼け落ちる星の声


「ねえベルカ、すぐ近くに星が見えるよ」


 ストレルカが言った。張り裂けるような冷たい夜空の中だった。


 私とストレルカの他に、ウサギが1、小さいネズミが40と少し、大きいネズミが2、小さな虫少しと草がたくさん。それがこの船の全て。

 私たちは青い星を眺めて巡る船の乗組員だった。


 その「星」が見えたのは、青い星の周りを4周した頃。窓に顔を近づけて、見えたのはぼんやりと灯る小さな炎のような星。

 …いや、あれは、同族のかたちをしていた。

 四肢と尾を畳んで丸くなって、それでも顔は上げていて。


 こちらを、見据えていた。


「…?ベルカ?」


 ストレルカが呼んでる。内臓がぐちゃぐちゃになったような心地がして、返事もできないまま私は吐いた。




『ベルカ、と、ストレルカ。良い名だね』


 5周目、そいつは話しかけてきた。炎のような不安定な体。ライカと名乗った彼女はこの空に放り出された最初の命、私たち宇宙犬の先輩だという。

 厚い壁をものともせず乗り込んできたライカ。幽霊で間違いないらしい。ずっと船に我が物顔で居座るのはどうかと思うけど、言葉が通じるのがストレルカしか居なかったからちょっと助かった。

 6周、7周と星を回るうちにライカとは結構仲良くなった。でもストレルカにライカは見えないらしい。首を傾げるストレルカに、不思議なものだとライカは笑った。




 船の行先が変わった。10と何度か星を巡って、旅は終わりと決められたらしい。船は落ちる。青い星に。


『お別れだ』


 ライカは言った。ライカは地上に戻れない。そういう運命だ、とライカ自身が言うんだからそうなんだろう。


『願い事、聞いてくれるかい?私な、地上で海が見たかったんだ。

北端、老いぼれた二本足が持つ青い星、その中に私はいるからさ』


 だから、頼むよ。ごうごう唸る炎に巻かれて、最後に聞いたライカの声だった。




 地上に戻った私たちは、何故かやたらと歓迎された。放り出したのはお前らだろうに。


 ストレルカを残して、二本足の元を抜け出した。炎がまだ私の内側を焼いている。ライカの声が呼んでいる。久方ぶりに踏んだ砂浜、真冬の海は凍てていた。

 とうに死んでいた二本足が後生大事そうに抱え込んでいた青い星の模型。牙でこじ開けた中には、焼け爛れた犬の頭骨がひとつ。

 そっと、砂浜に頭骨を置く。ライカ、海に来たよ。ストレルカは子供を産んだらしい。ここには来れなかったや。

 澄んだ夜空を流れる灯火。私たちもあんな風に見えていたんだろうか。


「もし聞こえてるなら、私もお願いしてもいいかな」


 炎越しにはなにも見えなかったからさ。



 ねえ、ライカ。

 落ちる星の胎から見た世界は綺麗だった?




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 件の小説大会、お題が「海、冬、灯火」に決まったため書いたものです。余裕の文字数オーバーでボツ。無念。

 宇宙犬たちのお話です。古川日出男氏の小説「ベルカ、吠えないのか?」に多大なる影響を受けております。素敵な物語ですので是非。

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