03.定例会Ⅰ

 魔法界の王都の北に位置する王宮――ヘヴンリース城。

 王族とそこに働く使用人や文官、それと行儀見習いや騎士候補などの目的で登城した若い令嬢令息が集っており、そこには王宮魔法使いも含まれている。

 王宮魔法使いは、文字通り王族の手足となって働く魔法使い達であり、彼らはここで魔法道具の製作や魔法の鍛錬をし、各地に起きている騒動の鎮圧に向けて日々邁進している。


 私、シリウスは定例会のために滅多に来ないこの城に来ていた。

 王にしか忠誠を誓わず、命令に従わない【一等星】は定期的に顔を合わせ、『星の間』で集まる決まりになっている。

 参加人数はまちまちで、全員が揃う時もあれば、一人も来ない時もある。


 もちろん面倒という理由で参加しないこともあるが、【一等星】は基本的自分達が治める土地からあまり出ない。

 それは初代から受け継がれた生業があり、そのどれもが魔法界にとって重要な産業ばかりなのだ。

 そのため、【一等星】は土地から出ず生業に精を出し、王に与えられた命令の時だけ動く――それが一〇〇〇年も続く掟だ。


(とはいえ、今じゃ『引きこもり』とか『コミュ障』とか色々と言われているがな……)


 最も、私の場合は出不精なだけであって、コミュ障ではない。断じてだ。

 そう思いながら毛足の長い絨毯が敷かれた廊下を歩く途中、近くにいた侍女が頬を染めてきゃーきゃー何か言っていた。

 この手の反応はすっかり慣れたものだ。昔は疎ましく、聞くだけでも耳障りだったのに。


(それもこれも、マユミのおかげか)


 やはり花嫁を持つと、周囲の視線も声もあまり気にならなくなる。

 自身の花嫁であるマユミの顔を思い出し……そこで、最近人間界送還された花嫁を思い出した。

 カナデ・ココノエ。友人であり同じ【一等星】ベテルギウスの元花嫁。私の花嫁になるべく元王宮魔法使いジェルマ・クォーツネルの策略に協力し、花嫁の資格を失った娘。


 人間界送還は魔法界に損害を与えたもしくは与える可能性がある花嫁に処される追放刑であり、同時にその花嫁を娶った魔法使いに科される罰でもある。

 好きになった女を手放す苦しみはまだ分からないが、きっと身を引き裂くような思いと痛みなのだろう。

 そして……それを友人にさせてしまったことは、私の一生の後悔だ。


(恋愛というのは、難しいな)


 かつては【一等星】の名声目当てで集まった女達は煩わしくて、既婚者でもあるにも関わらず媚薬を盛ってきた女もいた。他にも自分を愛し、愛してくれる男がいるにも関わらず。

 ……だが、今ならなんとなく分かる。人を好きになるというものは、簡単に見えて難しいことを。

 かつては失笑しながらくだらないと思っていたのに……とんでもない心境の変化だ。


 そうして考えていると、『星の間』の辿り着き、重々しい扉を開く。

 室内は壁も天井も床も白で埋め尽くされており、床に敷かれた金糸きんしで星を刺繍されたロイヤルブルーの絨毯が敷かれ、天井から純金とクリスタルでできたシャンデリアが魔法で浮いている。

 中央には白い円卓が置かれ、並べられた二一個の椅子は真鍮で背もたれと座面のクッションはロイヤルブルー。


 初めて訪れた時から変わらない配色と内装を見ながら、いつも座る席に座る。

 今日参加している【一等星】は私を含めて七人。いつもと同じメンツだ。他は遠出が難しい年になってきているからだ。


【一等星】アークトゥルス――最南端に位置するホークー・レッアで、南国で育つ果物・魚介の流通を担う五〇代ほどの魔法使い。

【一等星】リゲル――北に位置するアルゲバルでガラス工芸品を製作・売買する三〇代の魔法使い。

【一等星】ベテルギウス――西に位置するルベドで織物工業を担う同い年の魔法使いであり、私の友人の一人。

【一等星】プロキオン――西に位置するラクーンで魔法生物の飼育・管理を担う同い年の魔法使いであり、もう一人の私の友人。

【一等星】ベガ――東に位置するナスルで美容や身体の症状に効果のある温泉を管理する、四〇代間近の魔女。

 そして、この中では一番新人である【一等星】レグルス――一番魔物の出現率が高い最北端に位置するコル・レオニスで北の地の防衛を担う今年で二〇歳を迎える魔法使い。


 空席には遠隔通信できる魔法の鏡が設置されており、そこから【一等星】は見えないが声は聞こえる。声が聞こえるなら出席、聞こえなければ未出席扱いになる。

 起動中になっている鏡――淡い光を放っているのは、五つ。九名の【一等星】は未出席になっている。起動していないことを示す灰色に濁っている鏡面を見て、アークトゥルスは侮蔑の意味を込めて鼻で笑う。


「ふん、不真面目共が。いくら定例会が全員出席を推奨していないからと言って、さすがに目に余る」

「わざわざ目くじらを立てて言うほどじゃないわ、アークトゥルス。それに今日出席している方々は、もうすぐ神託が来るかもしれないご高齢ばかり……きっと体調の方もあまりよろしくないのよ」

「だよねー。アンタレスは杖になれる木材探しで忙しいし、アルタイルとアルデバランとポルックスは最近あまり元気ないって風の噂で聞いたし……シリウス、彼らに何か魔法植物を送ったことはない?」

「いや、今のところは」


 だが、いくら魔法使いが見た目はあまり変わらず長命とはいえ、死に無縁というわけではない。

 私の管理する魔法植物の中には、寿命を延ばすことはできないが、体調を改善させるモノがいくつもある。

 それが私の元に注文する時は……神託が来た時。今はまだ注文書は届いていないが、いつ来るか分からない以上、あまり下手なことは言えない。


「……では、【一等星】定例会を始めよう。議題は――」

「まず、先に俺から」


 進行役のアークトゥルスの言葉を遮ったのは、ベテルギウス。

 この定例会では議題だけでなく、【一等星】の身の回りで起きた出来事も話す。そして、ベテルギウスが話す出来事は、きっとあの件だ。


「この度、俺の選んだ花嫁が多大なご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「まぁ、そのことはもうすでに謝罪の手紙を受け取っているわ。それに、くだんの花嫁は人間界送還したでしょ? なら、このことはもう終わったこと。いいわね?」

「……はい。心遣い、感謝致します」


 ベテルギウスは強面な見た目に反して、真面目な男だ。

 先の事件は全【一等星】と王宮に事の顛末と謝罪を記した手紙を送っており、返事はどれも『気にするな。よく頑張った』という労いの言葉ばかりだ。

 しかし定例会でわざわざそれを報告したということは、恐らく最後の区切りのためかもしれない。


「花嫁など、所詮は我らに力を与えるだけの道具だ。甘やかせば付け上がるのを分かっていながら、わざわざ慈しみ愛そうとする気持ちは理解できん」

「恋愛アンチのあなたらしいお言葉ね」

「えー、でも俺は花嫁のおかげで毎日が最高にハッピーだよ! それに花嫁を見つけることは別に優先事項じゃないんだから、アークトゥルスが気にしたって仕方ないだろ?」


 咎めるような視線を向けるベガと、飄々としながらも仲裁に入るプロキオン。

 二人の視線と言葉に、アークトゥルスはふんっと鼻息を荒く吐きながら腕を組んだ。

 ……あいつの恋愛アンチぶりは、出会った時から相変わらずだ。


 アークトゥルスも私達と同じく言い寄る連中によって嫌な経験をしているが、彼はその数が他と比べて多い。

 理由としてはアークトゥルスが治めるホークー・レッアは、人間界で言う南国でしか採れない果物や魚を流通している。南にも同じ品を流しているところはあるが、ホークー・レッアは質も栄養価も高いため、かなりの高値で取引されている。


 簡単に言うと、ホークー・レッアは金が成る土地であり、それを管理するアークトゥルスは南の支配者。

 だからこそ、金と彼の美貌に目が眩んだ女共が羽虫の如く集り、強引に迫り……結果、アークトゥルスは大の女嫌いの恋愛アンチになった。

 私もマユミに出会うのが遅かったら、彼のようになっていたのかもしれない。……そう考えると、背筋がゾッとした。


「ああ、確かにその通りだ。……ん? どうした、レグルス。先ほどから口数が少ないな」


 アークトゥルスは目敏く椅子に座ったまま無言を貫いていたレグルスに気付き、名を呼ばれた本人はビクリと肩を震わせた。

 正式に先代からレグルスの名を継承した彼は、実年齢で言えばマユミとそう年は変わらないはず。

 元々、魔法界はあまり年齢を気にしない性質たちのため、見た目と年齢が合っていないことが多い。それはここにいる面々に言えたことだが……。


「その……アークトゥルス、あなたの前でこんなことをお伝えするのはとても心苦しいのですが……」


 レグルスが気まずそうに目を逸らしながら、おもむろに左手を掲げる。

 小指は【一等星】の証である目の部分に白い石が埋め込まれ、獅子が彫られた印台指輪シグネットリング

 そして薬指には……私とプロキオンと似た指輪がはめられている。


 白銀に輝く指輪を見た瞬間、私は目を丸くし、アークトゥルスは顔を青くしたまま絶句し、ベガとプロキオンは面白そうに笑い、ベテルギウスはぽかんと口を開く。

 鏡からも小さくないざわめきが起きる中、レグルスは緊張した面立ちで告げる。 


「この度、若輩ながらも花嫁を娶りました。この場で報告したこと、お許しください」

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