2.姉からの手紙

『あたしの大切な妹、愛結まゆみ


 愛結、魔法界での生活はもう慣れました? 私は一人暮らししてもう結構経ってるけど、料理と掃除は今も苦手です。この前もハンバーグを作ったんだけど、表面は焦げてるのに中は生焼けのままだったの。やっぱり面倒臭がって、そのまま強火で焼くのはダメだということが身に染みました。

 言い訳に聞こえるかもしれないけど、ママのせいで家事を手伝うことすら許されなかったから、今まで全部あなたに押し付けたこと今も申し訳ないと思うと同時にすごいと尊敬してるわ。今はきっと、シリウスさんのためにごはん作ってるんでしょ? 愛結の作るごはんはどれも美味しかったから、きっと喜んで食べているんでしょうね。

 いつもの近況報告だけど、パパは相変わらず元気よ。支社での仕事が軌道に乗っていて、前に会った時は疲れてた様子だけど、今はすっかり元気みたい。たまに未練がましく愛結のことを聞いてくるけど、『相変わらず元気で幸せよ』って言って流してるわ。

 ママは……一応、頑張っているみたい。おじいちゃんの話だと、最近化粧品を取り扱う商社の事務職に正社員として採用されたわ。今まで仕事しなかったせいで、自分より下の先輩に怒られているけど、むしろそれが普通なのよね。

 私達と縁切りしたことも離婚したこともそうだけど、おじいちゃんが前のように贅沢はできないようカードも没収しちゃったから、今は仕事と家事手伝いしかやることがないみたいよ。

 私は家事がまだ苦手なことを除けば、現在進行形で大学受験のために勉強しているところよ。ママは女子大に入れたがっていたけど、あまり興味がなかったから、思い切って進路を変えました。

 私は将来、児童養護施設で働こうと思ってるの。あなた以外にも親がいなかったり、一緒に暮らせない子がいると思うと、なんだか見過ごすことができなくなって……きっと、あなたに何もしてこなかった罪悪感と自己満足ね。

 でも、私はこの選択は後悔しない。もう二度と見てみぬふりはしたくないから。

 当分は受験勉強で忙しくなるから、手紙を中々送ることはできないけど、あなたの幸せを祈っています。

                               あなたの姉、歩美あゆみより』



「……上手くやっているようで何よりだわ」


 昨日届いた手紙を読み終えた後、それを封筒に入れ直すと机の上に置いたアンティーク調の取っ手が付いた木製のレターケースの中に入れる。

 そして、その近くに置いてあったレターセットが入ったボックスを開けて、わたし、小鳥遊愛結たかなしまゆみは便箋と封筒を取り出す。


 このレターセットは、セイリオスの文房具店で見つけたもので、季節に合わせて模様を変える魔法の便箋と封筒、それからシーリングスタンプ(いわゆる封蝋のことだ)の道具が一式揃っている。

 魔法界には切手どころか郵便局すらなく、手紙は魔法で鳥の姿に変えて、送り主に自動で配達するのが主流なのだ。


 しかし人間界に出張している家族に手紙を送る場合、今わたしが持っている魔法のポストを使う時は鳥に変身させないで投函しなくてはならない。

 シリウスが用意してくれた魔法のポストは、たまに見かける鳥小屋のような形をしており、サイズは小さいダンボールと同じくらい。

 ここに投函した手紙は、対となっているポストに自動で送られる仕組みになっている。そして、その対のポストは姉の歩美が持っている。


 手紙の送り主である武藤歩美むとうあゆみは、わたしの腹違いの姉だ。

 父・武藤新むとうあらたはわたしの母・小鳥遊花たかなしはなと結婚前提の交際をしていたにも関わらず、倉森早苗くらもりさなえの策略によって一夜の過ちを犯し、そのお腹に歩美を宿してしまった。


 結果、新さんはその責任を取るために、母と当時お腹にいたわたしを捨てた。

 その時新さんは母のお腹にわたしがいたことも知らず、母もわたしのことを新さんに教えないまま、互いに別々の人生を歩んでいた。

 しかし、母の死をきっかけに、わたしは彼とその家族に引き取られることになった。


 かつての恋敵と顔が似ているわたしを早苗さんは酷く毛嫌いし、引き取られてから一〇年の間は彼女がするはずの家事を全て押し付けられた。

 娘というより家政婦扱いしたにも飽き足らず、早苗さんはわたしに安くボロボロな服を着させたり、エアコンがついていない部屋に押し込んだりと、様々な嫌がらせし続け……そして、今年の三月三一日――つまりわたしの誕生日に自分が作った借金の返済のためにヤバい連中に売ろうとした。


 だけど、それが転機となった。

 突如現れた魔法使い――【一等星】シリウスの花嫁として一〇億円で引き取られ、そのまま魔法界へ移住した。

 それだけで話が終わればよかったけれど、早苗さんのわたしへの――いや、母への嫉妬と憎悪は相当なものだった。


 母と顔を似ているわたしが幸せになることすら許さない彼女は、その執着ぶりから新さんが見つけた魔法界への行き方を知り、そのまま歩美と一緒に同行した。

 そのまま新さん達と一緒に屋敷へ押しかけてきた彼女は、シリウスにイカれた提案をした。


――わたしを捨てて、歩美をシリウスの花嫁にする。


 これには流石のシリウスも激怒したし、わたしも歩美も「ふざけるな」と思ったものだ。

 わたし達二人は、親の愛憎劇に巻き込まれた被害者。こんな提案に乗ることはハナからなく、後日設けた話し合いの場でわたし達は二人に絶縁を言い渡した。

 その後はこの手紙の通りだ。新さんと早苗さんは離婚し、歩美も自分の人生を歩き始めている。


 今までは早苗さんの言いなりとして、彼女が思う『愛される女の子』を演じ続けてきた異母姉。

 しかしそれは、全てわたしを守るための彼女なりの処世術だった。

 でも今は実母の束縛から解放され、自分がしたいことをしている歩美は、きっと素敵な女性へと進化するだろう。


「にしても、歩美が児童福祉の道にね……」


 だけど、歩美の進路はちょっと意外だった。

 早苗さんは歩美をお姫様扱いするほど可愛がっていたが、娘を将来家柄も稼ぎもいい男の元に嫁いでほしい願望はあったため、資格も取れて箔付けにもピッタリな女子大に進学させようとしていた。

 だけど、歩美はこれまでの家庭環境のせいで自立心が人一倍強くなった上に、わたしのこともあって児童福祉に興味を抱いた。


 もちろん、歩美のすることは応援するつもりだし、反対する気もない。

 きっと新さんも同じ気持ちのはずだ。


(早苗さんは……反対するだろうけど、気にするだけ無駄か)


 早苗さんは新さんとのデキ婚の真相と離婚の経緯を、実家にも知られてしまった。

 そのせいで彼女の両親――特にわたし達にとって祖父にあたる人は激怒し、本当ならそのまま家から追い出して絶縁したかったらしいけど、奥さんもとい祖母の説得によって難を逃れた。

 しかし、家にいる代わりに家事や家にお金を入れるのを条件つけられ、手紙の通り今は新しい職場で仕事を覚えようと必死になっている。


 さらにこれまで前科によって、彼女は歩美と会うことも、再婚も禁止されている。

 最初に送られて来た手紙でそれを知った時、正直わたしは自業自得だと思った。

 だって、自分の幸せのために周りの人を巻き込んで、非人道的な扱いをした彼女が無罪放免で過ごすなんて、そんなのお天道様が許してもわたしは許さない。


 祖父も同じことを考えていたからこそ、この禁止令を出したに違いない。

 そういう意味では祖父とわたしは気が合いそうで、会う機会がないと思うと少し残念だ。

 六月に入り、右上と左下の端に紫陽花あじさいの花に変わった便箋(五月の時はネモフィラや鈴蘭などに変わった)を一枚取り、使い慣れた羽ペンの先にインクをつける。


 質のいい封筒に『歩美へ』と書いて、便箋に今日まで起きたことを綴ろうとした。

 だけど、直前になってふとあることを思い出す。


「そういえば……今日、シリウスが帰ってくるっけ」


 そう。このセイリオスの屋敷にシリウス――わたしを救ってくれた魔法使いであり、愛する旦那様はいない。

 彼は今、王都にある王宮で定例会に参加している。

 二一人しかいない、魔法使い・魔女の頂点である【一等星】が一堂に会する場に。

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