04.定例会Ⅱ

「なん……だと……!? レグルス、貴様……!」

「ストーップ! 気持ちは分かるけど、落ち着こうねー。別に花嫁を娶るかは本人の自由なんだから、アークトゥルスが口出す権利はないでしょ」


 花嫁を娶った発言にアークトゥルスが顔を赤くしながら怒鳴ろうとしたが、プロキオンがすぐさま制止をかけた。

 その後の続いた言葉に、私だけでなくベテルギウス達も無言だったけれど頷く。


 花嫁は希少価値の高い存在だが、必ず見つけて娶るものではない。出会えばラッキー、そのまま魔法界に連れて行って結婚できれば御の字という軽いものだ。

 もちろん中には箔付けのために花嫁を娶りたいという魔法使いはいるし、最初からいないと決めつけて探さない魔法使いもいる。

 私やプロキオンは本気で花嫁を愛しているし、恐らくレグルスも同じだ。


 レグルスは先代から【一等星】としての名を受け継いで、まだ三年目の新人。柔らかな薄茶色の髪と瞳、顔立ちは線が細くも精悍さを併せ持っている青年だ。

 しかしその見た目に反し、彼の攻撃魔法は先代からお墨付きをもらうほど強い。事実、魔物の討伐回数は先代を上回っており、『レグルス』の名に恥じない働きぶりをしている。

 アークトゥルスがあんなに過敏に反応したのも、同じ【一等星】としての力をきちんと評価し認めている故だ。


「それよりレグルス、相手はどこの子? 花嫁を迎えたことはおめでたいことですし、特徴を聞いてから結婚祝いをお送りしたいわ。あ、もちろんシリウスにもね」

「ありがとうございます。口頭では少し恥ずかしいので、後ほど手紙でお教えします」

「ええ、楽しみにしているわ」


 ベガが楽しそうに話すのを見て、レグルスは少し照れくさそうに言う。

 アークトゥルスは憮然としていたが、花嫁を娶るかは個人の自由であることは本人もよく分かっているので、それ以上言うことはなかった。


「ゴホン……では、そろそろ本題に入ろう。まずは、ここ最近各地で魔物が出没しているらしい。ホークー・レッアウチでは今月に入って五件だ」

「アルゲバルは街中で魔物に襲われた事件もある。ここ二ヶ月で数回くらいだ」

「ルベドでも同じく魔物による被害が相次ぎました。特に白銀蚕しろがねかいこの天敵である黒煤蜂くろすすばちの襲撃がひどくて……飼育場一棟が駄目になり、現在修復中です」

「ラクーンじゃユニコーンの子供達が危うく殺されかけたなぁ。親が守ったから事なきを得たけど、その子ら母親でもある雌ユニコーンが左後ろ肢を切断する覚悟が必要なほどの大怪我を負ったよ。あ、でももうすっかり完治してるし、以前と変わらず走れてるよ。シリウス、セイビカスを融通してくれてありがとー」

「ああ、構わない」


 代々シリウスの屋敷にある温室で育てている魔法植物・セイビカスは、魔法では治療できない傷――呪いなどによる裂傷などを治す薬の材料になる代物だ。

 魔物に負わされた傷は魔法でも完治することがあるが、重度によってはセイビカスが必要な場合もある。

 今回、魔物によって傷を負ったその雌ユニコーンも、セイビカスがなければ完治できないほどの重傷だった。


 もしこれが別の生き物だったなら、セイビカスを使ったことを批判されるだろう。しかしユニコーンの角はどんな猛毒をも解毒する魔法薬の材料になるし、毛は服に織り込めば呪いを弾く強力な盾にもなる。

 しかも女性と何故か【一等星】プロキオンに選ばれた者しか懐かないため、飼育・繁殖は専門のブリーターと彼にしか任せられない。

 だからこそ、ユニコーンに貴重なセイビカスを使っても、文句は言われないのだ。


「ナスルでも同じように魔物被害が。どれも小型とはいえ、いくつかの店が滅茶苦茶になって商売できなくなった家族がいくつも出たわ。すぐに連絡を取って、店が戻るまでの間だけ別の仕事をするようにしたから、問題はないわ」

「セイリオスでは、何度か街に入ろうとした魔物がいたが全て退治した。被害もまだ出ていないのは運が良かった」

「そうか。……レグルス、魔物討伐の専門家として気になるところはあるか?」


 アークトゥルスに意見を求められたレグルスは、険しい目つきをしながら魔物被害についてまとめた資料を読む。

【一等星】レグルスは、魔物討伐の専門家。彼が住まうコル・レオニスは魔物が生まれやすい土地ということもあり、王都や他の土地と比べて強い結界が敷かれている。

 コル・レオニスの民も魔物討伐のために日々腕を磨いており、恐らく王都を含む魔法界の中で一番強い戦闘集団だろう。


「そうですね……他はともかく、比較的魔物の出現が少ないセイリオスとラクーンにも被害が起きたこと自体おかしい。それに加え、白銀蚕の天敵である黒煤蜂は、本来繁殖期である秋に白銀蚕を襲い、そこで養分を得た後に卵を産むはずです。なのに今は初夏、本来なら羽化を経て成虫になる途中のはずです」

「つまり……何が言いたいんだ?」

「僕の推測でしかありませんが……何者かが【一等星】に反逆するために、故意に魔物を放っているかもしれません」


 レグルスの推測を聞いて、周りは騒ぐどころか煩わしそうに顔をしかめた。

 こう言ってはなんだが、魔法界創生から一〇〇〇年――今も超越特権を持つ【一等星】を疎んでいる者は少なくない。

 中には王家よりも王族と対等に渡り合える【一等星】を危険視する者もおり、中には自分達を排除すれば魔法界を好きにできると考える愚か者もいる。


 故に、【一等星】はそういった輩から悪意を向けられ、肉体的にも精神的にも追い込み、そのまま破滅へ導かんとする者達を粛清していった。

 今回も同じなのだろうが……それにしたって、魔物はやり過ぎだ。

 専門的知識があれば飼育が可能な魔法生物と違い、魔物は本能で人を襲う怪物だ。それを手懐けて各地に運べるよう大人しくさせるなど、普通に考えてありえない。


「なるほどな……近頃の若い者は、魔物を使って怪しい商売をしていると風の噂で聞いていた。しかし今日までこれほどの被害が出ているということは、この魔法界の秩序を乱す許されざる行為と同義だ」


 アークトゥルスは椅子から立ち上がると、懐から杖を取り出し、それを頭上へと掲げる。

 それは、創世記から続く魔法使い達の誓いのポーズ。


「これより、我ら【一等星】は此度の魔物被害を蔓延させた者達を全て見付け出し、正しき法の下で処罰することを誓う! 賛同者は杖を掲げよ!」


 アークトゥルスの宣誓と同時に、私達は一斉に杖を掲げる。

 魔法界の秩序を守るのは、この世界で魔法使い・魔女として生きる者達の使命。

 その使命から目を背けることも、逃げることはできない。


 以前の私ならば、義務や責務という建前で渋々受けていただろう。

 しかし今は、守りたい者がいる。大切な存在がいるという事実は、人をこうまでも変えるのだと改めて思い知らさせた。



 定例会が終わり、アークトゥルスを筆頭に次々と【一等星】達が退室していく。

 レグルスもそそくさと『星の間』を出ようとしたが、その前にプロキオンが彼の首に腕を回してその足を止めた。


「レグルス~! 君、一体いつの間に花嫁を見つけたんだい!? 俺達に内緒にするなんて水臭いじゃないか」

「あ、えっと……その、決まったのは最近なので……」

「ふーん、そっか。じゃあ今度紹介してくれないかい? 僕とシリウスのところの花嫁を紹介するからさ!」


 プロキオンの提案に、レグルスは気まずそうにベテルギウスの方を見る。

 例の花嫁の人間界送還を聞いているせいだろう。ベテルギウスもそれに気付いているため苦笑いする。


「大丈夫、俺のことは気にしないでくれ。花嫁の半分以上はミセス・ミナジマみたいにご高齢の方が多いから、若い子同士が交流を持つのはいいことだよ」


 魔法界には、これまでの【一等星】を含む魔法使い達が連れてきた花嫁が約三〇人いる。

 その大半は何十年前に魔法界にやってきた花嫁ばかりで、マユミのようなうら若い花嫁はあまりいないのだ。

 故にチドリが開いた礼儀作法の教室のように、交流の場を設けて親睦を深めるのだ。 


「そうですね……実は明後日、花嫁を連れて王都観光を予定しているのです。その際に顔合わせするという形で」

「うん、俺はそれでいいよ。シリウスは?」

「ああ、構わない」

「ありがとうます。待ち合わせ場所は『ライター・アンド・リスケット書店』で。明後日にまた」


 王都で一番書物が揃っている店の名前を告げて、レグルスは踵を返して『星の間』を後にする。

 男にしては細い後ろ姿を見送ると、ベテルギウスが思い出したように口を開く。


「あ、そういえば……シリウス。お前はあの話を聞いたか?」

「あの話……?」


 一体何が分からず首を傾げる私に、ベテルギウスは険しい顔をさらに険しくする。

 そして彼の薄い唇から告げた内容は、私にとって到底無視できるものではなかった。


「コーデリア様……君の義母君が、ご子息のアレン様に許嫁を宛がわれた。その許嫁が……セシリア・サーディス――君の、婚約者になるはずだった公爵令嬢だ」

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シリウスの花嫁 橙猫 @Orangecat0414

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