九重奏Ⅱ
「……頭痛い」
すっかり見慣れてしまった自室。私の好みに合わせて、ガーリーな内装と家具などが置かれている。けれど、それすらも今の私、
ピンクと白のカーテンの向こうの外は嫌みなほど快晴で、まるで私の行いを責め立てているようだった。
親睦パーティーから数日経っても、新聞は好き勝手に私を責め立てた。
【一等星】ベテルギウスに選ばれながらも、すでに花嫁のいる【一等星】シリウスに叶わない恋心を抱く『裏切りの花嫁』って。
今日も届いた新聞にもその文字があって、私は杖を振るって新聞を細切れにした。
「好き勝手に言ってんじゃないわよ……!」
私は自分の気持ちを裏切っていない。身売り同然に花嫁にした男より、パーティーで出会ったあの美しい人に先に恋していた。
だからこそ、また会えた時にあの人の妻になりたいという想いが膨れ上がって、あんな場所で告白した。
それに後悔はない。そもそも、好きでもない男に選ばれて、この世界に連れてこられたことが許せない。
しかも、今回の件でルベドの人達から批判された。
「ベテルギウス様に選ばれておきながら、シリウス様に告白なんて」「あなたは花嫁としての自覚が足りなすぎる」「あの御方がお優しいからといって、我儘はいい加減にしてください」……って、好き勝手にぎゃーぎゃー責め立てる。
前から陰口として言われていたけど、新聞のせいで更に拍車がかかってしまった。
何よ、そっちだって私のことなんにも知らないくせに。
ベテルギウスの味方ばっかりして。
何も知らない部外者が口を出すのは許せない。
……でも、一番許せないのは、彼女の方だ。
確かに顔は整っているでしょうけど、それ以外は平凡。むしろあの人の引き立て役すらなれてないのに、我が物顔でシリウス様の隣にいる。
それよりも気に食わないのが、一〇年も前からシリウス様の花嫁になることを約束したことだ。
いくらシリウス様が覚えていたからって、そんな小さい頃に交わした約束なんて時効も同然。
なのに……当たり前みたいに、彼の花嫁になった。
ずるい。なんの努力もしていないくせに選ばれた彼女が。
ずるい。シリウス様に愛されている彼女が。
ずるい。私よりも幸せになっている彼女が!
嫉妬を燃え上がらせる私に、訪問者を知らせるベルが聞こえてきた。
誰? ベテルギウスの取引相手? でもあいつは王都での仕事があるから、数日は帰ってこないのに……。
なんとなく気になってネグリジェから手近にあったブラウスとロングスカートを着て、身支度を整えてから玄関に向かう。
玄関に続く階段の前で止まって様子を見ると、家憑き妖精のローズが訪問者を迎えていた。
宝石がジャラジャラついた初老の男性。だけど着ているローブは質が良く、きっと王城に仕える魔法使いの一人なのだろう。
男性は階段の前にいる私の顔を見ると、親しみを感じる笑みを浮かべてお辞儀をした。
「初めまして、ミス・ココノエ。私はジェルマ・クォーツネルと申します」
ジェルマ・クォーツネルと名乗ったその人は、魔法界に疎い私のために自分のことを話してくれた。
なんでも彼は、宮廷魔法使いの一人であり、宝石を媒介にする魔法を得意とする【二等星】。
何故そんな人がこの屋敷に来たのか分からないが、ひとまずサロンに案内させた。
この屋敷のサロンは日当たりがよく、ルベドでは染料として扱われている花々が花瓶に生けられている。
薔薇みたいに可憐な花々だけど、私にとっては嫌な記憶を思い出させるものでしかない。
ローズが持ってきたハーブティーを飲みながら、私は目の前のソファに座るジェルマ様に話しかける。
「……それで、何の御用ですか? ベテルギウスは外出中ですが」
「いいえ、ベテルギウス様にはご用はありません。……むしろミス・ココノエ、あなたにご用があるのです」
「私?」
「ええ。実は私、宮廷魔法使いとして働いておりますが、魔法道具や装飾品の工房の工房長を兼業しているのです」
聞けば、ジェルマ様の実家であるクォーツネル家は、元々魔法石や鉱石の採掘産業を生業していて、貴族向けの魔法道具や装飾品を作っている。
今回の訪問は、花嫁である私に装飾品を売るためにやってきたといことだ。
訪問理由を聞いて納得していると、ジェルマ様は持参していたトランクをテーブルの上に置いて開ける。
どうやらただのトランクではなく、宝石を収納させる
真っ白なクッションが敷き詰められていて、そこには整然と設えられた装飾品が入っていた。
大粒のダイヤモンドがついた指輪、カラフルな色をしたサファイアがついた首飾り、真っ赤なルビーと純金のイヤリングなど……一目で分かるほど高価なものがずらり。
でも、私はそれを買う気はなかった。ここで何かを買ったら、きっと今度は金目当てだと何も知らない記者達に叩かれると思ったから。
そんな私の心情を察しているのか、ジェルマ様は恭しい手つきでトランクを閉じた。
「ミス・ココノエ……最近世間を騒がせているあなた様の記事を拝見しました。この世界の者達は、ちょっとした話題に食いついて、好き勝手に騒ぎ立てる。ですから……私もあなたのお気持ちがよぉく分かります」
「ジェルマ様……」
「そこで、ミス・ココノエにぴったりの装飾品がございます」
ジェルマ様はローブの内ポケットから手の平サイズの小箱を取り出す。
ファイアーオパールという赤みのあるオパールは、シャンデリアの光を浴びてキラキラ輝きながらクッションに鎮座している。
「綺麗……」
「こちら、我が領地で採掘されたファイアーオパールの中では最高品質……トップクォリティと呼ばれるものでして。今回、ミス・ココノエのお渡しするためにこのようにブローチとして細工致しました」
「あの、これ値段とか……私、ベテルギウスからお金は受け取ってないから……」
「いいえ、こちらは
こんな高価な物を無償で受け取ってしまうという後ろめたさはあったけど、今の私にこんなに親身になってくれる人はいない……。
結局、私はジェルマ様の厚意に甘えてブローチを受け取った。
彼を見送って、自室に戻った私はベッドの上に座り込んでブローチを眺める。
精緻な細工がされた純金のフレーム。オパールはフレームに合わせて菱形にカットされていて、窓の外から差し込む日差しを浴びて赤や橙色と色を変えて輝く。
『火』と名付けられているだけあって、このオパールはまさに火のようだ。
熱くもなければ冷たくもない、優しい温度をした火に。
「本当に綺麗……」
うっとりと魅入られたように、オパールを見つめ続ける。
やがて日が傾いて、空が赤橙色に染まっても、私は飽きずにオパールを眺める。
それくらい、今の私はその輝きに夢中になっていた。
夕日を浴びて、オパールがさらに輝きを増す。
それは、『火』のような優しい赤ではなく。
これは…………まるで…………………ああ、そうだ……。
(まるで―――血の、ような―――あ、か――――)
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