13.誘拐のち置き去り

 お茶を終えると、千鳥ちどりさんはその足で家に帰ってしまった。

 事前に馬車(馬車は馬車でも、馬ではなく天馬てんまだが)を呼んでいて、彼女は淑女然とした態度のまま乗り込んでしまった。

 空を飛ぶ馬車を見送ったわたしは、エリーに片付けを任せて、トム達が遊んでそのままになっているおもちゃを片付ける。


 妖精の中には物作りが得意な子がいるらしく、剪定された木や枝などで楽器やおもちゃを作っている。

 どれも妖精サイズのせいで小さいけど、魔法を使えばそんなものはすぐに片付ける。ジーンズの後ろのポケットに突っ込んでいた杖を取り出し、一振り。

 するとおもちゃは宙に浮いて、近くに置かれたおもちゃ箱(これも妖精サイズ)の中に収められていく。


 こういった浮遊魔法は家事や片付けをするには便利で、エリーもよく料理する時に使っている。

 前に厨房の冷蔵庫に入っていたオレンジジュースを飲んでいた時、鍋に皮を剝いたニンジンを宙に浮かせて、同じように浮かせた包丁を操って乱切りにして鍋に入っていくのを見たことがある。

 前に朝市でもシュトルーデルの材料を浮かせながら調理までしたのだから、きっと魔法界の魔女達は当たり前のように使っているのだろう。


「あー、マユミ様ー。片付けてくださってありがとうございます~」

「トムこれで何度目? 今はいい魔法の練習になってるけど、今回で最後だから」

「うう、マユミ様も主様と同じこと言う~」

「……ところで、この前厨房の戸棚にあった未開封のイチゴジャムが、何故か開いていて中身が半分もごっそりなくなっていたけど……」

「あ、おもちゃありがとうございます~。では失礼しまーす!」


 厨房のイチゴジャムについて話すと、トムは笑顔でおもちゃ箱を持って住処がある森へ飛んでいく。

 ……あの様子、やっぱりトムが犯人ね。でも、トムの他にイチゴが好きな妖精がいるから、きっと複数犯だろう。

 後でエリーに報告しようと思いながら屋敷に戻ろうとした。


 背後で羽撃はばたきと馬の嘶きが聞こえてきた。

 振り返ると、門の前には千鳥さんが乗った空飛ぶ馬車。四頭立ての箱馬車は、この世界では王族か【一等星】、それとお金をたくさん持っている貴族様のみ。

 シリウスは普段あまり空飛ぶ馬車を使わないが、屋敷裏にある厩舎にも天馬がいる。普段は森で遊ばせていて、たまに空を飛んでいるところを見かける。


 でも、今はそれ以上に何故その馬車がここにあるのか。

 それに馬車の扉に施されている棍棒を持った男の紋章を持っているのは、ベテルギウスと【一等星】の一人であるリゲルだけ。

 つまり……この紋章が施された馬車に乗っている該当者は二人。


 一人は、ベテルギウス本人。

 そしてもう一人……。


「……かなでさん」


 魔法によって自動で開かれた扉から現れたのは、今魔法界で『裏切りの花嫁』と蔑称を与えられてしまった奏さん。

 彼女はフリルがついたシャツブラウスとミニスカートを合わせた格好をしているが、色合いがおかしい。

 奏さんの服は何度も見ているけど、歩美あゆみと同じでピンクや白など可愛らしい色をしていた。だけど、今着ている服は薄いグレーと黒。彼女の好みとは正反対だ。


 しかもシャツブラウスの首元に結ばれているリボンの中心には、真っ赤に染まったオパールのブローチをつけている。

 精緻な細工が施されている純金のフレーム。中央は菱形になっていて、オパールもそれに合わせてカットされている。

 宝石についてあまり詳しくないが、少なくともあんな血のように真っ赤なオパールは見たことがない。


「いきなり来てどうしたの? シリウスなら王都に行ってるからいないわよ」

「…………」

「……奏さん?」


 シリウスに会うのが目的だと思って話しかけるも、奏さんは何も言わず、ただただ無言でわたしを見つめる。

 不審に思い近づいてみた直後、彼女はわたしの手首を掴むとそのまま馬車に引きずり込む。


「きゃっ!」


 すぐさま起き上がって馬車を出ようとするも、扉が閉まったと同時に首筋に何かが刺さった。

 ――杖だ。ハニーブロンドに染まった杖は、持ち手と柄の間に琥珀色の石……『陽染そぞめの石』が埋め込まれている。


「動かないで。こっちは少し早く魔法界に来てるから、あなたの意識を奪う魔法くらい知ってる」

「……こんなことして、何が目的なの?」

「ちょっと人に会ってほしいの。大丈夫、用が済めばちゃんと帰れるから」


 人に会う? こんな誘拐紛いしないといけないの?

 そう疑問に思うも、杖を突きつけられた以上、わたしに出来ることは少ない。

 渋々従うと、彼女は姿勢をそのままに空いている片手で壁を二回叩く。


 天馬はその音に反応して羽撃き、馬車が少しだけ揺れる。窓の外は日が沈み始めていることもあり、オレンジ色に染まろうとしていた。

 何か話そうと思うも、杖を突きつけられている以上、それは出来ない。

 それどころか、奏さんの目はどこか虚ろだ。光がないというか……まるで、感情の一部を削ぎ落されたような感じがする。


 窓から見える景色は辛うじて街並みと森が見える程度で、もしここから飛び降りるものなら即死は間違いなしだろう。

 そう思いながら、なんとも場違いにも外を眺めるわたしは、きっと周りが見たら『おかしい』と口を揃えて言うだろう。


 もちろん、わたしだってあまり理由を知らず連れて行かれて動揺していないわけではない。

 でもこういう時、何より大切なのは冷静さ。そして、状況把握。

 ひとまずわたしは、今までの奏さんの行動を思い返しながら推測を立てた。


 奏さんの性格上、ここまでの行動力はあるとは思えない。

 こう言っては失礼かもしれないが、彼女の行動は突発的だ。あの親睦パーティーでの告白だって、感情を抑えきれずに起きたものだ。

 それに……いくらわたしが嫌いだからといって、こんな犯罪じみたことをするほど度胸もないはず。


 そうなる、やはりあのオパールのブローチが怪しい。

 あまり宝石に詳しくはないが、少なくともあそこまで赤いオパールはないはずだ。

 あれを外せば、きっと奏さんは正気になる……。確証はないけれどそう思えた。


 そうこうしている内に、馬車は目的地に着いたのかガタガタッと激しく左右に揺れる。

 窓から見えるのは、どこかの森の中にある屋敷というだけ。

 それ以上確認したくても、杖が首筋に痛いほど食い込んできて身動きが取れない。


「降りて」

「…………」


 有無を言わせない口調に、わたしは黙って扉を開けて馬車から降りる。

 直後、トンッと背中を押された。

 流石にこれには上手く反応できず、受け身も取れないままそのまま石畳の上に倒れる。


「か、奏さん……!?」

「これで……彼は私のものになる……」


 驚くわたしを余所に、譫言うわごとを呟いた奏さんはそのまま扉を閉めると、馬車は再び空へと飛んで行ってしまう。

 遠ざかる馬車を見て、流石のわたしも呆然としてしまう。


「ゆ、誘拐の上に置き去りとか……っ。絶対に帰ったら一発殴ってやる!!」


 女の子ならここは平手だろうが、こう言ってはなんだが生憎わたしはそこまで人は良くない。

 だからあの可愛い顔に一発入れないと気が済まない。怒りのままに立ち上がると、背後で靴音がした。

 思わず振り返ると、そこにいたのは黒いローブを着た初老の男性。


 品のいいローブの上に純金で出来た首飾りを付けていて、そこには様々な色をした宝石が埋め込まれている。よく見ると皺だらけの手にも同じように指輪、司教が被っていそうな帽子にも宝石がついている。

 まるで、宝石を纏う魔法使いのよう。


 ……きっと、あのオパールのブローチは、この人が作ったものだ。確証はないけれど、何故か確信した。

 男性は警戒心を露わにするわたしを見ると、口元に笑みを浮かべながら頭を下げる。


「初めまして、マユミ・タカナシ嬢。私の名前はジェルマ・クォーツネル。王宮に仕える魔法使いの一人でございます」

「……初めまして、ジェルマ様。単刀直入にお尋ねしますが、奏さんに何かしましたか?」

「いいえ? ですが、彼女の感情をちょっとばかり操りました」

「操った?」

「ええ、少しだけ私の言うことを聞く程度です。それと記憶を曖昧にする魔法を少々。……ですが、それ以外は全部彼女の意思です。あなたをここに連れて行くと決めたのも、排除しようとしたのも」

「……そう」


 ジェルマ様の話は聞いて、わたしは落胆したりショックを受けていない。むしろ、想像通りだと思った。

 奏さんは、あんなことしてまでシリウスの花嫁になることを切望していた。たとえ悪い魔法使いに操られたとしても、彼女ならば乗るだろう。

 わたしという障害物を消すためならば。


「……それで、あなたは一体わたしに何をしようというの?」

「いいえ、そこまで手荒な真似はしません」


 ジェルマ様の腕が少し動いたのを見て、わたしはすぐさま杖を抜こうとするも、それは一瞬で弾き飛ばされる。

 カランッと音を立てたそれを取りに行く暇もなく、彼はわたしの前に一つの宝石を見せる。

 それは、渦巻に似た縞模様をした深緑色の瑪瑙めのう。それが見つめていると、司会がぼやけていき、意識が朦朧としていく。


(ま、ずい……、シリウス……っ)


 愛しい人の名を呼びたくても、弛緩していく体ではなす術はなく。

 ジェルマ様の笑みを最後に、わたしの意識の糸がぶつりと音を立てて千切れた。 

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