11.波紋
『親睦パーティーに起きた裏切り! 【一等星】ベテルギウスの花嫁、公衆の面前で大胆告白!!』
親睦パーティーの翌日、エリーがアイロンがけしてくれた新聞の大見出しがそれだった。
この世界の人物画や新聞を含む写真は動くため、新聞に載っている
写真の周りに書かれた記事は、親睦パーティーでの出来事を事細かに書かれていた。
どうやらこの記事を書いた記者は、奏さんを世間の退屈を紛らわせる刺激という名の
『仮にも【一等星】ベテルギウスの花嫁でありながら、【一等星】シリウスに愛を告げることはあまりにも愚かな行為である。この出来事にルベドで暮らす住民達の怒りは激しく、速やかな婚約破棄と花嫁の人間界送還を【一等星】ベテルギウス本人に願い出ている』と書いている。
しかも困ったことに、これが嘘ではなくちゃんと事実に基づいていることだ。
他にもベテルギウスと奏さんの仲はあまりよくないことや、『花嫁としての自覚が足りない』や『すでに花嫁のいる魔法使いに懸想するなど恥知らずにもほどがある』など言ったルベドの住民の声も書かれている。
朝食を食べる手を止めて新聞を穴が開くほど読んでいるわたしに、シリウスが魔法で新聞を没収した。
「あっ」
「朝食が冷める。エリーが怒る前に早く食べなさい」
「はーい……」
昨日が親睦パーティーだったことで、今日の朝食作りを免除されたわたしは、エリーが作ってくれたご飯を食べる。
今日の朝食のメニューはイングリッシュマフィン。カリカリに焼いたベーコンと
サイドメニューのジャガイモのスープはほっこりとした優しい味わい。サラダも新鮮なレタス、トマト、キュウリが入っていて、特製ドレッシングがよく合う。
「それにしても、結構ひどい内容だよね……。ベテルギウスは大丈夫かな?」
「一応、今朝手紙を出しておいた。……が、この様子ではミス・ココノエは当分外出できないだろう」
「そっか……」
奏さんの境遇には同情するが、世間一般の認識では今回の件は完全に自業自得になるだろう。
いくらシリウスのことが好きだったとはいえ、あんな風に告白するのは悪手だった。
ベテルギウスも、彼女の好きな人についてもっと知っておけば、あんなにショックを受けることなく、もっと好きになって貰えるよう努力したかもしれない。
だが、それは全部結果論。今回の新聞によって、奏さんだけでなくベテルギウスにも何かしらの誹謗中傷を受けるだろう。
奏さんにもベテルギウスにも幸せになってほしいのに、中々上手くいかない。
世間の理不尽というのは、わたしが思う以上に意地悪いようだ。
「マユミ様~、それ以上葉っぱを切らないでください~!」
「あっ」
トムが制止をかける声を聞いて我に返る。
今日の温室の仕事は、
セイビカスは、花弁の色が朝は白く、夕方になると濃い桃色になる、芙蓉と同じ性質を持った植物だ。
だけど、芙蓉と違う点が一つだけある。それは、夜――特に満月の日になると黄金に輝くことだ。
この夜に色が変わったセイビカスの花弁は、魔法では治療できない傷――呪いなどによる裂傷などを治す薬の材料になる。
なるべく多くの夜のセイビカスの花弁を採取するためには、栄養が行き渡らない蕾や葉を切らなければならない。
今日はその作業をしていたのだけど……わたしが任されていたセイビカスは、葉っぱがほとんど切り落とされた状態だった。
一応取ってはいけない蕾は残っているけど、葉っぱに至っては足元に切らなくていいものも混ざっていた。
トムが止めなければ、今頃このセイビカスは丸裸になっていたに違いない。
「……ごめん、シリウス」
「いや、大丈夫だ。少し取り過ぎだが、これくらいならすぐ葉が増えるだろう」
近くで見ていたらしいシリウスは、苦笑しながらもわたしを慰めてくれた。
その後、足元に散らばった葉っぱや蕾をトム達に回収させてもらい、その間にわたしは習ったばかりの魔法で作業服から私服に着替える。
頬に着いた土も綺麗に拭って、夏らしい若草色のワンピース姿になる。可愛いものをあまり好まない、胸元に控えめなレース飾りがあしらわれたデザインに。
(相変わらず綺麗な服)
今着ているワンピースもそうだけど、これまで着ていた服もドレスも、全部シリウスがわたしのために用意してくれた。
一〇年も大変な仕事をこなし、わたしを迎える準備のために色々と買い揃え、そしてあんな大金を家族だったあの人達に渡した。
彼の深い愛情は疑う余地もない。それはきっと、ベテルギウスも一緒のはずだ。
『あんな顔の悪い、全然魅力的じゃないベテルギウスより、シリウス様の方が私に釣り合っているの!』
昨夜、奏さんが言ったことを思い出す。
彼女にとってベテルギウスは、大して好みではない、身売り同然で花嫁にした男なのだろう。
それ以前に彼女は『シリウスと釣り合っている』と言った。それは彼女がシリウスのことを容姿だけで好きになっただけということだ。
そんな人に、彼の花嫁の座を明け渡すことはできない。もちろん元々そのつもりもないけど。
そもそも奏さんは、花嫁になった経緯と見た目だけでベテルギウスを嫌っている。まともに話せば彼がいい人だと次第に分かるはずなのに、彼女はその理解すら放棄している。
今は外出禁止で留まっているが、このまま行けばどうなるか分からない。そこまで考えて、わたしは今朝の新聞の記事を思い出す。
「そういえばさ、今朝の新聞に書いてあった『人間界送還』ってどういうものなの?」
「文字通りの意味だ。何かしらの理由で婚約解消された花嫁を人間界に帰すんだ」
「え、それだけ?」
「より正確に言えば、花嫁の中にある魔法界に関する記憶を全て消去し、人間界に帰した後は家族にも同じように記憶を消去させ、齟齬をなくすよう改変させるんだ」
「そうなると……
「当然だ。それに……この人間界送還は、花嫁を見つけた魔法使いがする仕事なんだ」
「……!」
「私は、そんなことをマユミにしたくない」
未来はまだ分からないのに、辛そうに顔を歪めるシリウス。
やっと見つけた運命の相手を手放し、さらに己に関する記憶を消すというのは、きっと彼らにとっては身が切り裂かれるほどの苦痛なのだろう。
なのに、花嫁側は相手のことを綺麗さっぱり忘れて、人間界で自由に生きて、新しい相手と恋をする……想像するだけでもあまりにもひどい。
堪らずシリウスの背中に抱き着くと、彼はビクッと体を震わせた。
単純にタックル紛いに抱き着いたことに驚いただろうけど、お腹に添えられているわたしの手に触れていいのか分からず、中途半端な態勢になっていた。
「わたしも嫌だよ。シリウスのこと、忘れたくない」
「マユミ……」
「わたしは絶対に、あなた以外の人を好きにならない。……だからシリウスも、その……わたしより綺麗な
わたしなりの精一杯のお願いに、シリウスは一瞬だけ息を止めたと思ったら、小さく笑う。
そのまま体を反転させて、真正面になるとわたしの額と自分の額をくっつける。
「もちろんだ。マユミは私の花嫁。それ以外に目移りするなどありえない」
「よかった」
シリウスの真っ直ぐな言葉が嬉しくて、ふにゃりと笑うとそのまま唇を重ねられる。
蕩けそうなほど甘く優しいキス。これを知ってしまったら、手放すことも忘れることもできない。
やがて自然と唇が離れても、わたし達は無言のまま抱きしめ合った。
今はただ、お互いの体温と鼓動を感じたくて。
決して離れないという想いを込めて。
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