九重奏Ⅰ
――一目惚れだった。
一年前、高校三年生になったばかりに招待されたパーティー。
私、
艶やかな黒髪、雪みたいに白い肌、線が細くも精悍な顔立ち、そして……不思議なほど惹き付けられる灰色の瞳。
この世の美をかき集めて作り上げられた作品のような、そんな男性が私から少し離れた場所で異彩を放っていた。
誰かの付き添いらしいその人は、周りに寄ってきた女性達をあまり相手せず、お酒や軽食を軽く楽しんだだけでそのまま会場を去ってしまった。
私は追いかけたかったけど、招待客として挨拶しなくちゃいけなかったし、何より追いかけて声かけるなんて勇気はなかった。
でも、名前だけは知っていた。彼に話しかけて、撃沈してしまった女性達が口を揃えて言っていたのだ。
あの美しい人の名前が、シリウス様だと。
私の家は、両親が大企業とまでは行かないが中小企業並の会社を経営している。
そのおかげで家は他の子よりも大きく、服も周りに比べて質が良かった。
それに、私は世間一般の感覚で言えば『可愛い』方で、よく色んな男の子が声をかけてきたけど、女の子からは『ぶりっ子』と言われてあまり仲の良い友達はできなかった。
でも、それすら気にしないくらい私は幸せだった。
優しい両親と可愛い弟と妹がいて、それに何よりシリウス様がいた。
いつかあの人と付き合えて、あわよくば結婚……なんて、夢見がちなことを思うほど夢中になっていたけど、あのパーティー以来シリウス様を見かけていない。
元々、パーティーがあまり好きな人じゃないから、もし見かけたら一年分の運を使い切ったと思っていいほど出席率が悪い。
そんな広大な砂漠から米粒サイズの砂金を見つけるほどの幸運を手にするために、私は今まで煩わしかったパーティーに積極的に参加するようになった。
もう一度、彼に会って話したい。そして、この想いを伝えたい。ただそれだけのために。
――だからこそ、予想外だった。あの男に見つけられたことが。
「お願いだ、奏! ベテルギウス様の花嫁になってくれ!」
「な、何言ってるのお父さん!? やめて、頭を上げて!」
大学試験で周りがピリピリし出した頃、帰宅した私に待っていたのは父の土下座。
何もかも分からない私に、父は土下座はやめるも項垂れたまま説明してくれた。
「実は……父さんの会社が経営難に陥っていて、大きな負債を抱えているんだ。だけど得意先であるベテルギウス様が、奏が花嫁になれば援助ができ、会社が潰されずに済むと仰ったんだ。頼む、家族のためにどうかベテルギウス様の花嫁に……」
「き、急に言われても困るよ! それに私、好きな人が……」
「その人とは付き合っているのか?」
「それは……違うけど……」
「なら、酷だと思うがその人のことは諦めてくれ。向こうは奏の意思を尊重すると言ってくださったが……悪いが、すでに了承の旨を伝えた」
「そんな―――!」
勝手に自分を花嫁にしたことに、私は初めて父に本気で怒った。幼い子供みたいに癇癪を起こして、その日は一日部屋に閉じこもって泣き喚いていた。
それからも何度も花嫁の件は断ってとお願いしても聞き届けて貰えず……抵抗虚しく、私は高校卒業と同時にベテルギウスの花嫁になった。
流石にベテルギウスが魔法使いで、しかも魔法界っていう異世界に暮らすことになったのは想定外だったけど……でも、それさえどうでも思えるほど私の気持ちは最悪だった。
「改めて初めまして、ベテルギウスです。俺の花嫁になることを了承してくれて嬉しいです」
私を身売り同然で花嫁にした男は、シリウス様とは正反対だった。
棘みたいに硬い銀髪、目付きの悪い顔、大きな体格、ギラギラした金色の瞳。
どれもこれも、シリウス様と全然違う。いやむしろ、劣っていた。
「触らないで! 私、あなたなんか大嫌い!!」
いくら花嫁になることを望まれても、私にとっては好きでもない男との政略結婚。
冷たい態度を取って、罵詈雑言を飛ばせば、早く私を嫌って自由にしてくれると願った。
幸い、シリウス様もベテルギウスと同じ魔法使いで、花嫁がいないと聞いていたから、解放されれば一目散に彼の元へ行けると思っていたから。
……だけど、ベテルギウスは一向に私を嫌う素振りを見せないどころか、歩み寄ろうとウザく絡んでくる。
家憑き妖精のローズからは冷たい目を向けられて、喋らなくてもまともに花嫁の役目を果たさない私を責めていた。
何よ、何よ……っ。あなた達が勝手に私を花嫁にしたんじゃない。
私はシリウス様の花嫁になりたかった。ベテルギウスの花嫁になりたくなかった。
返して。返してよ。私が手に入れるはずだった幸せな人生を――――!!
そんな憂鬱な日々を過ごしていく内に、私は親睦パーティーに参加するために、先々代シリウスの花嫁・
千鳥さんは他の花嫁達からもマナーを教えてほしいと頼まれていて、あまり気乗りしなかったが交流の意味を込めて渋々参加することになった。
初めて会った他の花嫁――
二人とも、自分を花嫁にした【一等星】に愛されていて、羨ましかった。
ミナは私の態度を見てあまり接してこなかったけど、愛結はとても癇に障った。
何も知らないくせに上から目線で説教して、自分が幸せだからって調子乗っている。
よく私に陰口を言っていた女子と同じくらい、愛結のことが嫌いになった。
あんな子を花嫁にした魔法使いの顔を見てやりたい。きっと彼女と同じで性格の悪い男だろうと、あの時はそう思っていた。
そして親睦パーティー当日。
先に大広間にいた私は、後から愛結が入場してくると知っていたから、彼女を花嫁にした【一等星】の顔をこの目でぜひ拝んでやろうと思って大広間の扉を見ていた。
大きく開かれた扉から入場してきた愛結とその【一等星】。相手の顔を見た瞬間、私は息を呑んだ。
愛結を花嫁に選んだ【一等星】は、シリウス様だった。
シリウス様の美しさは磨きがかかっていたけど、ドレスアップした愛結はそれに引けを取らないほど綺麗で……腕を組んで一緒に大広間に入ってきた二人の顔はとても幸せそうだった。
それを見た直後、私の足元はガラガラと崩れた。
(愛結が、シリウス様の花嫁?)
こんなの悪い冗談だと思った。
でも二人がしている指輪の輝きが、繋いだ手が、互い浮かべる笑みが。
全部本物だと思い知らされる。
(――――ずるい)
ずるいずるいずるいずるいずるい!!
どうして!? どうしてあなたがシリウス様の花嫁なの!? 本当ならそこにいたのは私なのに!
返して! 返して! その
内で暴れる感情を抑えきれず、気づけば私はシリウス様に告白した。
でも結果は惨敗で、しかも公共の場だったから野次馬達から嗤われてしまった。
今すぐ消えたくなりたくて、脇目も振らず中庭に逃げたのに、またしてもあの女が追いかけてきた。
愛結。私の好きな人の花嫁。私の幸せを奪った女。
一〇年も前にシリウス様の花嫁になることを約束したとか、そんなの知らない。
ただただ羨ましくて、ただただ憎かった。
「愛結さえ……愛結さえいなくなれば、私がシリウス様の花嫁に……っ」
ぶつぶつと呟きながら、王城の前に停まっていた天馬の馬車に乗って、帰りたくないけど帰らなくてはいけないルベドの屋敷に一人で戻る。
その時の私を、誰かが窓越しに見ていたことを知らないまま。
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