シリウスⅡ

 最悪だ。せっかくの宴の日に、ここまで最悪な気分にさせられたのは久しぶりだ。

 私、シリウスは王城から割り当てられた休憩室もとい【一等星】か特別な客をもてなす部屋に向かっていた。

 あそこならば、いくら花嫁といえど辿り着けることは難しい。たとえ辿り着けたとしても、案内されるのは自分を花嫁にした【一等星】の部屋だ。


 そう思いながら絨毯敷きの廊下を歩いていた時だ。

 前方から歩いてくる一人の男を見つけ、思わず顔をしかめた。

 その男は今宵にはそぐわない古めかしいローブ姿。首には様々な種類の宝石が埋め込まれた純金製のネックレスをジャラジャラつけ、枝みたいな両手の指にも同じく純金製の指輪をつけている。さらに頭にはミトラという宗教冠に似た帽子を被り、それにも拳大のルビーと純金の飾りがつけられている。


 この男は、【二等星】ジェルマ・クォーツネル。魔石や鉱石の採掘産業を生業にしている【一等星】カノープス――正確に言うと、その三代前に生まれた子供達の一人の孫だ。

 三代前のカノープスは、【一等星】の暮らしを手放したくないがためだけに、正妻だけでなくたくさんの愛人を娶り、欲望の赴くまま子供を作る男だった。

 正確な数は知らないが、少なくとも三〇人はいたらしい。


「これはこれは、シリウス様。もう休憩に?」

「久しいな、クォーツネル卿。少し場の空気に酔ったのでな」


 白々しそうな笑みを浮かべる男に、私もなるべく平然を装って対応する。

 三代前のカノープスは三〇人も子供を作ったにも関わらず、どの子供は全員【一等星】の器に選ばれなかった。そのことで荒れに荒れ、女子供問わず容赦なく暴力を振るい、中にはそれによって死んだ者もいた。

 その暴力性によって次代のカノープスに危害を加えると考えた当時の国王陛下は、三代前のカノープスを地下牢に幽閉された。次代のカノープスはまだ存命していた四代前のカノープスによって育てられ、三代前のカノープスは魔力が移り終わった頃に国王によって処刑された。


 生き残った女達は王族の計らいによって新しい嫁ぎ先に行くか、再婚せず独り身のまま一生を終えた。

 同じように生き残った子供達も、自分を生んだ母と一緒に再婚相手の元に行き、カノープスによって母を亡くした者は子供のいない家の養子になった。


 この出来事は『カノープスの暴虐』として後世に伝わり、以降カノープスに選ばれた者達と王族は過去の贖罪として、毎年夏に死んだ女達と子供達の慰霊碑に花を手向けている。

 そして、目の前にいるジェルマの祖父は、クォーツネル伯爵家に養子になった子供の一人なのだ。


「そういえば、花嫁を見つけられたとは。【一等星】の血を引く者としてお慶び申し上げます」

「祝いの言葉、感謝する」


【一等星】の血を引く者……な。

 たまにいるのだ、【一等星】の血を引くことをダシに、マウントを取る者が。

 特に、私のようにあまり良い生まれではない者に対しては。


「それにしても花嫁……いやぁ、羨ましいですな。私ももう少し若ければ、花嫁を見つけられたのに……」


 私が何も言わず黙っていることをいいことに、わざとらしく顎髭を撫でるジェルマ。

 すると、彼は名案とばかりに手を叩いた。


「ああ、そうだ! シリウス殿、一日でもよろしいので貴方様の花嫁をお貸しして頂いても――」


 直後、私はジェルマの喉元に杖先を突きつける。

 グリッと杖先が薄皮部分に食い込み、ジェルマはただでさえ青白い顔をさらに青くした。


「――これ以上ふざけたことを抜かすなら、今すぐ息の根を止めるぞ」

「……ッ!」

「今の私は大変機嫌が悪い。戯言を吐く暇があるのなら、さっさとこの場から去ることをお勧めしよう」

「ど、どうやらそのようだ……、では私はこれで失礼しよう……」


 私の本気度を伺えたらしいジェルマは、引き攣った笑みを浮かべながら杖からゆっくり離れ、そのまま足早に立ち去る。

 その後ろ姿を見届けることなく、私は部屋に入るとそのまま上着を三人掛けソファに乱雑にかけるとそのまま寝転び息を吐く。


(クソ……今のでさらに疲れた……)


 目の前のシャンデリアの灯りすら鬱陶しく感じながら、片腕で目を覆い隠した。

 パーティーは嫌いだ。下心しかない女や、汚い欲を抱える男しかやってこない。

 いくら王弟殿下の主催とはいえ、本当ならこういった催しには参加したくないが、【一等星】は王族に忠誠を誓っている身。王命には必ず従わなければならないし、今回のようなパーティーは参加しなければならない。


 頭では分かっていても、やはり煩わしいことこの上ない。

 さらに、ミス・ココノエの告白。あれが一番私の怒りを刺激させた。

 ベテルギウスは怖い見た目で誤解されがちだが、根は真面目で心優しい男だ。最初は彼を怖がっていたご婦人方はいたが、今では他愛のない会話をするほどには打ち解けている。


 なのに……その花嫁は、いくら両親から頼まれたとはいえ、良くしてくれている彼を拒絶するだけでなく、私に告白など……ふざけているにも程がある。

 私が妻にするのは、後にも先にもマユミだけだ。

 愛しい彼女の姿を思い浮かべようにも、先の出来事がさらに苛立ちを募らせ、私は舌打ちをしながらソファから起き上がる。


「シリウス、いる?」


 その時、ちょうどノックと一緒にマユミの声が扉越しから聞こえてきた。

 彼女の声を聞いて、幾分か気持ちが楽になった私は、指を鳴らして扉を開けた。

 杖を使わない魔法は【一等星】を含めてどの魔法使い・魔女でも使えるが、基本は簡単な魔法で精一杯だ。こんな風に、扉を開けるような魔法とかな。


「すまない、マユミ。君を置いて行ってしまって」

「それはいいけど……大丈夫?」


 部屋に入ったマユミは、心配そうな顔をしながら私の隣に座る。

 大丈夫、か……一応大丈夫になるだろう。


「ああ。さっきのことは君も驚いただろう?」

「うん。ここに来る前、かなでさんと話したけど……『ずるい』って言われちゃった」

「ずるい?」

「うん。シリウスに選ばれたわたしはずるいって」


 選ばれた。

 確かにあの日、私はマユミを選んだ。それは花嫁になるに相応しい太陽の魔力を持っているだけではなく、彼女の孤独に寄り添いたいと思ったからだ。

 私とマユミは似ている。家族と呼べる人達に愛されず、本当に愛してくれる人はこの世にいない。


 最初は、一種の依存心に近い感情だった。だが月日が経つにつれて、彼女のことが日に日に気になった。

 今は寂しくないか? 母親と一緒に笑っているか? あの日みたいに一人で遊んでないのか?

 そう思うごとにマユミが気になり始め、それが徐々に恋として変わっていった頃、《鴉》を依頼して身辺調査と護衛を任せた。


 その結果、マユミの現状があの時よりもひどくなったと知った時、悠長にする暇はなくなった。

《鴉》から定期的に来る報告を全て読み、義母の企みが実行される日を逆算して、手切れ金を含む大金を持って人間界に行く日を調整して。

 そうしてようやく、私はマユミを迎えることができた。


 依存心はやがて恋心になり、今こうして一緒にいる。

 ミス・ココノエにとって、マユミはとても恵まれていて『ずるい』と思うのは仕方ないだろう。

 だが、ここまでくる道のりはとても険しく辛いものだった。それを知らない者の戯言など知ったことでない。


「……マユミ。周りは君をシンデレラガールのように見ているだろう。私に選ばれただけで、幸せな生活を手に入れたと」

「……うん」

「だが、それは君が人一倍たくさんの苦労をかけて手に入れたものだ。たとえ『ずるい』と『恵まれている』と言われても、恥じることはない。私の花嫁は君以外ありえない」

「うん……わたしも、あなた以外の花嫁になりたくない」


 私の言葉を聞いて、マユミは嬉しそうに顔を綻ばせる。

 その顔を見て頬にキスをすると、彼女は顔を赤らめて恥ずかしがる仕草をするも、同じように頬にキスをしてくれた。それが嬉しくなり、やがて互いの唇同士を重ねた。

 唇の感触と温かさを存分に堪能してからそっと離れた後、私達は額を合わせながら笑い合った。

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