08.パーティー当日

 とうとう親睦パーティーの日を迎えた。

 昨日のレッスンの成果お披露目はなんとか合格を貰い、わたしだけでなくミナも安堵の息を吐いた。

 ……ただ、かなでさんはあの一件のせいでさらに避けるようになり、昨日なんて挨拶だけでそれ以外では一切こちらを無視し話しかけようにも、全身から漂う怒りオーラのせいで近付けないし、送り迎えに来たベテルギウスの態度もさらに刺々しさが増し、むしろ関係が悪化させて申し訳なくなってしまう。


 だから昨日、帰り際に目が合った際にジェスチャーで『ごめんなさい』と伝えた。

 するとベテルギウスは、アイコンタクトで『気にしないで』と言ってくれた。シリウスの言う通り、目つきは怖いけど根はいい人だった。

 関係を悪化させてしまったわたしが言うのもなんだけど、奏さんもそれに早く気付いてほしいと切に願った。


 昨日のことを思い出しながら、わたしは花嫁の証である夜空色のローブを着て、屋敷の門の前で停めてある馬車まで走る。

 通常、こういったパーティーでは、招待客じゃ屋敷で着替えて王城まで馬車で行く。

 だが、セイリオスと王都までは遠いということで、シリウスが用意したドレスが入った鞄を持って向かうことになった。ちなみに、プロキオンを含む他の【一等星】達も同じだ。


 以前のように馬車と汽車を乗り継いで辿り着いた王城は、遠目から見ても聖堂のような荘厳な雰囲気があったが、近くで見るとさらに圧巻されてしまった。

 シリウスにエスコートされるまま王城に入ると、傍で控えていたメイド達が更衣室へ案内してくれる。

 道中、メイド達が熱っぽい視線をシリウスに向けていたけど、シリウスはそれを全部無視してさっさと更衣室へ向かってしまった。た、逞しい。


 そうして案内された更衣室では、すでにミナと奏さんがいた。

 彼女達は手にはわたしと同じようにドレスが入った鞄を持っていて、今まさに着替えようとしていた。

 わたしとミナは軽い挨拶を交わしたけど、奏さんはふいっとあからさまに顔を逸らした。


(うう、まだ怒ってる……)


 彼女から見れば、わたしはとても恵まれた花嫁。

 いくら正論だったとはいえ、それを受け入れるかは個人の問題だ。

 一昨日の自分の過ちに反省しながら、メイド達の手を借りてドレスを着る。


 昔はコルセットを装着させたドレスが多かったが、骨に影響を与えるということで使用を制限され、今ではコルセットなしで着られるドレスが主流になっている。

 シリウスがわたしのために用意した、淡い桃色のドレス。ラインは王道のAライン。肩と二の腕の半分が露出しているけれど、シンプルながら清楚なデザインをしている。


 しかもデザインも色もシリウスが一生懸命考えて選んでくれた。

 そう思うとこのドレスが特別なものに見えてきて、一生大切にしたいと思えた。

 アクセサリーは真珠のネックレスとイヤリング、それとドレスと同じ色をしたリボンとヒール。それらをメイド達の手によって着替えられ、身につけていく。


 髪は甘い薔薇の香りがする香油で念入りに塗り込んでからブラシで梳かした後、三つ編みを左右に一本ずつ作ってシニヨンにする。その時にリボンを一緒に結ぶ。

 化粧もあまり派手すぎないよう控えめにして、真珠のネックレスとイヤリングを身につける。そして最後に、かけていた眼鏡を杖でひと振り。すると眼鏡は形を変えて透かし彫りの髪留めに変わる。


 シリウスが贈ってくれたこの眼鏡は、わたしが魔法をかけることで形を変える魔法道具の一種だ。

 形はイヤリングでも指輪にでも変わり、しかも一度装着すれば何があっても外れないというおまけつき!

 メイドに頼んでリボンと一緒につけれてもらえば、準備万端。


 わたしが着替え終わったと同時に、どうやら残りの二人はすでに終わっていた。

 ミナはシャンデリアの光を浴びて煌めく黄色いドレス。デザインはすっきりとしたスレンダーライン。

 スカートがごく薄いとろみのある布がたっぷりと重なってできているので、動くとふわりと広がるようになっている。髪はいつもの二つ結びをやめ、解いてストレートにした髪に白いレースと真珠がついたカチューシャをつけている。


 奏さんは鮮やかな赤いドレス。デザインは王道のプリンセスライン。リボンやフリルをこれでもかってくらいふんだんにあしらわれている。

 スカートはボリュームを持たせるためにパニエが仕込まれていて、裾から覗くパニエは花弁のようにひらひらしている。髪はあえて手をつけず、大輪の赤い薔薇の髪飾りをつけている。

 まるで童話のお姫様のような格好をしているのに、でも本人が不機嫌そうな顔をしているせいで、せっかくのドレスが台無しだ。


 更衣室の扉がノックされ、最初に入ってきたのはベテルギウス。

 黒いシャツの上に白いタキシードを着た彼は、ここに長いトレンチコートやマフラーがあったら、完全にマフィアみたいな見た目になる。

 ベテルギウスはエスコートのために控えめに腕を出すも、奏さんは汚いものを見るような目をしながら睨み付け、そのまま素通りして更衣室を出てしまう。


 しょんぼりと肩を落とす彼が出て行くのを見送ると、今度はプロキオンが入って来る。

 プロキオンはライトグレーのタキシードを着ていて、ベストとタイも同じ色。彼の色素の薄い金髪とマッチしていて、二人の衣装の色合いがまるで太陽と月のようだ。

 慣れた様子でエスコースされて去っていく二人。残されたわたしはぼーっと天井に吊るされているシャンデリアを眺めていると、扉がノックされ開かれる。


 入ってきたのは、わたしの待ち人であるシリウス。

 プロキオンと同じデザインの黒いタキシードを着た彼は、いつものローブや私服の時と違い華やかな雰囲気がある。

 ベストもタイも同じ色だけど、それが逆に彼の肌の白さが浮き彫りになり、灰色の瞳に自然と吸い込まれていく。


「……………………」

「……おい。何かないのか?」

「似合ってます。眼福です。最高です。ありがとうございます」

「拝むな!?」


 あまりの美しさに見事やられてしまい、自然と合掌してしまった。

 南無南無言いながら拝み続けるわたしに、シリウスは苦笑しながら自然と片手を取り、そのまま手の甲に唇を落とした。

 ま、まさかの王子様キス! この人はわたしを殺す気ですか!?


「どうやらお気に召したようで何よりだ」

「そ、それはもう……ねえ、帰ったらまた拝んでいい?」

「だから拝むな」


 呆れながらも腕を組まれ、エスコートされたのは豪華絢爛な大広間。

 広間の角で控えたオーケストラが美しい音楽を奏でていて、その両壁際では料理が乗せられたテーブルがいくつもあり、誰もがグラスを手に談笑している。

 だけどわたしとシリウスが入場すると、一瞬にして談笑が止まる。会場にいる招待客の視線を受けながら、ゆっくりと大広間に足を踏み入れる。


 誰もがこちらを見ながらヒソヒソと話しながらも、視線はわたし達から離さない。

 中には嫉妬や羨望が入り混じったものもあり、思わずシリウスの腕をぎゅっと握ってしまう。

 それを見て、シリウスは優しい笑みを浮かべる。


「大丈夫だ。何があろうと、君は私が守る」

「……うん」


 彼の言葉に安堵の息を漏らすと、大広間の二階のテラスみたいに出っ張っている場所から豪奢な衣装を纏った男性が現れた。

 年は三〇代後半から四〇代半ばほど。ベージュの髪と瞳、そして柔和な面立ちをしている。

 彼こそが、この魔法界を統べる王族の一人。現国王の王弟おうてい殿下、アルフォード・ロイ・ベルス・ニュクス。


 この魔法界では【一等星】を除いて、平民貴族問わず名字がある。

 中でも『ニュクス』は王族出身者にしか与えられず、降嫁した王女は嫁いだ家の名字の前にこの名字をつける。

 王弟殿下の登場に、オーケストラは音楽を止め、その場にいる誰もが頭を垂れる。もちろん、わたしもシリウスもだ。


「顔をあげておくれ、兄弟達。今宵は新たな顔や懐かしい顔がある。身分も、地位も気にせず、存分に宴を楽しんでくれ!」


 アルフォード様のお言葉により、周りにいた招待客達は歓声を上げると同時に、杖を出して花火を上げる。

 シリウスも同じように花火を出していて、わたしも見様見真似で花火を出す。綺麗な紫色の花火が杖先から出ると、それを見たシリウスはさらに銀色の花火をいくつも出す。


 もちろん知り合いも同じように花火を出している。

 プロキオンは金色、ミナはオレンジ。一番気になるベテルギウスは水色で、周りの空気に逆らえず渋々やっている奏さんはピンクだ。

 煙を上げない花火が消えると、アルフォード様は嬉しそうに頷きながら給仕からシャンパンが入ったグラスを受け取る。


 もちろんわたし達も飲み物が入ったグラスを受け取った。

 中身は……匂いからして、マスカットのジュースかな? 未成年だからありがたい。


「では、今宵も素敵な宴になることを願って――――乾杯!」

「「「乾杯!!」」」


 一斉にグラスを掲げ、澄んだ音があちこちに響く。

 それが合図のように、オーケストラは再び美しい音楽を奏で始めた。

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