シリウスⅠ

「この色……いや、こっちがいいか……?」


 王都の西区――服飾や鍛治など生活に必要な道具を作る工房が立ち並ぶ区である。

 その区には『オリオン工房』という平民貴族問わずドレスだけでなく少し上質な平服を仕立てることで有名な服飾工房がある。

 このオリオン工房は、ベテルギウスが治めるルベトで作られた布と糸で服を作っており、時にはプロキオンのラクーンで育てている魔法生物から採取した毛を織り交ぜて作ることもある。


 その工房から服を卸している服飾店は王都を含めていくつもあり、服を買うだけならば店に行けば済む。

 だけど私、シリウスが服飾店ではなくオリオン工房にいるのかというと、偏にマユミのドレスのためだ。

 自宅には彼女がこれからの生活に困らないよう、衣類や装飾品は用意してあったが、流石に今回ばかりはドレスを一から仕立てなければならない。


 幸い、マユミのスリーサイズは本人が寝ている間にエリーが一寸違わず採寸しており、その辺りは問題ないのだが……ドレスのデザインと色が中々決まらない。

 マユミの肌は黄色人種では白寄りで、髪は紫がかった黒。そう考えると、濃い色よりも淡い色の方が好ましい。

 デザインもまた、フリルやリボンをふんだんに使ったものより、装飾は控えめのシンプルなデザインが似合っている。


「ふふっ」

「……何がおかしい」

「申し訳ありません。ですが、あのシリウス様が花嫁様のためにドレスを仕立てるために奮闘する姿は……うふふっ、とても可愛らしいですわ」

「やかましい」


 机を挟むように目の前に座っている婦人を睨みつけるも、彼女は涼しい態度でコロコロ笑う。

 彼女はマダム・ロメルダ。【四等星】の魔女であり、このオリオン工房の工房長を長年務めているベテラン魔女。

【四等星】と【五等星】は主に魔法道具を含む道具や日用品を作る職人を目指している者が多く、彼女のようなベテランになるとこういった大きな工房を任せられるようになる。


 特にマダム・ロメルダは、これまで多くの王侯貴族のドレスを仕立ているし、何より国王の妃達から厚い信頼を寄せられている。

 そんな彼女の見立てならば、きっとマユミに似合うドレスを仕立ててくれると思ってここに来たが……。


「私をおもちゃにするなら帰るぞ」

「まぁまぁそう熱くならないでくださいまし。シリウス様の花嫁様のお話を聞いて、いくつかドレスのデザイン画を用意しましたの。それだけでもぜひ拝見してくださいな」


 私が生地やデザインについて色々考えていた前で、彼女はマユミの話を聞いた上でその特徴を生かすドレスのデザインをいつくも描いていた。

 流石本職、いい仕事をしている。口では出さずともそう思いながら、私はマダム・ロメルダが描いたデザイン画を見る。

 どのデザイン画も華美だけれど、派手ではない。その上で清楚さを感じさせるものばかり。どれもマユミに似合いそうだ。


「わたくし個人としましたら、こちらのドレスはいかがでしょう」


 マダム・ロメルダが数あるデザイン画の中から一枚を選ぶ。

 それは淡いピンクのドレス。肩と二の腕の半分が剥き出しになっているものの、フリルやビーズは一切ついていない。その代わり二の腕の半分と隠す袖と胸元、それと背中部分が薄いピンクのレースになっており、腰には濃いピンクのリボンが結ばれている。

 シンプルながらも清楚で美しいデザインに、私の目も自然と釘付けになる。


 マダム・ロメルダの描くドレスのデザイン画は、女性だけでなく相手の男性すらも魅了する。

 オリオン工房で彼女に仕事を依頼する者は次々とそう言うが、それは誇張でもない純然たる事実だと思い知らされた。

 ……悔しいことに、私自身もこのドレスはとても素晴らしいと思ってしまったのだから。


「ああ……これはいいな。素晴らしいぞ、マダム・ロメルダ」

「それならよかったです」

「では、このデザインのドレスをすぐに仕立ててくれ。間に合うか?」

「ええ。他のお客様のドレスを依頼されましたが、八割ほど終わっています。何事もなければ親睦パーティー前日に仕上がりますので、従業員が直接お届けいたしましょう」

「そうか。ならばよろしく頼む」

「ええ。シリウス様のご期待に添えるよう、全力を尽くしますわ」


 少し多めのチップを入れた依頼費を払い、私はオリオン工房を後にする。

 出る途中で針子らしき魔女が、私を見てきゃあきゃあ騒いでいたが、特に気にせず駅に向かう馬車に乗り込む。

 馬車に揺られ、景色を見ていると、ふと先ほどの態度を思い出す。


(そういえば……騒がれて嫌な気分にならなかったな)


 マユミと出会う前は、近付いてくる女共は皆、【一等星】である自分の地位と容姿目当てだった。

 自分でも言うのもなんだが、私の見た目は他と比べて整っている。だからこそ女から愛欲の目で見られ、男からは嫉妬の目で見られ続けられた。

 あんな風に騒がれた時、いつもイライラして、ひどい時は無言で睨みつけていたが……最近ではそれがめっきり減っている。


 それはきっと、マユミという花嫁を得て、心の余裕ができたからだろう。

 愛する女性がいるという事実は、興味のない有象無象に対して効果が覿面てきめんだ。ちょっと別の方向を見ただけで「視線が合った」だの「気がある」だの好き勝手ほざいてもスルーできるし、「色目を使った」と絡まれても「違う」とはっきり言えるようになった。


 それ以前に、私にはマユミ以外の女性を愛するつもりなどない。

 一〇年前からずっと、私とは違う孤独を抱え、魂が共鳴するように出会った彼女を手放すことなどできない。

 そんな気持ちがあるからこそ、わざわざ王都に出向いてまで彼女のドレスを仕立てに来た。


(人生、何が起こるか分かったものではないな)


 己の変化に驚きながら笑いながら、私は帰路へつく。

 きっとあの屋敷で、愛する花嫁が笑顔で出迎えてくれると思いながら。

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