04.新たな花嫁
案内された応接間は、暖かい日差しがよく入る部屋だった。
壁紙はオフホワイト、床は美しい飴色をしたチェリー材、絨毯は季節に合わせて涼しげな白と水色。
落ち着いた内装をした応接間のソファに座っていると、誰かが扉をノックする。
「お入り、ネモフィラ」
エリーの金髪とは正反対の銀髪。瞳の色は深い青。そしてドレスを思わせる衣装は伝統的な黒。
ネモフィラと呼ばれた彼女は、エリーと同じく無言でテーブルに人数分のお茶とお茶菓子を置く。
お茶菓子はシンプルなバタークッキー。
青いラインが入った白い陶器のお皿の上に列を作るように並べられていて、紅茶はシンプルな焼き菓子に合うダージリン。
運び終えたネモフィラがお辞儀をして退室すると、千鳥さんはカップを手にする。
「……それで。昨日いきなり届いた手紙には、再来週のパーティーのために彼女に礼儀作法を教えてほしいとのことでしたが」
「書いた通りだ。本当なら私もパーティーに参加はさせたくはないが、王弟殿下の命とあっては断れない」
「そうですね。殿下は人の花嫁に手を出すような御方ではありません。ただ純粋にあなたの選んだ花嫁を知りたいだけなのでしょう」
シリウスと千鳥さんが話している間、会話に入れないわたしは気まずくなって自然と顔を俯かせる。
それを見た千鳥さんが、すっとバタークッキーを盛り付けたお皿をわたしの方へ寄せた。
「どうぞ、お食べになって」
「はっ、はい……いただきます」
家主の許可を貰い、わたしはバタークッキーを一枚取って齧る。
何も入っていないシンプルなクッキーは、バニラとバターの風味を感じられて、食感はさくさくだけど口に入れるとほろりととろける。
一枚食べきってから紅茶を飲むと、しっかりした味をしたダージリンが、バタークッキーの甘みを強調させた。
自然とほっと息が漏れる。
それを見て、千鳥さんは優しく微笑む。
「お口に合ったようでよかったわ」
「は、はい……美味しかったです」
「そう。……まったく、こんないい子を花嫁にしていたなんて。どうして教えてくれなかったのですか?」
さっきの微笑みが嘘だったかのように、じとっとシリウスを睨む千鳥さん。
その視線を受けて、シリウスは不機嫌な顔をして紅茶を飲む。
「……あなたのことだ。マユミを気に入れば、何かと理由をつけて私から引き離すだろ?」
「まっ、なんですかその言い方! たとえ血は繋がっていなくても、彼女はわたくしにとっても大切な嫁です。ならば、家族として気にかけるのは当然でしょう」
「私の記憶が正しければ、
「あなたが引き取られる前は気にかけていましたよ。ですが、それを拒んだのは向こうです。まったく、花嫁ではないにしても、【一等星】の妻となったのなら、きちんと役目を全うして……」
そこまで言って、千鳥さんははっと息を呑んで口を噤む。
今の……もしかしなくても、先代シリウスの奥さんの悪口……だよね?
聞いてよかったの? 絶対ダメだよね?
思わずシリウスの方を見ると、彼は露骨に目を逸らした。
こらっ、そこは「気にするな」って言うところでしょ!?
「……失礼、つい私情が。とにかく礼儀作法の件は快く引き受けましょう。ですが、他にもわたくしに指南して頂きたい花嫁があと二人おりますので、そちらとご一緒でもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。一応聞いておくが……誰が来るんだ?」
この魔法界で、魔法使いに嫁いだ花嫁は当然ながら他にもいる。
それはわたしより前……千鳥さんのような夫である魔法使いが他界していまった花嫁や、今も花嫁をやっている女性など様々だ。
だけど、花嫁の数はわたしを入れても二〇人も満たない。
その中でわたしを含める三人が指南を受けるということは、魔法界に来てまだ浅い花嫁なのだろう。
シリウスの質問に、千鳥さんは指を折り曲げながら答える。
「一人目は
知り合いの名前が出てわたしが嬉しく思っていると、千鳥さんは三人目の名前を告げる。
「そして三人目は、ベテルギウスのところの
「ベテルギウス? あいつに花嫁がいたのか?」
三人目の花嫁の名前を聞いた直後、シリウスは目を丸くする。
ベテルギウス……ということは、シリウスと同じ【一等星】かな?
「ええ、あなたより二ヶ月早くに花嫁を見つけたそうですよ。年は愛結さんより一つ上のお嬢さんだとか」
「そうか……あいつに花嫁が……」
「以上、この三名と共に礼儀作法を指南していただきます。もちろん、お望みでしたら延長もございますから」
「え? いいんですか?」
「もちろんです。いくら夫とはいえ、四六時中ベッタリしていては心休まることなんて少ないでしょうし」
意味深な眼差しでシリウスを見る千鳥さん。
……なんだか今のシリウス、子供みたいで可愛いかも。
「とにかく、パーティーまで日数がないのを考えて、明日午前9時からこの家で行います。もちろん、きちんと花嫁としての役割を全うするように!」
「は、はい! よろしくお願いします!」
勢いよくソファから立ち上がり頭を下げる。
それを見て、千鳥さんは小さくも愉快そうに笑った。
♢♦♢
家に戻ると、エリーがすでに夕食の下拵えしていた。
調理台に並ぶ材料を見て、今日の夕飯はビーフシチューのようだ。
(ジャガイモもあるからシェパーズパイと……あ、あの白いのってモッツァレラチーズ? トマトもあるしカプレーゼかな?)
厨房前でじっと見ていると、エリーが無言で扉の前にくるとそのまま閉じられる。
どうやら夕飯の手伝い禁止は、未だ続行中のようだ。
手持ち無沙汰になってしまったわたしは、先程の話が気になってしまい居間にいるシリウスの元へ向かう。
居間の一人掛けソファに座るシリウスは読書中らしく、分厚い本を無言で読んでいた。
だけど、本のタイトルが……『これさえあれば完璧! 毒草全集』っていう、ちょっと怖い名前。
というか、毒って。誰に盛る気なの??
「……ん? マユミ、どうした? そんなところで固まって」
「シリウス……わたしに毒を盛るの……?」
「は? いやいや、違う! これは仕事で資料が必要になっただけだ!」
わたしの突然の発言に、シリウスは自分が読んでいる本に気づいて、すぐさま魔法で転移させる。
きっと書庫に転移したのだろうと思っていると、シリウスは咳払いを一つしてから姿勢を正す。
「んんっ……それで、何か用か?」
「ああ、うん。えっと、さっき千鳥さんが言ってたベテルギウスさんってどんな人なの?」
「何故そんなことを?」
「だって、花嫁がいるって聞いて驚いていたから」
何故か不機嫌そうな顔をするも、すぐに理由を話したら本人は納得したような顔になる。
何だったんだろう、今の。
「ベテルギウスは、代々織物を作り、
「じゃあルベドは、織物工業が盛んなところってこと?」
「ああ。魔法界で作られている服の布は、そこで作られている」
ルベドはプロキオンがいるラクーンと隣同士で、プロキオンが育てている魔法生物の毛を提供し、それをベテルギウスさんのところで布として織っているらしい。
それ故に彼らは友人同士で、東の地にいるシリウスとは仕事以外では接点がないらしい。
「だが数代前のベテルギウスが、商売の手を人間界にも伸ばしたらしくてな。あいつもたまに人間界に出張することがあるんだ」
「ベテルギウスさんは人間界に行って仕事をしているの?」
「ああ。私やプロキオンは魔法界でしか使用できない商品を取り扱っているが、ベテルギウスは人間界にいる普通の蚕も育て、その糸で織った布を呉服屋などに卸しているんだ。もちろん、その呉服屋の主人は全員、ベテルギウスから認可を貰い、人間界でもきちんと手続きを取って営業している魔法界出身者だ」
「へぇ……!」
つまりベテルギウスさんは、人間界にある呉服屋のまとめ役のような存在なのだろう。
シリウスも王命などで人間界に赴く必要のある仕事を頼まれることもあり、ベテルギウスさんとはその際に同行するこがあるらしい。
その際に呉服屋関係で繋がった顧客に招待されたパーティーにも、頼まれて一緒に参加することもあったとか。
「花嫁を迎えたのが二ヶ月前というと、以前参加したパーティーのどこかで見つけたのだろう。仕事上の付き合いしかないから知らなかったな」
「なるほどね。一体どんな子なんだろう、九重奏さん」
わたしとミナと同じ、【一等星】の花嫁になった少女。
一つ上ということは、高校を卒業したばかりなのだろう。わたしは諸事情で高校を中退したことになっているけど、別に未練はない。
そもそも通っていた高校は、
魔法界でミナと友達になれたから、正直奏さんとも友達になりたい。
そう思っていると居間の扉がノックされ、少し開かれた隙間からエリーがじっと覗き込んでくる。
これは……夕食が出来た合図だ。
「さて、夕食を食べるか」
「そうだね」
ソファから立ち上がったシリウスと一緒に食堂へ向かう。
セイリオスの夜は、いつもと変わらず更けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます