03.親睦パーティー
「すまない。すっかり忘れてた」
朝市から戻った後、親睦パーティーのことについて訊いた際のシリウスの言い訳が冒頭の台詞だった。
本当に忘れていたらしく、『王家主催 春の親睦パーティー』と書かれた手紙はよれよれになっている。
「この親睦パーティーって、何をするの?」
「ただ単に春に一度顔を合わせて近況報告したり、あとはダンスや食事を楽しむだけの軽いものだ」
「軽い……?」
仮にも王家主催なのに?
そんな副音声が聞こえたのか、シリウスは力強く頷く。
「ウチの国王陛下は普段から政務でご多忙の身。その代理として、
「王弟殿下……ってことは、王様の弟さんってこと?」
「ああ。国王陛下が表舞台に出るのは、大抵は
「へ、へぇ……」
「対して王弟殿下は、兄である国王陛下の仕事を手伝う傍らで、貴族連中が羽目を外さないよう定期的に催しを開かれる。この親睦パーティーもその一つだ」
なるほど……兄弟で国のバランスを保っているっていうことね。
でも、【一等星】が忠誠を誓う王様相手に『引きこもり』って言って大丈夫? 不敬罪で捕まらない?
「普段は私もパーティーは気が向いた時にしか参加しないのだが……流石に花嫁を迎えたからなのか、必ず出席するよう厳命されている」
「じゃあ、わたしも出席……しないとダメですよね」
「そうだな。だが、困ったな。私は君にそういったことを求めていないのに……」
手紙を読んで頭を抱えるシリウスに、わたしは最初に来た時のことを思い出す。
貴族らしく振る舞いも礼儀正しいけれど、彼はわたしにそういったマナーを身につけることを強要しないと言っていた。
それは単純に礼儀作法とか無縁の世界で生きていたわたしを気遣っていたこともそうだが、彼自身が華々しい世界とは無縁の出自であることも原因のひとつだろう。
【一等星】は一代のみしか世襲されない特別な位で、当代の器が身に宿る魔力に耐え切れなくなった際、新たな器――次代の【一等星】が誕生した〝神託〟が下される。
その際に当代は次代を新たな【一等星】に相応しい魔法使いとして育て、一〇年かけて教養を教え、魔力を移す。
そうして当代は【無星】となり、魔法使いとして一線を退く。
シリウスも亡くなった【無星】の母親から先代に引き取られ、歴代の【一等星】と同じように育てられた。
だけど先代の妻と息子がシリウスを認めず、数々の嫌がらせをしてきたらしい。
でも結局、シリウスが【一等星】になった頃には、先代と一緒に王都の貴族街に引っ越した。
そういった苦い過去のこともあり、シリウスはわたしにあまり息が詰まる気持ちにさせたくないと思っている。
だが、それでもパーティーに参加するにあたって、流石に何もしないというわけにもいかない。
それもシリウスは理解しているようで、頭を掻きながらため息を吐くと、すぐさま杖を振るって羽ペンとメモを宙に浮かせ、そのまま何かを書き始める。
「はぁ……仕方ない。マユミ、すまないがパーティーまでに最低限の礼儀作法を身につけるために、明日からその家で学ぶことになる。流石に突然だから、私も挨拶がてら同行する」
魔法で渡されたメモには住所が書かれていて……場所は王都郊外の屋敷であることだけは分かった。
「わたしは別に構わないけど……これ、誰の家なの?」
純粋に気になって訊ねると、シリウスは苦い顔をしながら答えた。
「チドリ・ミナジマ――先々代シリウスの花嫁であり、先代シリウスの実母。……そして、私の義理の祖母に当たるお方だ」
王都の貴族街は、魔法省のお偉いさんや元【一等星】の家族、さらに昔から王都住まいの貴族が暮らしている。
本来なら先々代シリウスの花嫁であるチドリ様も、その貴族街で暮らすことになっているのだが……彼女は夫の死後、喪が明けてからすぐ王都郊外に居を構えた。
チドリ様曰く、「貴族街はいけ好かない連中が多くてちっとも休めないから」だそうだ。
そんな個人的な理由から、彼女の屋敷は王都から離れてはいるけれど、ギリ圏内という中途半端な土地に屋敷を建て、家憑き妖精の二人だけで暮らしている。
前みたいに馬車と汽車を使うのは時間がかかるということで、今回は転移門で一行くことになった。
転移門というのは、転移魔法をかけたゲートのこと。ただしそこまで大袈裟なものではなく、暖炉や玄関などに転移魔法をかければ、一瞬で完成するというインスタントラーメンも驚きの手軽さなのだ。
……ただ、ここで勘違いしてはいけないことは、転移魔法は転移門みたいに手軽にできる魔法ではない。普通に身につけるだけでも数年はかかる。
つまりそれを簡単にぱぱっとできるのは、シリウスの腕あってこそ。
(【一等星】の力を堂々と使ってるなー……)
【一等星】になった経緯に関しては後ろめたいけれど、力に関しては躊躇なく使う。
彼の合理的な部分を見て複雑な気分になっていると、シリウスは転移門にした
「さて、行くぞ」
「うん」
離れないよう手を繋いで、撞球室の扉を開ける。
一瞬だけ目の前が真っ白になったけれど、すぐに花の香りが鼻腔をくすぐる。
そこは、季節の花々が咲く庭園。目の前には家よりも一回り小さい屋敷……というより洋館があり、こまめに修繕しているのは柱や壁には目立った傷が見当たらない。
ゆっくりと煉瓦の小道を歩き、玄関の扉の前に着くと、シリウスがドアノッカーを三回叩く。
やはり先々代シリウスの花嫁であるためなのか、ドアノッカーは輪っかを咥える大犬の形をしていた。
(先々代シリウスの花嫁……どんな人なんだろう)
祖母というほどだから、きっと年はかなり上だろう。
そう思っていると、玄関の扉がガチャリと開く。
ギギギ……と音を立てて開いた扉の先にいたのは、一人の老女。
白いショールを纏ったラベンダーグレイのドレス。上品に結われた綺麗な白髪。腰は曲がっておらず、背筋をピンと伸ばしている。
素人目から見ても美しく整った顔には、これまで生きていた年月を示すような皺がいつくも刻まれている。
まさに、厳格な女主人と言ってもおかしくないほどの風格を持っていた。
老女はわたしとシリウスをジロジロ見つめた後、無言でドレスの裾を摘まんでお辞儀をした。
これは……カーテシーだ。流石のわたしでもそれは分かる。
「お久しぶりです、当代シリウス様」
「ああ、久しいな。今年の新年の挨拶に行ったっきりだったな」
「ええ、本当に。ロクに手紙の一通も寄越さなかったと思えば、いきなり作法について教えろなど……まったく、人使いの荒い」
「それについてはいくらでも謝罪する。それよりも、私の花嫁を紹介させて欲しい」
そう言ってシリウスがわたしを一歩前に出るよう促される。
直後、こちらを睨みつけるよう視線を向けてきた老女――チドリ様を見て、わたしはばっと頭を下げる。
「た、
緊張のあまり大声で自己紹介すると、チドリ様は小さく微笑むと上品に頭を下げる。
「お初にお目にかかります、当代シリウスの花嫁様。わたくしは
「ち、千鳥……さん」
流石に呼び捨てはできずさん付けで呼ぶと、チドリ様――いいや、千鳥さんはちょっと不服そうな顔をしながらも「まぁ及第点ですね」と平坦な声で言った。
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