02.朝市

 時間と言うのは過ぎるのは早く、約束の日曜日がやってきた。

 今日ばかりは早起きをして、動きやすさ重視した服を選び、身支度を終えたら、しっかりとコートを着る。


 早足で玄関ホールに行くと、新聞を読んでいるシリウスがいた。

 意外と低血圧である彼は、エリーによって叩き起こされたせいで、ちょっと不機嫌そうな顔をしている。

 だけどその顔もわたしを見ると、すぐに笑みを浮かべ、玄関の前で待機しているエリーに新聞を渡す。


「ごめん、待った?」

「いや、平気だ。……にしても、やはり眠いな……」

「朝市を堪能したら、二度寝する?」

「そうだな。その時は抱き枕になってくれるな?」

「うん、いい……って、何言わせようとしてんの!?」


 抱き枕って! 抱き枕って!!

 一気に顔を赤くしたわたしに、シリウスはあははと笑う。

 ク、クソ、またからかわれた!


(……………でも、一緒に二度寝はしたい。ああでも抱き枕は……うぅ~~!)


 そんなジレンマも、馬車に乗ったら嘘みたいに消える。

 王都に行く際に外の景色を見る余裕はあまりなかったけど、ちゃんと見るとその光景に目を奪われる。

 赤煉瓦の石畳と建築物、街灯は等間隔に配置されていて、カフェの朝食目当てに早起きした人々は紅茶を片手に談笑している。


 馬車はガラガラとそこから離れ、ようやく朝市が行われている大通りに到着。

 シリウスの手を借りて馬車から降りたわたしに待ち構えていたのは、予想を遥かに上回る光景。


 広い通路の両脇には数々の屋台で埋め尽くされていて、軒先に並んでいるのは多種多様な品物ばかり。

 採れたて野菜に果物、綺麗な小瓶に詰められた調味料。異国情緒のあるランプや香水だけでなく、美しい食器やアクセサリーも売っていた。


「うわぁ……!!」

「気に入ったみたいだな」

「うん!」


 どれも目移りしてしまうくらい、気になるものばかり。

 目をキラキラさせながら頷いたわたしに、シリウスは目を丸くするもすぐに微笑んで頭を撫でてくれた。

 そうして一緒に歩いていると、屋台の人々がシリウスを見つけると話しかける。


「おや、シリウス様! 花嫁様と一緒に朝市を見に?」

「そうだ。景気はどうだ?」

「上々ですよ」

「今日もこのセイリオスが平和なのはあなた様のおかげでさぁ!」

「しかもこんな可愛い花嫁様をお迎えして……隅に置きませんな!」

「これからもお役目を頑張ってください!」

「ええ、ならシリウス様にはもっと精をつけて貰わないと! 花嫁さん、シリウス様、こちらのセイリオス名産の緋鶏ひどりはいかが? サラマンダーの火で炒めた穀物を食べさせた鶏で、身が引き締まっている上に余分な脂がついていないから、どんな調理法でも美味しくいただけますよ!」


 肉屋の女将さんが鳥籠に入っている活きのいい緋鶏を見せてきた。

 赤みの強い茶色い羽をバッサバッサ飛ばしていて、こっちに向けてくる黒い目は『やんのかオラ?』と副音声が聞こえそうなくらい強い。

 それ見たシリウスは、緋鶏の反骨精神を気に入ったのか、


「女将、そいつを貰おう。まだ見て回るから、二時間後にもう一度立ち寄る。それまでに潰して捌いておいてくれ」

「はいよ!」

「え゛」


 容赦なく購入&解体を女将さんに言い渡した。

 言語を理解していたのか、鳥籠でずっと威嚇していた緋鶏は一回固まると、さらに羽根を飛ばしながら暴れ出した。

「暴れんじゃないよ!」と言いながら奥へ引っ込んだ女将さん。その際に捲った天幕の向こうで、主人らしき男性が暴れる緋鶏の首を片手で握り、そのまま躊躇なく肉切り包丁を振り下ろそうと……したところで見えなくなる。


「……さて、そろそろ朝食を食べに行こう」

「…………うん」


 少しだけ気まずい顔をしたシリウスに促され、わたしは返事だけしてそのまま肉屋の前を去る。

 背後で「コケッ」と断末魔が聞こえた気がするけど……気のせいだと思っておこう。



 目移りする商品を見ながら、たどり着いたのはカフェエリア。

 朝市では新鮮な食材を使っているから、太陽の魔力含有量は普段使っているものと比べて少し上らしい。

 モーニングセットはトーストとベーコンエッグ、それとミネストローネとサラダ、デザートは旬のフルーツ盛り合わせ。基本はこのメニューだけど、スープとサラダとデザートはその週によって違うことがあるらしい。


 注文してしばらくすると、恰幅のいい女給さんが二人分のモーニングセットを持ってきてくれた。

 トレーに乗せられている料理はどれも美味しそうだ。今週のサラダは緋鶏の卵を使ったポーチドエッグが乗ったシーザーサラダ、デザートに使われている果物はメロン、マンゴー、サクランボ、キウイだ。


「すごく美味しそう!」

「ああ。しかも産地直送だから、鮮度がどれもいい」

「じゃあさっそく……いただきます!」


 ちゃんと手を合わせ、最初にスープを一口。

 ……あ、味が深い。トマトの酸味と旨味がしっかりしていて、賽の目にカットされてるニンジンやタマネギは芯が残らないようちゃんと煮込まれている。

 少し肌寒い今日は、このスープの温かさはちょうどいい。


 ほっとひと息吐いてから、次はサラダ。

 シーザーサラダはレタスを主体に、グリルチキン、プチトマト、クルトンが入っていて、さらに酸味のあるドレッシングがポーチドエッグと絡んでマイドルな味わいにしている。

 だが、味よりも鮮度が違う! レタスがシャキシャキしてる。時間が経ったレタスは冷水より温水のほうがシャキシャキ感が戻ると聞いたけれど、採れ立てのおかげでその手間が必要ない。


 トーストも小麦の味がしっかりして、バターを塗ると美味しさがグンとアップ。ベーコンエッグも昔見たアニメ映画みたいな厚切りベーコンを使ってるから、食べ応えがある。

 目玉焼きも黄身がトロトロで、パンと一緒に食べても最高!

 デザートも果物の甘味と酸味のバランスを考えて盛り付けされていたから、飽きずに全部食べられた。


 食後の紅茶でしばらくブレイクタイムを楽しみ、再び買い物へ。

 どの屋台も色んな商品を売っていて、中でも面白かったのは魔法で調理している食べ物系屋台!

 杖を振るうだけで包丁が勝手に宙を浮いて、林檎の皮をスルスル剝かれて、スライスするとラムレーズンと一緒にパイ生地で包まれていく。そして残ったパイ生地で薔薇や蝶など飾り付けをして、一瞬で焼き上がってカットされ、そのまま店頭に並ぶ。


「美味しそう……。これ、なんて食べ物ですか?」

「シュトゥルーデルよ。フィリングをパイ生地で巻き上げて焼くアップルパイみたいなものよ」

「じゃあ、それください」


 売り子さんからシュトゥルーデルを受け取り、焼き立てを軽く冷ましてから齧る。

 うわ、美味しい! 林檎とラムレーズンのフィリングがトロッと出て、シナモンがしっかり効いてる。パイ生地もサクサクで普通のアップルパイとは違った味わいだ。


「これ、普通にお肉とか野菜を入れても美味しそうですね」

「そういったものもあるわね。これは一般的に有名なアップルシュトゥルーデルだけど、サクランボを入れたものもあるから、季節によって違うものを入れるのもオススメよ」

「なるほど……」

「ふふっ、シリウス様のために美味しい朝ごはん作り頑張ってね。花嫁様」

「あ、は、はい!」


 しっかりと朝食作りのレシピを考案していたわたしに、売り子さんが茶目っ気のある口調で応援された。

 少し離れた先では、シリウスは住民にたくさん囲まれながら話しかけられている。

 普段は出不精だし、プロキオン以外では商談でしか会わないから、あまり交友関係は分からなかったけど……セイリオスの人達に慕われて安心だ。


 将来の旦那様の慕われ具合を見て嬉しくなり、残っているシュトゥルーデルをもぐもぐ食べる。

 指先に付いたパイの欠片と粉砂糖を呑気に舐め取っていると、売り子さんが思い出したように手を叩きながら言った。


「そういえば、再来週に親睦パーティーが開かれますね。ドレスはもうご用意していますか?」

「……………………………ん?」


 親睦パーティー?

 完全に初耳なのですが??

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る