19.早苗の本心
夜になり、わたし達が夕食を終えた頃になると、突然プロキオンとミナがやってきた。
どうやらわたしの家族が突撃訪問したことは、魔法界でもかなり噂になっているらしい。
そもそも、花嫁自体の数が少ない上に、わざわざ魔法界まで追いかけてくる親族すら珍しい。
……まぁ訪問目的はともかく、こんな風に悪目立ちしたら噂になる。
そんなことで、プロキオンとミナは用意された客室に泊まることになった。
居間で訪問の経緯を聞いた後、二人は驚いた顔をする。
「なるほどね……で、シリウスがブチギレして追い出したってわけだ? いやー、君は相変わらずやることがキツいねー」
「ふん、あんな連中にはいい薬になったはずだ」
「それ、今まで君が色んなご令嬢に言い寄ってくる度に言ってるよ」
平然とした顔で紅茶を飲むシリウスに呆れたプロキオンは、そのままテーブルの上に置いてあるクッキーをもぐもぐ食べる。
一枚ずつではなく、三枚くらい口に入れて。豪快。
「ま、噂の真意は知れたからいいよ。マユミ、君は本当によく頑張ったよ。明日、何かあった時のためと証言者として、僕らは食堂で待機してるから。怖がらず堂々としていてよ」
「は、はい。ありがとうございます」
この前家族を案内した応接間の隣は、実は食堂と繋がっている。
あの人達が何をする気か分からないけれど、それでも彼らが近くにいることはとても心強い。
「マユミ、私もできることは少ないと思うけど……応援してるからね」
「うん、ありがとう。ミナ」
嘘偽りのない応援が嬉しく笑顔になるわたしに、三人も同じように笑みを浮かべた。
その後は早めに寝ることにして、わたしは最初に来たと同じように安眠効果のあるハーブの香りを堪能しながら、ベッドの中に入った。
そして翌朝、昨日選んだ勝負服を着て、化粧とヘアメイクをエリーにしてもらう。
スキンケアを終えた後、化粧水などで下地を作り、ファンデーションを軽くして、フェイスパウダーで化粧崩れを防止。
パウダーアイブロウで眉に陰影を持たせ、アイラインやアイシャドウは透け感のあるブラウン。チークはコーラル系を使い、ファンデーション同様薄く。最後にコーラルピンクの口紅を塗れば完成。
髪は左右のこめかみ部分からひと房取り、それを三つ編みにしてそのままハーフアップにする。三つ編み同士が交差するところに黒いリボンを結ぶ。
最後にドレッサーの上に置いていた眼鏡をかけようとしたけど……わたしは書けるのをやめて、そのままジャケットの内ポケットに差し入れる。
黒革のストラップシューズを履いた足で自室を出ると、ちょうどフォーマルな礼服を着たシリウスが目の前に立っていた。
白い手袋をした右手が軽く握られているのを見て、扉をノックしようとしたのだろう。
目を丸くした彼は、眼鏡をしていないわたしを見て、小さく笑う。
「似合っている。流石は私の妻だ」
「お褒めに預かり光栄ですわ、旦那様」
お貴族様風に言うが、あまりにも似合ってなくてくすくすと笑う。
一通り笑った後、シリウスは杖を振るうと左手にブローチを出現させた。
シンプルな金のフレームに収められた、ブルーファサイア。今着ているスカートの色と似ているそれを、わたしのリボンタイの上につける。
「これで完成だ。――さあ、行こう。マユミ」
「うん、シリウス」
差し出された手を取り、彼にエスコートされるまま応接間に向かう。
その足取りは、一切の迷いはなかった。
♢♦♢
応接間のソファでは、前とは違うスーツを着た父と
二人はシリウスと一緒に入室したわたしの姿を見て息を呑んでいたけれど、早苗さんは射殺さんばかりに睨んでいた。
それはそうだ、今のわたしは母似の顔を隠すための眼鏡を外している。早苗さんにとって、気に入らない女の顔が目の前にあって、過去の嫉妬心を思い出して腸が煮えくり返っていることだろう。
(でも、そんなこと知ったことか)
どれだけ顔が似てようが、わたしは
軽く一瞥して、シリウスのエスコートで向かい側のソファに座ると、彼も続いて座る。
そして、長い足を組んで本題を切り出す。
「……で、数日経って互いの頭が冷えただろう」
「は、はい……それはもう……」
「なら、こちらから結論を告げよう。私はマユミを手放す気はないし、その予定も永遠にない。よって、貴様らの提案は全て却下だ」
有無を言わせない口調に、父はぐっと押し黙る。
しかし、早苗さんだけは違った。
「……あたし、昨日まで簡単にあなたのことを聞いたのよ。あなたは魔法使いの中じゃとても高い地位にいて、しかも女には苦労しない美形。そんなあなたが、なんで愛結を選んだのか不思議でならないわ」
「…………」
「それにね、花嫁……でしたっけ? その話も聞いたわ。太陽の魔力は知らないけど、人間界の女の人しかないなら、歩美だって持ってるはずでしょ?」
そう言って、早苗さんは歩美の両肩を掴む。
力が入っているのか、歩美は痛そうに顔を歪めるも、早苗さんは気付いていなかった。
「ならやっぱり、歩美を花嫁にしてちょうだい! そいつより美しくて、気立てもいいのに、選ばれなんておかしいじゃない! ああもちろん、そっちは返されても断固として受け取りませんから」
「早苗! 君はまだそんなことを言って――!」
往生際の悪い早苗さんに父が怒鳴ろうとしたが、その前にシリウスの深いため息で遮られる。
「……本当に、貴様は救いようのない愚か者だな」
「なっ……」
「どう言われようが、私はマユミ以外を花嫁に迎える気はないし、するつもりもない。貴様らの提案は全部、私を不快にさせるだけの、胸糞悪いもの。それ以上でも以下でもない」
灰色の双眸が早苗さんを睨みつけると、彼女は怯えた顔をするも、唇を震わせながら叫ぶ。
「なんで……なんでそいつがいいのよ!? 大して可愛くも、頭がいいわけでもない、地味で平凡な子を、どうしてそこまで庇うのよ!?」
「理由? 決まっているだろう」
その時、シリウスが獰猛な笑みを浮かべる。
あまり見ない笑みを分からず屋の義母に向けながら、はっきりとした口調で告げた。
「マユミは私の初恋だ。初恋の人とようやく結ばれたのに、それを手放す男などいない」
その発言に三人は言葉を失い、わたしは嬉しさを隠せず笑みを浮かべる。
そして、隣の食堂で待機していたプロキオンはガッツポーズをして、ミナは顔を赤らめて興奮している。
多種多様な反応を見せる中、最初に我に返ったのは早苗さんだ。
「何よ……何よ、それ……。どうして、あんたばっかり……っ」
「早苗?」
「あたしは、どれだけ努力しても、新さんに振り向いてもらえなかった! どれだけアプローチしても、この人はまともに取り合ってくれなくて……そしたら、あの女が横取りした! あたしの苦労なんて嘲笑うかのように! あたしはっ……あたしはただ、好きな人と一緒になりたかっただけなのに……っ!」
早苗さんの言葉に、誰もが言葉を失う。
特に父は誰よりも驚いて、叫ぶ早苗さんを見つめていた。
……ああ、そうか。母が父を愛していたように、早苗さんも父を本気で愛していた。
でも当時の父にとって、早苗さんは高嶺の花だった。その花に選ばれたい男はたくさんいたし、父はその争奪戦に単身で挑むほど勇気のある人ではない。
だからこそ、周囲の男達に嫉妬されて嫌がらせを受けないよう、友人として上手く立ち回っていた。
でも、それが余計に早苗さんの恋心を傷つけた。
父も母もそれを知らず愛し合い、結婚を約束するまでの仲になってしまった。
その結果、一途な恋心をズタズタにされた早苗さんは心の底から母を憎み……そして、デキ婚という強硬手段を取って父を奪った。
「……なら尚更、理解し難い。愛する人と結ばれた気持ちがどれほど強いものか知っているはずなのに、何故貴様はマユミと私の仲を引き裂こうとし、あまつさえ腹を痛めて産んだ娘の幸せを省みない? それこそ、貴様がこの世で最も嫌うことではないのか?」
「そ、それは……」
「貴様はただ、昔の恋敵と顔を似た彼女の幸せを邪魔したいだけだ。マユミはハナ・タカナシではない。……いい加減現実を見ろ。貴様が蛇蝎の如く嫌った女は、もうとっくの昔にこの世にいない」
厳しくも鋭い正論を突きつけられ、早苗さんはぐっと押し黙る。
先ほどの話を聞いて同情しそうになるも、これまでの扱いを思い出すと素直にできない。
ぎゅっとスカートの裾を握り締めながら深呼吸し、わたしは未だ呆然とする歩美を見つめた。
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