12.ミナ・ウォーカー
「それでさー、噂のサクラダ・ファミリアを見たんだよ。予想では三〇〇年かかるって噂だったのに、結構進んでいてね。あと二年で完成なんだって! 人間界の技術って俺らと比べて遅いのは知っていたけど、一五〇年と少し建築を早めるのは普通に凄いね。そうそう、最近のスマートフォンってやつも便利でさ、こっちでも使いたいからいつか改造して売りに出したいなー」
喋る喋る喋る。
めっちゃ喋るよこの人。
マシンガントークを素でやってるよ。
突然の来客である【一等星】のプロキオンと、その花嫁ミナ。
シリウスによって案内された東屋は、屋敷の花々を見渡せる絶好のロケーション。
春の日差しを浴びて、ぽかぽかした陽気が体を温め、優しい風が頬を撫でる。
そんな中、エリーが用意したアンティーク調の三段ケーキスタンドにはサンドイッチ、スコーン、ペイストリーが整然と並べられている。
紅茶はダージリン。温度もちょうどいい。
いつもこうなのか、シリウスはプロキオンの話を聞きながら紅茶を飲んでいた。くっ、紅茶を飲む姿だけなのにそれすら絵になるなんて……っ。
変な敗北感を味わいながら、わたしは一番下のサンドイッチをもそもそと食べる。
今わたしが食べているサンドイッチは、キューカンバーサンドイッチ。いわゆるキュウリサンドイッチで、アフターヌーンティーでは欠かせないメニューだ。
キュウリだけなんて味気ないなんて思うけれど、実はこれ結構手間がかかっている。
できるだけ薄くスライスしたキュウリに塩胡椒をふって下味をつけて、白ワインビネガーをつけておく。
これも薄く切って耳を切り落としたパンにバターを少し多めに塗って、水気を切ったキュウリを挟んで一口大に切る。
こんな感じで、キュウリやパンを薄く切るのは技術が必要な上、キュウリ自体も昔は貴族の温室でしか作られない野菜だったから、人間界では『テーブルの貴婦人』と呼ばれるほどの最古級のおもてなしだった。
もちろん現代ではスライサーなどで簡単に作れるし、キュウリも普通に購入できるけど、それでも今でもアフターヌーンティーのメニューの中に必ずある。
この魔法界ではキュウリは太陽の魔力を豊富に含んだ野菜のひとつで、サラダやサンドイッチなどでキュウリがないのが少ないくらいだ。
ちなみに、キュウリ以外で太陽の魔力が多い野菜はトマト、ナス、ピーマン、ジャガイモ、かぼちゃだ。果物だと林檎、オレンジ、ブドウ、桃。
「いやー、それにしても安心したよ。シリウスにいい花嫁が来てくれて」
と、ここまで人間界の世界一周旅行について話していたプロキオンが、話題の矛先をわたしに向けた。
じっとエメラルドグリーンの瞳を向けられて、わたしは反射的にごくっと口の中に入っていたサンドイッチを飲み込んだ。
しっかり噛んだおかげで、喉に詰まらせるという事態にならなかったのは運がよかった。
「魔法省から来るお見合いの
「関所……?」
「君を連れて来る時、ローブを受け取った店があっただろ? あれは人間界で暮らす魔法族達専用店ではあるが、魔法界と人間界の行き来の役割があるため関所と呼ばれている」
ああ、あの怪しいお店……。
というか、人間界で暮らす魔法使いっているんだ。後で調べてみよっと。
「別に言いふらすことではないだろ」
「そうだけどさー……でも、意外だったな。君が花嫁を見つけるなんて。そういうの煩わしかったはずだろ?」
これまでの会話の流れから、シリウスとプロキオンは親友と呼んでいいほど仲がいい。
少なくとも、好きでもない相手にあんなに大量なお土産を買うほどお人好しではないはず。シリウス自身も彼をぞんざいに扱うけど、拒絶は見せていない。
同じ【一等星】同士というのもあるが、それ以上に彼らの間には確かな絆もある。
「…………色々あったんだ、私にも」
「……そっか。そうだよね。俺も色々あったから何も言えないなー」
どうやら共感する何かがあるか、生憎それはわたし達には分からない。
そこで今まで紅茶を飲んでいたミナが、椅子から立ち上がった。
「ねえプロキオン、私達少し席を外していい?」
「ん? いいよ」
「せっかく来たんだ。ちょうどあそこで暇をしている妖精達の相手をしてやってくれ」
シリウスの視線の先には、さっきからこちらをじーっと見るトムを含む妖精達。
いくつもの目から『遊んでー』と訴えかけられていて、わたしも同じように椅子から立ち上がる。
「じゃあ、トム達と遊んでくるね」
「ああ。屋敷の敷地からは出ないでくれよ」
「はーい」
そう返事をして、わたしはミナと一緒にトム達の方へ向かう。
わたし達がやって来ると、トム達はわーいわーいと万歳していて、そのまま遊び場へと案内される。
妖精達の遊び場は、淡いピンクと薄紫色のグラデーションになっている花びらを持った
花びらの色合いが黎明――夜明けの空に似ていることと、夜の魔力が含まれている魔法植物で、これを数種類の薬草やエキスなどで調合すると不眠症に効果のある魔法薬になる。
温室の仕事を終えた時に見つけた際、シリウスが教えてくれたのだ。
妖精達はその花の香りを堪能したり、花を摘んで大きな花冠を作ったりと楽しんでいた。時々話しかけてくる妖精達の相手をしていると、ミナが話しかけてきた。
「えっと……マユミさんは、いつからこっちに来たの?」
「マユミでいいよ。わたしもミナって呼ぶから。確かわたしの誕生日に来たから……まだ半月は経ってないかな?」
「そうなのね。私は二年くらいに魔法界に来たの。色々と違って慣れるの大変よね」
やはり経験者は違うというか。くすくす笑いながら語るミナの左手薬指には、わたしと同じ指輪がしてある。
これは全部統一されているのか、サイズ以外の形や色は全部同じだ。
「えっと……ミナは、どんな感じでプロキオンの花嫁になったの?」
「私が花嫁になった経緯? えっと……確か、私が一五歳になる前に両親が事故で亡くなって、そのまま施設に預けられてたの。ある日、下校中にいきなりプロキオンが現れて、『君は俺の花嫁だ! 幸せになろう!』って路上プロポーズしてきたの」
「うわそれ恥ずかしいヤツ!!」
もしされたのがわたしだったら、今すぐ逃げる一択だよ!
ミナは当時を思い返しながら、くすくす笑うも話を続けた。
「でね、その後私はそのまま施設に逃げて、なるべく彼に会わないよう必死に隠れていたんだけど……ある日、クラスの女子グループに目をつけられて、そのグループのリーダーが付き合っている不良集団のボスの力を使って、私にひどい目に遭わせようとしたの」
そこまで言って、ミナは自分の体を掻き抱く。
全身に渡る震えを抑えるように。
「その時、プロキオンが助けてくれたの。不良集団のボスだけじゃなくてその取り巻き達も全部魔法で倒した。……服を脱がされかけて、涙で顔をぐちゃぐちゃにした私に、ローブをかけてこう言ったの。『君を傷つける者がいない世界に連れて行ってあげる。そして、俺は一生君を幸せにすることを誓うよ』って……とっても真っ直ぐな目と言葉にやられた私は、彼のプロポーズに頷いたの。その後はプロキオンは私を書類上養父として引き取ってくれて、そのまま魔法界にやってきたの。これが私が彼の花嫁になった経緯」
「そっか……色々あったんだ」
話し終えると、妖精達がミナを慰めるように集まって、黎明花の冠を頭に被せた。
それを受け取って「ありがとう」とお礼を言うと、彼女はわたしを見つめた。
「マユミ。あなたもきっと、昔の私と同じで彼の想いを受け取っていいか戸惑っているよね?」
「!」
いきなり核心を突かれ、でも反論もできなくて、こくりと頷く。
「私もその気持ち分かるよ。一度も会ったことのない、それも魔法使いなんて御伽噺にしか出ないような存在から求愛されたら。……でも、これだけは覚えておいて」
ミナは優しくわたしの手を取り、真っ直ぐに見つめてくる。
その視線がまるで、わたしの悩みを見抜いているように。
「この世界の魔法使いと魔女はね、好きになった相手に対してはとことん一途で揺るがないの。特に花嫁を持った【一等星】は、婚約してから恋をしていく生き物なの。今は難しいかもしれないけど……自分を愛してくれる彼らを信じて」
そう言ったミナの言葉に、わたしは何も言えずただ頷くことしかできなかった。
わたしの心の中、さらにその奥に隠れていた、シリウスからの想いに対する疑惑を見透かされたから。
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