11.突然の客人

 昼食を終えると、シリウスは書庫に案内してくれた。

 そこは天井まで届くほどの高さのある書棚で囲まれていて、時々本が棚から出てはふよふよと蝶々みたいに飛んでいるのもいれば、ブーメランみたいに回りながらあっちこっちびゅんびゅん移動していた。

 いや飛んだり動いたりしないでよ、本なんだから。


 なんでもこの書庫の本は長い年月を経ったことと、魔力を受け続けたことで意思に近いモノを持ってしまったらしい。

 日本で言う付喪神に似ている。あれも、物を大事にしたことで精霊が宿り、持ち主の扱い次第では時に幸運、時に不幸を運んでくると伝えられている。

 この本達も例外ではなく、少しでも粗末に扱えば調べ物が必要な時に限って非協力的になったりする。


 まあ、誰だって自分を汚したり乱暴に扱う人間に優しくしたいとは思わない。

 わたしだって、せっかく親切心で手を貸しただけで、理不尽に怒鳴られたりしたらそうなる。

 中央の閲覧席に座って、シリウスが杖を振るうと書棚から二冊の本が浮遊しながら机の上に置かれる。タイトルは『魔法界の歴史Ⅰ』、『呪文集―初級編―』だ。


「ひとまず、この二冊を全部読んで内容を理解するのを目標としよう。いきなり詰め込むと頭がパンクするだろう。それと、これは紙と羽ペン、それとインクだ。解らないことや聞きたいことは全部これに書き留めるように」

「は、羽ペン……」


 羽ペンなんて、生きていて初めて触れたよ。

 そういえば、前にレトロブームがあってガラスペンとか万年筆を売る文房具屋があったなぁ。

 試しに羽ペンにインクをつけて、紙にあいうえおと書くが……ビリッと嫌な音を立てた。恐る恐る紙を見ると端から見事に盛大に破れ、インクはつけすぎたせいで文字が滲んでいた。


「…………」

「…………まず先に羽ペンに慣れるところから始めるか」

「はい……」


 というわけで、羽ペンに慣れるために三日ほど使い方を伝授してもらい、普通に使えるまでのレベルになったら勉強開始。

 本の文字も魔法によって勝手に日本語変換されていたし、シリウスが分かりやすい説明をしてくれたおかげもあり、かなりスムーズに進んでいた。


「まず魔法界の誕生は人間界で言う一〇〇〇年以上も遡る。当時は人間界では魔法族は当たり前の存在として社会に馴染んでいたが、発展につれて魔法を悪しき力だと捉えるようになると、魔法族は迫害を受けるようになった。行き場を失いかけた同胞を守るべく、二二人の魔法族がこの世界を創った――それがのちの王族と【一等星】と呼ばれる者達だ」

「え、何それ普通にすごくない?」

「まぁな。……で、生まれたばかりの魔法界を統べるためにはトップ――つまり王が必要となった。そこで二二人の魔法族は議論に議論を重ね、最も魔力の強い魔法使いを王とした。残りの二一人の魔法族は【一等星】と名乗り、忠誠心を捧げるのは王族だけであり、たとえ高位の貴族だろうと命令には従う自由を持つと決めた」

「あー、それは当然だと思うわ。【一等星】をお偉いさんらが好き勝手に扱ったら、それこそ王の威信とかなくなっちゃうもの」

「ああ。故に【一等星】はそれぞれ土地と生業を貰い、普段は生業に精を出し、王の要請があれば命令に従い任務を遂行するという今の体制が生まれた」


 シリウスによると、【一等星】は定例会があり、月に一回王都の城にある『星の間』に集まって話し合うらしい。

 この定例会の参加は任意らしく、普通に忘れて欠席する【一等星】もいるとのこと。

 ……なんというか、自由すぎない? いいの? これでいいの?


 そうして魔法界の歴史について学び、今度は魔法について学んだ。

 魔法には色んな種類があり、細かく分けると百近くある。これらを大分類すると初級魔法、中級魔法、上級魔法となる。

 シリウスはともかく生まれも育ちも人間界のわたしが最初に学ぶのは初級魔法だ。


 この初級魔法では簡単な攻撃魔法や浮遊魔法、それに防御魔法などを学ぶ。そこから先は徐々にレベルアップしてから学ぶ予定で、わたしが最初に学んだのは浮遊魔法だ。

 これは文字通り物を浮かせる魔法で、この世界の学校では最初の授業で必ず一番に学ぶ。

 学校に通っていたシリウスは、当時の先生がしていたように大きな羽根を用意して、これを一メートルほど浮かせられるように言われた。


 魔法というのはイマジネーションが一番重要だ。何を思い浮かべ、何をしたいのか。

 そのためわたしがまずイメージするのは、魔法を使う杖に自分の魔力を流し込むイメージと、羽根が宙を浮くイメージ。

 でも、これが意外と難しい。羽根が宙を浮くイメージはなんとなく分かるけど、杖に魔力を流し込むイメージがよく分からない。


 一番近いイメージなら、コップに水を入れるイメージだ。

 杖をコップ、魔力を水として思い浮かるのが一番解り易いと言われたけれど、その魔力をどこまで注ぐのかが肝だ。

 やり過ぎると羽根は爆発して真っ黒焦げになり、少な過ぎると一ミリも浮かない。


 初めて羽根を爆発させた時はガチで泣きそうになって、様子を見に来たシリウスに涙目で抱き着くと彼は「初心者にはよくあることだ。驚いたな」と苦笑しながら頭を撫でてくれた。

 それから時々様子を見に来ては、アドバイスしてくれたり、彼のお古である魔法学校の教科書(結構書き込みがしている上に、しかもページの端には落書きがあった)を貸して貰ったりして魔法の修行に励む。


 それからというもの、ここ数日は朝食作りと魔法の修行となった。

 外に出たのはあの王都に行ったきりで、たまに温室でシリウスとトム達と一緒に仕事を手伝ったりもするか、それでも自然とこの屋敷にこもりきりになってしまうが、人間界の家にいた時と比べてもそこまで苦痛に感じず、むしろ息がしやすいほどだ。


 エリーは自室で勉強を頑張るわたしのために美味しいおやつとお茶を容易してくれるし、トム達も仕事が終われば遊び来てくれて、シリウスは様子見を理由に一緒にいてくれる。

 今までの暮らしでは考えられないくらい、平穏で心安らぐ時間。

 今日も朝食作りを終え、浮遊魔法習得の修行を頑張ろうとした時だ。


「……?」


 ちょうどその時、馬の嘶きが聴こえてきた。

 一応この屋敷にはドアベルはあるけれど、大抵は馬車の車輪や馬の声で訪問が分かる。

 念のためドレッサーの前に座って、ブラシで髪を丁寧に梳く。精緻な銀細工のバレッタを使ってハーフアップにして、服も皺がないように伸ばす。


 杖もしっかりスカートのポケットに入れて、そのまま玄関ホールまで行く。

 玄関ホール中央に一階と二階を繋ぐ大きな階段があり、途中にある踊り場は数人立っても充分な広さがある。

 階段の手前の壁の前に止まって顔だけ出すと、玄関にいたのは色素の薄い金髪の青年と茶色い髪を左右に分けて緩い三つ編みにした少女だ。


 青年はとても仕立てのいいローブを着ていて、左手薬指と小指にはシリウスと似た指輪をしている。

 隣にいる少女も夜空色のローブを着ていて、左手薬指にはわたしと同じ指輪をしているから、おそらく彼女もわたしと同じ花嫁なのだろう。

 そして、あの青年こそが、シリウスと同じ【一等星】だ。


「やあ、シリウス! 君の顔を見るのはなんだか久しぶりな気がする」

「実際久しぶりだからな、プロキオン。人間界で世界一周旅行をしたと聞いたぞ」

「そうだよ。もうほんっと人間界は最高! 飛行機も船も楽しかったなぁ。あ、これお土産」


 青年が旅行バッグを開けてひっくり返すと、そこからお土産がドサドサ床に落ちた。

 扱い雑っ。中身崩れてないよね??

 プロキオンと呼ばれた青年がくれたお土産は、全部食べ物類かつ定番ものばかり。あ、遠目だけど東京の定番土産(バナナの形をした焼き菓子とか、ひよこの形をした和菓子とか)もある。あれ美味しいよね。


「食べ物を床に放るな」

「いいじゃないか、箱に入っているんだから。それよりもさ、君が花嫁を迎えたって噂は聞いたよ! 同じ花嫁なら、きっとミナとも仲良くなれるはずだ」

「ま、花嫁自体少ないからな。せっかくの機会だ。エリー、マユミを……」


 いつの間にか現れたエリーが、角がひしゃげたお土産をカートに乗せていた。

 シリウスの言葉に反応すると、彼女はわたしがいる場所の方を向いた。嘘、気づかれてた?

 エリーの視線に気づいて、全員がこっちを向いた。肝心のわたしはへらっと愛想笑いしながら、ゆっくりと階段を下りて客人達の前に立つ。


「あの……初めまして、小鳥遊愛結です」


 ぺこっと申し訳程度にお辞儀をすると、プロキオンはミナと呼んだ少女の肩を抱いて笑顔で自己紹介した。


「初めまして、俺は【一等星】プロキオン。こっちは花嫁のミナ・ウォーカー。これからよろしく!」

「初めまして、ミナです。よろしくお願いします」


 陽キャオーラ全開のプロキオンと、大人しそうなミナ。

 性格が正反対の、だけどわたし達とは違ったタイプの魔法使いと花嫁だった。

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